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12.リデェリアル村の聖教徒より

 聖教会の手により姿を変えつつあるリデェリアル村。

 そこに、ダレイオスとゲペウの師弟は駐留していた。


 聖騎士一万軍駐留のおり、司祭の地位を利用し、無理に入ったのだ。


 救いたくて救えなかった村。せめてその最後を見届けたかった。

 滅びる一族に、償いのため祈りを捧げたかった。


 六日目の早朝の事である。


 青いガルム犬の姿を確認したと報告がはいってきた。

 聖騎士が追っていった対象の魔物である。

 たしか、族長の子息の使役魔獣だったはず。

 (ストーン)ゴーレムを伴っているとの報告も付いてきた。


「聖騎士達が逃亡者を捕まえてきたという事ですな」

 残された建屋の二階で、聖教会の黒服を着た初老の男が椅子に腰掛けていた。

 元、村長の家だったらしい。


 リデェリアル村派遣軍駐留部隊長のグロイジ司教長である。彼は、でっぷりと肥えた腹を揺すりながら不機嫌に笑っていた。


「聖別は朝食を取ってからに致しましょう。ダレイオス君、一緒にどうかね?」

「司教長、朝食はとれないかもしれません」

 ダレイオスは胸に手を当て、神に短い祈りを捧げた。


 どういう事かね、と問いたげに、グロイジは睨み上げた。

「生き残り捕獲の報告がありましたか?」

「ないが……それがどうしたね?」


 人面岩へ追いつめたという内容の報告を最後に、伝令は二日前より来ない。

 連絡は逐一よこせと厳命したはずなのにこれである。

 聖騎士部隊長を陥れるための材料になったのでそれはそれで良しとする。


「だいいち、グロイジ様はリデェリアルの生き残りに対し、どのような命令を下されておられましたか?」

 捕虜は取るなと命じてある。

 聖教会に徒なすリデェリアルの邪教徒は、全て殺さねばならない。


 捕虜を取ったら、取った人数分に見合う戦力を裂かねばならない。

 人面岩の洞窟を攻略するにあたり、一人でも人員を欠けさせたくない。


 あそこは、あそここそは……。


「ダレイオス君の話は、まるで我が騎士団が破れたように聞こえるが……」

 グロイジ司教長は、不機嫌なわけではなかった。どちらかと言えば可哀想な子を見る目をしていた。


「一万の聖騎士がたった一匹の魔獣に負けるはずなかろう?」

 君は悲観的すぎやしませんか? と言っているのだ。


 ダレイオスも一万もの軍勢が負けるとは思っていない。負けるとすれば、悪魔か神が力を貸した場合だけだろう。

 それはそうだが、あまりにも不用心すぎないか? と言っているのだ。


「私は櫓に上がります。たしか、魔法使いのクレメンス君が詰めておりましたな?」

「魔法ではない。異法使いだ!」

「言葉遊びです」

 話はここまでとばかりに、ダレイオスが建屋を後にした。


「ふん! 貴様も聖教会中枢から目を付けられておるのだぞ」

 閉じられた扉に向かって、グロイジは毒の混じった言葉を吐く。

 そして、葡萄より精製した「神の恩恵」をグラスにあけ、一息に飲んだ。




 ゲペウを連れたダレイオスは、櫓の上にいた。

 櫓に登って、初めて危険極まる状況を把握できた。


 青いガルム犬とゴーレムに付いているはずの聖騎士が見あたらないこと。

 リデェリアル駐屯地に残った聖騎士達が迎撃の準備を進めていること。


「連絡は司教長にも行ってるのかね?」

「ダレイオス様と入れ違いに走りました」

 黒いフードをかぶった魔法使い・クレメンスが、遠くを見ながら応えた。

 彼は遠見の術を使い、ガルム犬とゴーレムを観察しているのだ。


「やはりあのゴーレムは仲間の物ではありませんでした。あの様に精巧な姿形はとれません。リデェリアルの戦力であることは間違いないでしょう」

 クレメンスの言は、ダレイオスと伝令の聖騎士に向けられたもの。

 聖騎士は直ちに駐留軍部隊長へと向かった。


 それにより聖騎士達の配置が若干変更された。

 守備騎士隊長は、元異教徒だと聞いたが、有能な指揮官で聖教会に忠実な人物らしい。

 現状報告に危機を感じ、忙しく働いている。


「あの巨大ゴーレムはただ者ではありますまい。人面岩と関係あるやもしれませぬ。クレメンス殿、あなただけでも避難なされた方がよろしくないか?」

 ダレイオスは親切で言っている。

 聖職者として犠牲者を出さないために言っているのだ。


「とんでもございません!」

 帰ってきた答えは、怯えが混じったもの。


「我らの身は聖教会に捧げたもの。惜しくはございませぬ」

 そう。

 魔法使いであるクレメンスはそう答える他ない。


 戦いにかり出されたゴーレム使いの魔法使いも、彼も、故郷や大事な人々を聖教会に押さえられているのだ。


 魔法を後世に伝えぬ事。

 聖教会のためだけにその秘術を使うこと。


 この二つの約束を交わしたことによって、仲間が、村が、国が、戦いから解放されたのだ。

 例えその身が焼かれようと、逃げることはできない。


 親や子を人質に取られているようなものなのだから。

 魔法という技術を次世代に伝えない。つまり、この世界から魔法を途絶えさせることで拾った未来(いのち)である。


 なんとも……。


「降りるか? ゲペウ?」

 ダレイオスは、止められぬ戦いを見るのが忍びなく、この場より退去したかった。


 だが、若いゲペウは考えが違っていた。

「クレメンス様はSクラスの大魔法……異法使い。可哀想ですが、ガルム犬もゴーレムも強力な攻撃魔法の前に、為す術もございますまい。例え魔法攻撃を避けられてとしても、聖騎士の駐留軍がおります。せめて、ここより神への祈りを捧げとうございます」


 リデェリアル村の生き残りのため、滅び行く魔法のため、それはそれで良きことであると思われた。




 そして、戦闘(たたかい)は青いガルム犬の突撃で始まった。


 戦術もなにもない。

 最終防衛戦である防護壁を軽々と飛び越えて陣地へと進入された。


 その速度で聖騎士達を翻弄している。

 まさに狂犬。まるで狼。


 クレメンスはガルム犬に見向きもしない。目標は大型のゴーレムだ。

 彼もまた、巨大ゴーレムに何かを感じた一人なのだ。


 あのゴーレム。同僚の魔術師が作ったゴーレムより頭三つは大きい。

 人と見間違うまでの自然な動き。そして、作りが神々しいほど精巧なのだ。


 ガルム犬に遅れて、巨大ゴーレムが防護壁へ取り付こうとしていた。ゴーレムと思えぬほど足が速い!


 だが、クレメンスの方が早かった。


熱爆(レビーム)!」

 クレメンスの手と胸元にあいた空間が光る。


 光の弾が発射された。

 あまりの高速に、ダレイオスとゲペウの目でその軌道を追えなかった。


 着弾!

 巨大ゴーレムの体が火を噴いた。


 爆音!


 もんどり打って倒れる巨大ゴーレム。

 地響きがここにまで伝わってくる。


 そのまま巨大ゴーレムは動きを止めた。

 魔法攻撃によって右胸が窪んでいる。


 光の着弾点で高熱と爆発を生む魔法。

 長いスペルが必要だが、発動から着弾までの時間がほぼゼロの魔法。発動を見てから対処することは不可能だ。


 破壊力の割に実践で使えない魔法が多い中、このスペルが最強の名を得ているゆえんである。


「やったのか?」

「これを食らって立ち上がってきた魔獣はいません。ご心配なら後二・三発当ててご覧に入れましょう。粉々です。……しかし堅い」

 司祭ダレイオスの言葉は残念そうだった。

 魔法使いクレメンスの言葉は、幾ばくかの感嘆を含んでいた。



 ――あの巨大ゴーレムは、我らの求めるものではなかったのか――。


 ダレイオスは残念であった。


 あの早さ。自然な身のこなし。

 もしやと思っていた。救世主になるか、悪魔になるか。

 そんな存在だとダレイオスは密かに期待していたのだ。


熱爆(レビーム)!」

 クレメンスが二発目を打った。今度はガルム犬に向かって。

 いつの間にかガルム犬が、ゴーレムの元に戻っていたのだ。


 これは外してしまった。


「あの魔獣、『爆発(レビーム)』の伝達速度を避けるか?」

 クレメンスが唸る。

 自慢の高速度魔法を避ける魔獣という存在が、ショックだったようだ。


「もう一度」

 長いスペルを唱え出すクレメンス。


 その時だった。


 巨大ゴーレムが、飛び起きた。

 前にも増したスピードでこちらへ走ってくる。


 その姿に、司祭ダレイオスは、理由もなく危険を感じた。



 同じく危険を察知したクレメンスは目標をゴーレムに変えた。

「『爆発(レビーム)』 どうだ!」

複雑な印を組んだクレメンスの手と胸元から赤い光が飛び出した。

 

 必殺の爆裂呪文が解き放たれた。二発喰らえば砕けるかもしれない。


 そして命中。


 巨大ゴーレムの胸で炎が散った。

 散っただけで爆発は起きなかった。ダメージはない。


 スペルをレジストされた!

「そんなバカな!」

 クレメンスが叫ぶ。

 巨大ゴーレムがすぐ目の前に来ていた。

 クレメンスもダレイオスも動けないでいる。


「司教様!」

 ゲペウがダレイオスを担ぎ上げ、無謀にも櫓から飛び降りた。


 だが、半歩遅い。

 櫓は巨大ゴーレムの体当たりによりバラバラに砕けた。


 悲鳴を上げる暇もない。

 ゲペウとダレイオスは大地に放り出される。ゴツンゴツンと音を立て、櫓を構成していた木材が辺りに飛び跳ねている。


 櫓から飛び出そうとしていたことが救済となった。

 櫓の構造材の下敷きにならなかった。

 体中が痛かったし、口や鼻から血が出ていたが、二人とも奇跡的に助かった。


 不幸だったのがクレメンス。

 逃げ遅れたため、櫓と共に崩れ落ちた。木材の下敷きなっている。


 ダレイオスは助けようとして……動けなかった。

 巨大ゴーレムが櫓を踏みつぶしていたからだ。

こうなってはクレメンスは助からない。諦めるしかなかった。


 騎馬の聖騎士が隊列を組んで迫る。

巨大ゴーレムは、聖騎士の集団へ飛び込んだ。

 太くて長い手足を振り回し、無敵の戦いぶりを見せつける。


 ようやく体を動かせるまでダメージから回復したダレイオスとゲペウである。

 動いたのが悪かったのか、巨大ゴーレムに見つかってしまった。

 ゴーレムがこちらをじっと見ている。


 これは本当にゴーレムか?

 その物腰、目の位置で黄色く光る二つの光点。知性を感じる。


「リデェリアルの巨人……」

 リデェリアルの巨人が動き出した。


「ここは私に任せお逃げください」

 ゲペウがダレイオスの前に出る。こやつ、死ぬ気である。


「若い者を助けるのが年寄りの勤め、そう教典に書かれておる」

 ダレイオスがゲペウを押しのけた。


「どうせ二人とも助からぬのだ」

「あ、あきらめますか?」

 ゲペウの提案にダレイオスが頷いた。

 二人はもつれ合うような格好で目を閉じた。


 足音が遠ざかる。

 リデェリアルの巨人は、二人に興味がないようだ。


「今の内です。逃げましょう!」

 今度もゲペウの提案に反対しないダレイオスであった。






 ゲペウはちゃっかり馬を手に入れていた。


 妙に馬の扱いに長けた弟子である。大の大人が二人乗りに関わらず、馬の足は軽い。

 ダレイオスは弟子の特技の多さに感心していた。


 脱出したのはダレイオスとゲペウ師弟だけではなかった。

 リデェリアル村守備隊長アナニエ・スルートを含む5騎が、難を逃れた。


 アナニエ隊長は現実主義者だった。

 巨大狼と巨人の攻撃に人面岩侵攻部隊1万の敗北を悟った。

 このままでは犬死にであることも悟った。

 そして、豚のような司教長の盾になって死ぬのがいやだった。


「アナニエ隊長。貴殿を心配しておるから申し上げるのじゃが……」

 ダレイオスは馬上から声を掛けた。

「何でございましょう司教様」

 答えるアナニエ隊長の顔に、侮蔑の色が浮かんでいる。


 ……そうか、聖教会に組み込まれた側だったのだな。


 心の声を表に出すことなく、ダレイオスは言葉を続けた。

「このまま帰ると、隊長は反逆者扱いではないのかね? どこかで逃げられた方が――」


「これは異な事を!」

 アナニエの声が力強い。

「わしが見るところ、あの巨人達は近く、村を出ます。そこを急襲し、敵わぬとも一撃を与えるつもり!」


 ……ここで死ななければ家族や国が糾弾される。戦って死ねば殉教者扱い。家族と国へ聖教会から厚い施しが出る。

 今度もダレイオスは声に出さない。

 変わりに、口元へ、苦虫を噛みつぶしたような皺を浮かべる。


「ヘッケル!」

「はい!」

 一人の騎士が裏返った声を上げる。

 一緒に脱出した聖騎士の中でも、とりわけ若い騎士だ。


「貴様に重要任務を与える!」

 事を察したヘッケルが口を挟む間もなく、矢継ぎ早に命令が下される。


「一つ、ダレイオス司教を無事、要塞都市キュウ=ヨゥまでお連れしろ。二つ、次のことを教皇にお伝えしろ。派遣軍一万は謎のゴーレムにより壊滅した。守備隊長アナニエ・スルートは手勢4名と共に、最後の攻撃を仕掛ける。聖教会万歳とな!」

「隊長!」

 ヘッケルの声に避難が混じっていた。


「ああ、それと追加命令だ」


 隊長はイタズラ小僧のような笑顔を浮かべてこう言った。

「わしの娘をやる。今年一六になる。だから戻ってきても死んでもいかん」


 アナニエ隊長の追加命令に、残り4騎が笑い声を上げた。




 ダレイオスとゲペウを乗せた馬。それとヘッケルを乗せた馬、二頭だけが山道を走る。

 先を暗示するかのように雲行きが怪しくなってきた。


「それにしても、なぜだ?」

「何がですか?」

「なぜあの巨人は我らを見逃したのだ?」

「神の御意志でしょう」


 ダレイオスは、しばし考え込む。


「巨人の御意志だろう」

「何かおっしゃいましたか?」

 一人逃れた娘は人面岩の謎を解いたのかもしれない。いや、解くにはあまりにも早すぎる。


 人面岩の地下はダンジョンを形成しているはず。

 あの巨人が謎の答えであったのだろうか?


 ゴーレムと呼ぶには作りが細かすぎる。彫刻品とさして違いの無い造形。

 無駄のない動きと言うより、あまりにも人間くさい動作。


 鎧であって鎧でないその姿。今まで観たことのない外観。

 自分が知る過去にも、遠い国にも、共通する形を見いだせない。

 そしてクレメンスの魔法をキャンセルした不思議な力。


「あれはゴーレムとは違う存在なのだろう」

 ダレイオスは静かに深く思考を掘り下げていた。

  

「大昔の神……巨神なのかもしれない」

  





戦いが一段落付きました。


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