3.聖騎士の落日
ガル、恐ろしい子。
デニスは颯爽と敵に向かう巨人を見つめていた。
土ゴーレムは残り3体。
一番近くの土ゴーレムに、巨人が腕を伸ばした。それだけでものすごい音。そのゴーレムが砕けた音だ。
続け様に2体目へ拳を叩き込む。予想通り土ゴーレムは粉砕された。
残り1体。
土ゴーレムが腕を振り上げるが、巨人は動かない。まるでゴーレムに興味を無くしたかのように、目の色が赤から黄色に変わった。魔力の放出も小さなものとなる。
土ゴーレムはその太い腕を振るった。動かない巨人の胸へ、まともに当たった。
デニスは慌てない。結果が予想できたからだ。
砕けたのは土ゴーレムの腕。
「この巨人、なんて硬い体を持っているのだろう」
巨人はくるりと背を向けた。
勢い足が跳ね上がり、土ゴーレムの顎を蹴り飛ばす。
とんでもない音が響き渡り、土ゴーレムが文字通り土となって吹き飛んだ。
たぶん手抜き。それ故に破壊力が恐ろしい!
巨人の目が再び赤くなった。あふれ出す魔力。
巨人が一方を睨む。
つられて、デニスがそちらを向いた。
整然と隊列を整え終わった聖騎士の大部隊。
上空には11匹のワイバーン。
騎士達の前面には、土ゴーレムの残り7体。
「まさか、聖騎士達はゴーレムを犠牲にして……」
デニスが怯えた。
戦況は変わらなかったのだろうか?
ゴーレム4体など、ものの数ではなかったのだろうか?
ゴーレム、ワイバーン、そして聖騎士の大隊という三つの戦力は健在だ。戦闘力と破壊力は底が知れない。
足が震え出す。ガルや巨人になんと命令すれば……。
巨人が動いた。
デニスの悩みをよそに、巨人が走った。
速い! 鳥のように速い!
あっという間にゴーレムの壁を抜け、聖騎士達の真ん中へ躍り出た。
腕を振り回し、足を伸ばして蹴り上げ、転げ回って暴れる。
聖騎士の部隊はまたもや大混乱となる。
混戦になってしまえば土ゴーレムも近づけない。
土ゴーレムに細やかな配慮は期待できない。聖騎士を踏みつぶしてしまいかねない。
同じような理由で、ワイバーンも攻撃を仕掛けられないでいる。
阿鼻叫喚の中、巨人は聖騎士の中を悠然と歩いて来た。
聖騎士達は地にまみれ、立っている者のほうが少なかった。
その巨体。その姿、威風堂々。
まるで王が、ひれ伏す家臣団を睥睨しながら、超然とした態度で謁見式に臨んでいるかのよう。
デニスの前まで歩いてきた巨人は、振り返る。
そう、戦いは終わってない。
まだ空にはワイバーンが舞っている。
混乱した聖騎士達の中からゴーレムが抜けつつある。
ところで――なぜ巨人は聖騎士達の中から、わざわざ出てきたのだろうか?
あのまま混戦状態を維持できれば、ワイバーンや土ゴーレムを一体ずつ相手にしていけたはずだ。
デニスの前にガルが戻ってきた。盾になるつもりなのか?
ガルはいつでも飛び出せるように体のバネをためている。
ワイバーンが攻撃態勢に入った。高度を落として、デニス達に迫る。
口から覗く牙の奥に沸き立つ炎まで見える距離。
聖騎士達から抜けた土ゴーレムが走り出す。
ワイバーンを相手にしている間に土ゴーレムが襲ってくる。
巨人はいったい――。
――巨人の両肩が跳ね上がった。正確には肩から胸を覆う肩当てが跳ね上がった。
また大きな音がした。爆裂の呪文に似た音だ。
巨人の両肩から数十本の棘が飛び出した。
炎と煙を引きずりながら、空のワイバーンに向かって飛んでいく。
肉を叩く音がして、11匹のワイバーンすべてが落ちていく。
巨人は落ちたワイバーンを無視して土ゴーレムへ向かった。
ガルも飛び出した。ガルの獲物はワイバーンのようだ。
地に落ちたワイバーンは動きの遅いトカゲのようなもの。ガルの敵では無い。
次々と喉笛を咬みちぎられていく。
ワイバーンをガルに任せて、巨人は土ゴーレムを迎え撃つ。
7体のゴーレムは速度を上げて突っ込んできた。
密集している。7体そろったあの重さ。
巨人の力は、それを受け止められるのだろうか?
巨人が大きく右腕を振りかぶっている。拳を打ち込むつもりだろうが、距離が離れすぎている。
いったい何をするつもり……。
「巨人の腕が……肘から先の腕が回転している? いったい……」
巨人の腕が爆音をあげた。火を噴いて肘から先が飛び出した。
先頭を走る土ゴーレムの胸に命中。爆発した。
勢いは1体だけにとどまらず、両脇を固めて走る2体を巻き込んで爆発した。
一撃で3体である。
「す、凄い!」
デニスが息をのむ。こんな戦い、初めて見た!
残るは4体。
飛んでいった右腕はそのままにして巨人は走っていた。走って土ゴーレムに突っ込んでいく。
遅い動きの土ゴーレムよりの攻撃をかいくぐり、すれ違いざまに左手を出す。
激突音!
突撃の勢いだけで土ゴーレムがが砕けた。
巨人の突撃攻撃もそこまで。残り3体に囲まれた。
でも、デニスは安心して見ていられた。
「この巨人は強い。負ける気がしない」
事実そうだった。
敵わぬと知りつつ、構える土ゴーレム。
このタイミングで、巨人の右腕が戻ってきた。
両腕が元に戻った巨人に、負ける要素はない。もっとも、初めからなかったが。
土ゴーレム1体に掴みかかった巨人は、そいつを力任せに投げ飛ばした。
巨体からは信じられない素早い動きで馬乗りになる。そして拳を打ち付け粉砕!
残る2体が同時に覆い被さるが、巨人が左腕を振るうだけで吹き飛ばされていた。
なんという力だろう。だが納得である。
これほどまでの力があれば、あの素早い動きもできよう。
ゆっくりと立ち上がる巨人。
存分に引き絞った右の拳を放つ。土ゴーレムが一体砕けた。
蹴り上げた足で最後の一体を叩き伏せる。これで土ゴーレムは全滅した。
ガルが、嬉しそうに尻尾を振りながら戻ってきた。ワイバーン全てに止めを刺し終えたのだ。
あんなにデニスとガルを苦しめた、12体の土ゴーレムと12匹のワイバーンが全滅である。
巨人が叫んだ。
天に向かって吠えた。
恐ろしい声だった。
この惨事の後である。悪魔より贄を得た魔神が、狂喜に任せ叫んでいるかのよう。
デニスの魂を削りそうな、恐ろしい雄叫びだった。
この雄叫びに怯えぬ者もいる。
聖騎士達である。
巨人が勝利を宣言する前に突撃を敢行していた。
巨人は慌てることなく聖騎士と向かい合う。
体制を整えた聖騎士の大部隊であるが、巨人の敵ではなかった。
片っ端から聖騎士をなぎ払い、魔神の如く暴れまくる。
見事な隊列を整え、あらゆる戦術を駆使して巨人へ挑みかかっていくが、結果はどれもこれも同じ。
ランスも剣も巨人に通じない。弾かれ折られ、吹き飛ばされてお終い。
「ひょっとして……」
デニスは気づいた。
ワイバーンの次はゴーレム。そして今は聖騎士だけが戦う相手。
巨人は一部隊だけを相手に戦ってきた。決して複数の部隊を相手にしない。
「これは偶然じゃないわ。あの巨人は、自分より弱い相手に考えて戦っている」
あの巨人は……。
そうこうしているうちに、聖騎士達の敗北が決まったようだ。
巨人は聖騎士達をゴミのように扱っている。
高台になった人面岩前の広場から、聖騎士達を崖下に落とす。そんな戦法だった。
地形を利用した戦術をあの巨人は使っている。
「やはり……」
デニスは先ほどの考えに確信を持った。
みるまに聖騎士は全滅していった。
日が暮れた頃、人面岩前広場から、聖騎士達の姿が消えていた。
広場の中央に巨人が雄々しく佇んでいる。
巨人はゆっくりと片手を上げた。
そして叫ぶ!
さっきとは違う。
清々しい声色。
聞いていて気分が良くなってくる。頼もしい咆吼!
ガルも一緒になって吠えていた。
嬉しい。とても嬉しい。
「まるで神様が遣わしてくれた英雄」
デニスははっきりと意識した。
ここまで巨人の力を見せつけられたら馬鹿でも解る。そうデニスは思う。
「あの巨人は、戦いに特化した魔獣なのね!」
デニスは黒々としたそのシルエットを力強い目で見つめた。
「そんな魔獣を支配下に治めたわたしは、天才なのかもしれない!」
デニス・リデェリアル、恐ろしい子。