5.想い
デニスは思う。
「わたしが聖騎士を倒したんだ。わたしが、魔獣を操って敵を倒した!」
それは身に余る力を得たということ。
リデェリアルの神が与えてくれたものと受け取るべき。
そのようにデニスは考えていた。
父や母や友達、村のみんなの憎い敵をとれた。だけど、仲間は戻ってこない。
この力は復讐のためだけに使ってはいけない気がした。
神に与えられし力。神に選ばれし者。
「わたしは、そんな……」
わたしは大それた者ではない。
重かった。与えられた使命が重たかった。
デニスはこの場を離れたかった。
この場所がとてつもなく怖い場所のような気がしたのだ。
「ガル! ここを離れましょう! どこか安全な場所を探して身を隠しましょう!」
デニスの言葉が通じたのだろう。ガルはヒョイとデニスの襟首を加え、背に乗せた。
そして走り出す。
行き先はわからない。でもガルに任せておけば大丈夫だ。
「あなたも、巨人さん!」
デニスの言葉に反応して、巨人も後からついてくる。
心配はしていなかったが、ガルの足についてこれる巨人を見て安心した。
山を越え、谷を渡り、背の高い木々が生い茂った窪地にたどり着いた。
空の月は細い。夜の闇と相まってデニスには北も南もわからなかった。
すぐ側の岩場から、こんこんと水が湧きだしている。
水を見て、喉が渇いていることに思い至る。
デニスは、水を手にすくった。骨まで染み入る冷たい水だった。
一口飲んだら最後。予想以上に乾いていた体は、直接口を付けて飲むことを要求。
デニスは逆らわず、欲望のまま湧き水を飲んだ。
「ああいけない、ごめんなさいガル!」
自分が乾いていたのだ。その何十倍も動き回っていたガルは、自分よりもっと水を求めていただろうに。
水場をガルに明け渡す。
ガルは舌を鳴らしながら、もどかしそうに喉を潤していた。
「そうね、ガルは人間みたいに飲めないものね。可哀想に」
水を求め、必死な様相のガル。
求めていた水を得て、安心したせいか、デニスは疲れを自覚した。それは、抗いがたい睡眠の要求として形を表す。
大きな木の根本に腰を下ろしたらもうダメだった。体が横になっていくのを止められない。
仕方ない。村が襲われてからこっち、何日もろくに寝ていなかったのだから。
デニスは、緩慢な動作で巨人を見上げる。
「そうね、巨人さん。あなたにも名前を付けてあげなきゃね」
まぶたが重い。
意識が飛んでいきそうだ。
だけど名前を付けるまでは眠ってはいけない。
それは天才魔獣使いとしての矜持であった。
「ゴーレムから取って……レム。そう、あなたはレム。わたしの第二のナイトさん……」
デニスのまぶたが閉じていく
「お母さん、お父さん、わたし、仇取ったよ……」
一筋の涙と引き替えに、デニスのまぶたが閉じられたのであった。
「時化た所だな」
俺たちは、オモチャの兵隊さん達と一戦した後、河岸を変えていた。
いつまでもリングに……もとい、戦場をうろつく愚は犯したくない。
その点に関して、ガルも同意見だという。
何か言ってるデニス嬢ちゃんを強制的に背に乗せ、ガルは走り出した。
アテがあるらしい。
地理に不如意な俺としては、ついていくことにやぶさかではなかった。
とっぷりと日が暮れた夜。満天の星空であるが、その光は地上に届かない。
ましてや細い月しか出てない今夜は闇の中の闇。
ガルが言うには身を隠しやすい森の中。上から岩がせり出しているおかげで外から見えにくい。
貧弱だけど湧き水もある。
デニス嬢が貪るように飲んでいる。よほど喉が渇いていたのだろう。
「おう、レム君。さっきはすまなかったな、恩に着るぜ」
なぜかレムという名前がついてしまった。デニス嬢の命名である。
名前を忘れてしまった以上、名無しの権兵衛では何かと不便。レムでもかまわない。
「ここならてめえのでかい図体でも朝までなら何とか隠せる。後は朝になってから考えよう」
岩に背を預けるデニス嬢。その横で猫のように丸くなっているガル。
このままでいいのか?
「その言葉、なんだか気にいらないですねぇ」
「でかい図体が気に入らなけりゃ謝るが……」
「いや、違くて――」
なんと言えばいいかな? 違うんだよね。
ガルやデニス嬢は、これから間違った行動を取ろうとしている。
命の危険がすぐそこまで迫っている。この状況で間違った選択は許されない。それは正さねばならない。
何から話すか……まずは……。
「ガル先輩、たとえ話なんですけどね……」
「なんだね?」
「岩場で狼に追われた兎が、狼に勝てる条件は何だろう?」
「兎は狼に勝てねぇぜ」
「持てる体力と知恵と使い、ひたすら逃げて逃げて草むらにある巣穴に逃げ込む。そうすれば死ぬことはない。兎の勝ちだ」
「……そういう物の見方もあるな」
「一方、狼が勝つ条件はその真逆。巣穴に飛び込まれる前に兎を仕留める。そうでしょう?」
「そりゃそうだが……さっきからお前、何が言いてぇんだ?」
ガルが俺の言葉の裏側に意味を潜めている事に気づいた。なかなか頭の良い狼だ。
「俺やガル先輩は、兎ですか? 狼ですか? って事ですよ」
ガルはほう、という顔をした後、耳元まで裂けた口の端を歪めた。
笑ったのだろう。
笑う狼に対して、俺は狐の目をしているようだ。
「俺たちは強いんだ。隠れる必要はない。むしろ堂々と姿を現して相手をビビらせるべきだ。隠れたり逃げたりするのは聖騎士の方じゃないですか? 違いますかね?」
「違わねぇ」
狼の目と狐の目が合わさった。
「夜の狩りは、紳士の嗜みではありませんかな? ガル先輩」
「索敵は任せろ」
なんとも頼もしい魔狼である。
「嬢ちゃん、どうします?」
目をやると、デニス嬢は深い眠りに落ちていた。
「そっと出るぞ。足音立てんなよ」
俺たち二人は闇の中で動き出した。
悪党二人が闇にほくそ笑むの巻。
次話「追撃戦」
おたのしみに!