8.リデェリアル村へ
今回、視点がコロコロ変わります。
いいか? 最初に断っておく!
俺が、デニス嬢やガルに手を貸すのは、成り行きからではないんだからね!
まず、俺は無神論者じゃない。真の神はどこかに存在すると信じている。
……思い出したが、一度、神の端くれに会っていたが、あれは例外だ。
もといして――、
俺は神を信じる。だが、宗教と宗教屋は信じない。詐欺と詐欺師に脳内変換している。
俺が育った施設はインチキ宗教屋が「経営」する偽善の家だ。
「社長」は慈愛の心など持ち合わせていない。
おそらく子供の頃の、特に小さい頃、どこかで心を換金してしまったに違いない。
そして、得た金はゲテモノにでも消えたのだろう。
だから、俺は宗教屋を心底毛嫌いしている。
宗教イコール詐欺。宗教団体イコール絶対君主制貴族主義者。
それが俺の経験則による認識。
よって、聖教会なるインチキ組織に理不尽な暴力をふるわれているデニス嬢達の肩を持つ。喜んで持つ。
どうにも腹が納まらないのだ。
前世の俺だったら知らんぷりをしていただろう。
だが俺はこの世界で新しい力を得た。
五行を回すことにより、魔法みたいな力を出せる。
この力をもって、この世界にひっかき傷の一つでも付けてみたい。
道中、ガルの話術に絡め取られた感がハゲシイが、話半分として聞いたとしても、この世界の宗教はおかしい。
歪んでやがる。
それに、腑に落ちない所がある。
あのベランメェ神が言っていた。
この世界は、あの神のパシリ……旧友がこの世界の神だと言っていた。
口は悪いが、ベランメェの神は悪いヤツじゃなかった。
そのパシリ……旧友が、悪神のはずない。
じゃあいったいこの世界の神はどうなってしまったのか?
狂ったのだろうか? 力をなくしたのだろうか?
死んでしまったのだろうか?
いやいやいや、絶対に死んでなどいない。
ベランメェ神が存在を否定してなかったのだから。
どうにもこうにも、真理を見定めたくなっていた。
だから、少なくとも納得がいくまで付き合うつもりだ。
……納得いくところって、それがどこかは俺にもわからないんだが……。
デニスは、気ばかり焦っていた。
リデェリアル村へ向けてガル達を走らせながらも、気が気でなかった。
ここは森の中。
木々がまばらで、ガルにとって走りやすい土地だ。
レム君も背中を丸めるようにして走っている。
このゴーレムは賢い。
デニスが指示を出さなくとも、木々の上に頭を出さないよう気を配っている。
人面岩まで進軍した聖騎士達にも生き残りはいるだろう。
その連中より速く村へ着きたかったのだ。
ガルの背で、デニスはさかんに後ろを振り返っていた。
2度目の戦いも勝てるとは限らない。
相手は聖騎士なのだ。戦いに関して、素人のデニスなど足元にも及ばない知識と力を持っている。
正直言って、デニスは聖騎士達が怖かった。
後ろから追いつかれるなんて考えたくもなかった。
ガルの足は速い。
幸いに、レムの足も速かった。ゴーレムとは思えない早さだ。
そして二人とも疲れしれず。
背中に揺られるデニスの方が疲労している程だ。
ふと、ガルの足が止まった。
小さな川が側面に流れていた。
立ち止まって小川に口を突っ込んだ。
「休憩にしましょう」
急いでいるのだが、疲れて動けなくなるのは愚の骨頂。
ガルに命令し、デニスとジムは背中から降りた。
レムも座り込んだ。さすがに疲れたのだろう。
ガルが飲む以上、安全な水のはず。
デニスとジムは、ガルに並んで水を飲む。
ジムのお腹から音が聞こえてきた。
「お腹、すいたね」
ジムがべそを掻いた。
デニスは2日。ジムも2日食べていないという。
「お腹すいたね」
水を仕入れたせいだろう。デニスのお腹も鳴り出した。
何度目かのため息の後、ジムの目の前に葉っぱの包みが一つ、転がってきた。
転がってきた方向にはレムの巨体。
レムは掌を地に付けていた。
その手から葉っぱの包みが湧き出て、地を転がり始めた。
二つめの包みはデニスの前で止まった。
「なんだろう? まるで戦場食か旅人が持ってるお弁当のような……」
ジムとデニスはおっかなびっくり、包みを手に取った。
引き裂くようにして包みを開ける。
中から、硬くなったライ麦パンの大きな塊が出てきた。
歓喜の表情。
デニスとジムは、大きな口を開けて硬いパンにかぶりつく。
二人して喉を詰まらせ、水を飲み、パンに食らいつき、喉を詰まらせる。
あっという間にパンを食べ尽くした。
やっとの事で物心ついた二人はレムを見上げた。
二人に感心がないのか、レムは遠いところを見ていたようだった。
やあ、レム君だよ!
今は森の中で休憩中なんだ。
無休憩で六時間走りっぱなしなんだぜ。完全に労働基準法違反だろ?
魔獣使いはブラック企業なんだと初めて知った。
それはそれとして……。
俺やガルのアニキは平気だが、デニス嬢とジム君は生身の体。長時間の乗馬はきつかろう。
二人とも、お腹をグルグル言わせている。
道中で食料を調達するつもりだったのだろうが、生憎俺たちが一緒では、猫の子一匹近寄らない。……いや子猫を食べたりしないけど。
こんな事もあろうかと、聖騎士達から奪っておいた非常食だか戦闘食だかを体の中から取りだした。
俺は気の利くゴーレムなのである。
目の前にお弁当箱を転がしてやると、争うように食べだした。
まるで2~3日なにも食べてないようだ。
ハムスターがひまわりのタネをがっつく様で、見ていて微笑ましい。
いやマジで頬袋膨らませてるし!
癒されるのである。
思えば遠くへ来たもんだ。自然と目が遠くを見る様になる。
さて、……。
デニス嬢とガルが、命がけで人面岩とやらへたどり着くのに四日かかったという。
それは、歩きにくい森の中を進んだり、大きく迂回しながら進んだり、じっと身を隠していたりしたからだ。
まともに歩けば二日の距離だそうだ。人の足で。
俺たちの進行速度は、自動車のそれである。
荒れ地も森も関係ない。
俺たちの足だと、休憩を挟んでも次の払暁までにたどり着けるだろう。
聖騎士どもの主力に壊滅的ダメージを与えた後、放置プレイに及んだわけで、邪魔者はいない。姿を現さない。
万が一の場合は、例のエネルギーを溜め込んだ、五行イレギュラー・コンデンサーを岩肌にでも設置して爆破してやるつもりだ。
威力は期待できないが、取りつけ場所に工夫すれば、崖崩れで通行止めとなること必至。
とはいうものの、全く追いかけてくる気配がない。
けしからん位に暇である。
で、前から気になっていたことを聞いてみた。
「ガル先輩、ちょっと伺いたいことが有ります」
「あらたまって、なんだねレム君?」
この獣、梯子をかけてやると、どこまでも上がっていくタイプだな。
「先輩、転生者ですか?」
「なんだそのテンセイシャって?」
デニス嬢とジム君の衣服や持ち物、聖騎士の装備や聖教会なるモノの組織力などから推測して、この世界の文化文明レベルは、中世前半と思われる。
ガルの話す言葉、単語、話法、思考方法、どれをとってもこの世界との違和が感じられる。
「テンセイ……転生者か? よせやい。オイラにゃ前世の記憶なんて気色悪いの残ってないぜ!」
ほら、ガルは前世と今生の世界観と理論を持っている。
「オイラ達は魔物と呼ばれている。人間は十把一絡げで魔物と括っているが、それは違う。二足歩行だからっつって鶏と人間を同じカテゴリーに分類するような暴挙だ」
おいおい、これ以上話を小難しくしないでくれよ。ついて行くのにやっとだ。
元人間としての尊厳とか矜持とか、そこんところも考えてくれよな、この狼。
「魔物だからって文化レベルが人間より低い。などと誰が決めたね? 魔物の一部……仮に魔族と名うっておこうか? 魔族が倫理観を持たないと人類の誰が証明したね? 魔族はこの大地が球体で自転している事を知らない、とでも思ってたのかね?」
ホントに?
「ガル先輩、ひょっとしてこの世界の支配種族は人間じゃないのですか?」
ガルは耳元まで裂けた口の端を吊り上げ、みっちりと生えそろった犬歯の一群を覗かせた。
たぶん笑ったんだでしょうけど、大変怖いです。
「空の星は太陽と同じ燃える星である。星の周りを土やガスの暗い星が周回している。魔族はそれを知っている。観測している。日食や月食を予想できる。無知な人間はそれを知らない。天動説が奴らの常識だ。自己的で礼儀知らずで自分勝手で同族同士争う事を厭わない獣。それが人間だ」
この星の知的生命体は魔族ってことか!
「そういうこった。でもこれは人間にゃ秘密な」
「秘密ですか?」
「人類がこの星の支配種族であると勘違いさせる。それはオイラたち魔族の嗜みだ。魔族は気づかれないよう、定期的に文明レベルを調査しているって寸法よ」
「なるほど」
整理しよう。
人類は、未だ幼い精神文明レベルをひた走っている。
ガル達に代表される魔族は、相当高度な精神文明を花咲かせている。
その文明の種類は、人類の文明と根幹から違っている。前世の世界である地球より進んだ文明を持っている可能性を否めない。
結論、人類は上位魔族に監視されている上、保護されている。
つまり、ガルは魔族が送り出した定点観測員であるのだ。
かなり自由な観測員だ。
「ちなみにオイラがデニス嬢に付き合ってるのは単なる趣味な」
どこの世界にでも変質者はいるものである。
「ちなみに、レム君、君は転生者かね?」
「はい、実はそうなんです」
隠す必要はない。
隠したところで実利はない。正直に打ち明けたところで実害はない。
だって、今の俺は人間じゃないんだもの。
「オイラの話について来られたんだ。君の元いた世界は、まずまずレヴェルが高いと推測されるが、どうかね?」
かなり高いところから見下されているが、逆の立場だったら俺も同じ態度を取ったろう。
そのためか、あるいはガルのキャラのせいか、腹は立たない。
むしろコミカルさを感じてしまう。
「じゃ、ちょっとアッチの世界のお話と、ここにやってきた経緯をお話ししましょうか?」
「おう! ただ走ってるだけじゃ退屈だからな。いっちょ頼むぜ!」
こうして、俺は一連の出来事を話す事となった。
はい。というわけで、主人公は人間より、魔族を選びました。
ガル先輩の人となり?もあったのでしょうな。
次話「リデェリアル村外縁部攻防戦」の予定。
お楽しみに!




