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9.リデェリアル村外縁部攻防戦


 デニスの目に涙が浮かぶ。


 リデェリアル村を見下ろせる高台へ出たのだ。


 遠くから見た村は、デニスの知っている村ではなかった。

 多くの家が焼かれ、見慣れぬ風景へと変貌を遂げていた。

 ジムも同じ思いなのだろう。デニスの手を握る力が強くなった。


「必ず取り戻すからね、お母さん、お父さん……」

 村に駐屯するはずの聖騎士達に見つからないよう、奥の道へと進んでいく。


 さて、村に迫る森までやってこれた。


 デニスとジムはガルの背に乗ったまま。

 これ以上近づくと姿が丸見えとなる。とはいうものの、村までは距離がありすぎる。

 さらに遮蔽物は何一つ無い。

 

 村は柵に囲まれていた。

 ここ苛辺りの木々を切り出したのだろう。太い丸太で作られていた。


 デニスが如何ほどの事を仕掛けようが、ビクともしない立派な柵だ。

 魔獣の体当たりにも十分耐えられそうだ。


 ここから見えるだけで二つの塔がある。

 屋根付きの立派な作り。見張りのためだ。

 聖騎士達の姿も、柵の隙間から見えている。

 どれくらいの人数が詰めているかは、ここからじゃ解らない。


「どうするの姉ちゃん?」

 ジムが作戦を聞いてきた。

 聞かれるまでもなくデニスは困っていた。


 村に住んでいたときは、森との距離が近すぎるように思っていたが、今は違う。

 村までの距離は果てしなく長く感じる。


「どうしよう」

 デニスは小さな拳を口元に当てて考え込んでいた。

 戦いの方法なんて知らなかった。戦術の「せ」の字も知らない。

 対して聖騎士達は戦いのプロ。こんな状況でも正解を選ぶのだろう。

 そしてそれは戦いを知らぬデニスの知らない知識。


 デニスは偵察という言葉すら知らない。攻撃した後のことも考えていない。

 それは仕方ない事だ。デニスは、この間までただの少女だったのだから。


 見張りに見つからないように近づくには……。

「考えても仕方ないよ。姉ちゃん」

 ジムの方が落ち着いていた。


「ガルの足は速い。この距離ならあっという間だと思う。先ずはガルを走らせて、敵の目を惹き付けようよ。その間にレムを飛び込ませるんだ。そうすれば頑丈な柵だって、レムが本気出せばいちころだぜ!」


 デニスはジムの考えに驚いた。

「あなた頭良いわね!」

「いや、ほら、棒蹴りの遊びの応用だよ。見つからないわけにはいかないんだから、逆にわざと見つかるんだよ」

 ジムが顔を赤らめている。

 デニスに褒められた事が、素直に嬉しかったのだ。


「それで行きましょう! ガルちゃん! これから命令します!」

デニスが下腹に力を込める。

 ここに力を込めてから出る声が、魔獣を従わせるのだ。


 そう、お爺ちゃんから教わった。


「ガルちゃん、レム君、一緒に戦いましょう! ガルちゃんは私たちを乗せたまま最高速で突撃よ! 敵がわたし達に気を取られている隙に、レム君は村を攻撃して!」

 確固たる意志を持った命令。


 でもガルは動かなかった。

 お座りをしたまま、動かない。

 まるで、デニス達に降りろと言わんばかり。


「ガルちゃん! どうしたの?」

 まさか、ここまで来て、また支配力が弱くなったのか?


 レムの腕が伸びてきた。

 支配から解けたレムが、デニス達を襲おうというのか?


「止めなさいレム!」

 避ける間もない。素早い動きで捕まれた。


 そのまま、ガルの背から遠ざけられる。

 ガルから降ろされた。レムは戦いを拒否しているのか?


 焦ったデニスは叫んだ。

「お願い、言うことを聞いて! ガル! レム! わたしの……」


 その時、レムが信じられない動きをした。

 レムは、人差し指を自分の口元に持っていくというゼスチャーを見せた。

 これは人間がする「静かに!」の合図。

 魔獣から出た明確な意志表示。


「な、なによ、わたしの言ってることが解らないの! わたしを信じて!」

 まだ、絆が深く結ばれて怒ったのだろうか。デニスは悲しくなってきた。

 半泣き状態で、なおも食い下がるデニス。


 それをジムが止めた。

「姉ちゃん、命令は届いてるよ。たぶん」

「え?」

 デニスは小さな連れを見下ろした。

 ジムは、ガルを見上げていた。

 ガルは村を鋭い目で睨んでいる。


「ガルは全速力で走るつもりだ。力一杯走ろうとしたら、僕たちは邪魔なんだよ」


 二人を背に乗せたまま、全速で走れない。人面岩へ向かう最中、何度かガルだけで聖騎士の中へ突っ込んでいったことがある。

 それは風のような速さだった。


 デニスを乗せたら、デニスに気を遣う。だから全力で走れない。

 それが証拠に、ガルもレムも、村を見つめている。ガルもレムも前傾姿勢だ。

 誰の目にも、これから走り出す気満々なのが見て取れるだろう。


「……解ったわ」

 デニスは嬉しかった。

 自分の意志が、十分すぎるほど二人に伝わっていた。


「二人の魔獣を信じられなかったのは、わたしの方だったのね」

 そうだ、自分の気持ちは、自分の思い以上に伝わっている。

 先祖から伝わってきた技術が心の支えとなっていた。


「お爺ちゃん。これが、心が通い合うという事なのね」

 デニスは嬉しくなってきた。自分は一人前の魔獣使いになれたのだ。


 二人を信じよう。

 デニスは、ジムと一緒に木の根本に身を隠した。


「これからはしっかりしなきゃね」

 極限の状態が、自分の能力を開花させたと信じたい。

 戦いを通して、実力がついてきたのだ。

 デニスは、拳を握りしめ、リデェリアルの長として生きていく決心をした。



 前触れ無く、ガルが飛び出した。

 風を追い越して疾走する。


 続いてレムが走り出す。ゴーレムなのに人間より足が速い。


 見張りがガルに気づいたが、柵へ取り付いた後だった。

 ガルの跳躍力は驚異だ。あの柵をひとっ飛びに越えた。


 中から悲鳴と怒声が聞こえてくる。

 既にレムも村まで半分の所に来ていた。


「走れ! レム、走れ!」

 ジムが興奮している。

 デニスも同意見だ。これはいけそうだ。  

 レムが村へ入ればこちらの勝ちだ。デニスは勝ちを確信した。


 その時である。


 見張り台から赤くて眩しい光が発射された。


 レムに突き刺さる。

 何の反応もできないでいるレムの胸で爆発が起こった。


 音が空気を揺らす。吹き出す黒煙。

 レムは、もんどり打って倒れていった……。  






「ここまで来れば村まで後一歩だぁね!」

 ガルの鼻息が荒い。

 デニス嬢のお尻が首筋に当たってアレやコレやなのだろう。

 種族を越えた愛を見た。


 俺たち一行はリデェリアル村へ、あと一歩のところまでやってきたらしい。

 いまガルがそう言った。


 村を一望できる高台である。

 逃亡のさなか、デニス嬢もここから古里を見たのだろうか?

 俺が見るリデェリアル村は焦げていた。



 村の周囲に丸太作りの立派な柵が、ぐるりと巡らされている。

 背が高い柵だ。

 普通の魔獣なら越えられない。ガルならひとっ飛び。俺なら一殴りの柵だ。

 

 見張り用だろうか? 柵に隣接して櫓が組まれている。

 櫓の庇が長すぎて、人影は見えない。だけど詰めていることは確実だろう。


 デニス嬢の古里は、砦となっていた。

 何に対する砦なのかは解らない。

 敵の指導者クラスを捕虜にできれば口を割らす事も可能だろう。


 残念ながら、俺やガルは人の言葉をしゃべれない。俺に至っては、人語の文法や単語がわからない。

 得られる情報量は、デニス嬢がどこまで気の回る人物かによる。

 目をキョドらせている限りでは、期待薄だ。

 うーん、ま、いっか。

 多くは求めまい。

 

 ここまで来たら、さすがにこっそりと移動する。

 隠密行動は逃げ隠れするためではない。

 確実に獲物へ近づくためだ。


 姿を隠したまま、村に迫る森の端っこで一端停止。

 先ほどの覗き見で、敵戦力は大したことないと判断。

 実戦部隊のあらかたは昨日つぶしたし。


 非戦闘員たるデニス嬢ちゃんとジム君を降ろそうと、ガルが腰を落として座った。

 ところが、二人は降りようとしない。

 なにやら盛んに声をかけている。


「ガル先輩、ひょっとしてデニス嬢ちゃん、一緒に突っ込む気なんじゃないですか?」

「それは困る。これから先は十五歳未満の方の閲覧にふさわしくない表現が含まれる予定だからな。レム君、何とかしたまえ」

「ラーサー!」

 俺は両手を伸ばし、ひょいと少年少女をつかみあげた。そのまま、下草の生い茂る木々の中へ降ろす。


 何か言いたげなデニス嬢に対し、合図として口元に指を一本立てた。

 いわゆる「シーッ、静かに!」である。


 デニス嬢は委細かまわず叫び続けたが、ジム君に止められていた。

 二人は二言三言言葉を交わし、その場所でしゃがみ込んだ。


 よしよし。いい子だ。


「行くぜ先輩!」

「おいおい、偵察しなくていいのかよ?」

「戦いは勢いですぜ先輩。ましてや慢心の精霊に取り憑かれた俺たちに偵察なんて必要ナイナイ!」 

「クックックッ、狼の血が騒ぐってもんよ。おっと、嬢ちゃんの前じゃぁオイラは犬な。フェンリル狼だと怖がるからなっ!」

 ああ、俺、この狼を好きになりつつある。


「いくぜ!」


 まず、ガルが駆けた。疾風の蒼。

 絵筆先につけた青い絵の具をもって、キャンバスに横殴りに薙いだ跡。

 ガルを見ていた者がいれば、そんなイメージしか浮かばなかっただろう。


 俺も結構速いと思ってたが、ガルほどじゃない。

 イレギュラーコンデンサーを使えば、あれくらいの速度は出せる。もったいないから使わないだけだ。


 ガルがヒョイと柵を跳び越えた。

 早速中から悲鳴が聞こえてくる。


 俺も遅れて村の柵に接近していた。

 さすがにこの巨体はバレバレだ。


 見張り台から矢を射かけられるが、そんなもの刺さりもしない。

 柵ごと見張り台をひねり潰してくれる。

 一丁派手に体当たりをぶちかまして――。


 光がこっちに向かって走った!

 俺の右胸に大きな火球が花咲く!


 ――なんか当たったーっ!――


 爆音と爆煙。


 何か破壊的なのが右胸に当たったのだ!

 衝撃力が半端ない。



 視界が暗転した!


おいおい一撃かよ!


次話「渡る光」

お楽しみに!

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