20.滅殺
「どらっしゃー!」
やぁーッ! レム君だぁーっ!
『こいつ! 神の波動を殴り返しやがった!』
凍てつく波動がなんだってんだ! そんなもん、ワンパンで潰してやったぜ!
「おおおおーっ!」
腕よ! 千切れるものなら千切れてもよいぞ!
鋼鉄の腕を振り回す。
肉という肉を叩きのめしていく。
「てーぇめーぇ! ぶち殺してやる!」
拳を打ち込む度、汚い肉が爆ぜる。穴が空く。陥没する。この世から消えて無くなる。
『おのれ! 消滅の奇跡をくらえ!』
赤い目をした旧神が何か言ってる。
全身を使って、なんか変な光線を発射した。
「しゃらくせぇー!」
パンチだパンチ! 体重をのせたパンチだ!
光線のど真ん中に拳を打ち込んだ。
大根おろしをぶちまけたようなエフェクトと共に、光線はどっかへ消えた。
やればできる!
「温い事してんじゃねぇー!」
一歩踏み込んで、美少年の頭上へハンマーパンチを振り落とす。
粘性な音がして、多大な範囲の肉が飛び散る。
「おおおおおお! ディオ・スパーダ!」
胸を張り、肩の装甲を跳ね上げ、ミサイルを全弾発射。
上方へ飛び立つミサイル。一発目が命中。爆発した範囲で、球形のまま消滅。
威力が変質した気がするが、気にとめてはいけない。
高くなった天井に二発目が着弾。またも空間が消滅。
そんな行為を繰り返す。当たっては消え、当たっては消え。ボコボコと気持ちよく消えていく。
穴を掘るような行為と表現すれば良いのだろうか? 怪獣の上半身がみるみる消えていく。
全弾発射完了!
明るい空が見えた。太陽が眩しいぜ!
「次っ!」
俺は綺麗さっぱり消えてしまった上半身から、足元へ視線を変えた。
『ヒギッ!』
いつの間にか復活していた美少年型旧神が、足元でビクついていた。
「そーこーにーいーたーかー」
俺は腕を振り上げる。
こいつのせいで。
こいつのバカな考えのせいで。
こいつの我が儘のせいで。
こいつの独りよがりのせいで。
こいつの冷たい性格のために。
「どれだけの涙を流させる気だーっ!」
固体化した空気を砕きながら、鉄の拳を振り下ろした。
旧神が赤い液体をぶちまけながらはじけ飛ぶ。
地面が……怪獣の下半身が揺れる。
「お前が! お前が! お前がーっ!」
揺れるのもかまわず、拳を振り下ろす。
「砕けろ! 砕けろ! 砕けろーっ!」
拳を振り下ろす度、高度が下がる。どんどん下がる。
『や、やめ――』
旧神が顔を出す。そこをめがけ、拳を振り下ろす。
『滅びよ! 神の奇跡!』
「やかましい!」
なんか光ってるが、光ごと叩き潰してやった。
『こんなバカなことで我は――』
まだ出てくるか! このやろう! まだ出てくるのか!
ぶん殴ってやる! ぶん殴ってやる!
『それ以上はやめ――』
奇跡なんかぶっ潰してやる!
何が神だ! 偉そうにしやがって!
吹き上がる血しぶきに、全身を赤く染めた。
飛び散る肉片に、全身が油にまみれる。
大きく振りかぶってー! 脳天唐竹割!
『やめ――』
手刀が割ったのは、湿っぽい土だった。
いつの間にか、俺は大地に立っていた。
「あ、あれ?」
怪獣はどこへ行った?
旧神はどこへ行った?
さっきまでビンビン感じていた高圧的な気配が、綺麗さっぱり消えていた。
俺はぐるりと視線を巡らしてみた。
一面赤い色に広範囲に飛び散った赤い液体。
あ、スーパーで売ってるステーキ肉が転がってる。
ボロボロになった魔族達がこっちを見ている。
中でも、何やらあきらめ顔のガルさんの綻びが目立つ。
「おいよう、レム君。これだけ暴れりゃずいぶんすっきりしたろうよ」
いやまぁ確かにすっきりしているけど、……旧神は?
「親の敵討ちを狙ってる竜人さんの分は残してくれたんだろうな?」
最高戦力、竜人さんが怖い顔してこっち見てる。
俺は、慌てて周囲を見渡した。
某はじめ人間に出てきた原始肉片が足元に一つだけ。
神を殴殺してしまった?
……や、やっちまった?
俺は肉片を掴んで差し出した。
「ここに旧神さんが!」
「それでいい。天高く投げろ!」
てい! とばかりに放り投げる。
”滅びのバースト・ストライク・オリジン”
やけに眩しい光線が肉片を内包して通過していく。
ジュッという音と美味しそうな匂いと共に、炭素と化し風に掠われて飛んでいった。
口の端っこから白い蒸気をたなびかせる竜人さん。
「旧神はその力を大いに減じた。ま、これで良しとしよう。めんどくさいし」
許された。
つーか、いつの間にか旧神をブッ殺していた?
「ガル先輩、ご無事でしたか?」
「ご無事じゃねぇよ! てめぇも手伝え! 怪獣の肉片を手分けして処分するんだ! 1メットル四方以上の肉片があるとそこから再生が始まる。急げ!」
「ラジャー!」
俺は赤グロい物を片っ端から踏みつぶしていく。
魔族の皆さんも横一列に並んで作業を開始している。ローラー作戦だ。緻密である。
……むしろ、決戦の場に集結したのは、この事後処理のためなのかもしれない。
俺と並んで落ち穂拾いをしているガルが、ぼそりと呟いた。
「危険な目に遭わせて悪かったな。オイラの読みが甘かったせいだ」
「プロレスラーは最強……じゃないんですよ。最強だからプロレスラーになるんです。プロレスラーにとって、これくらい想定内ですよ!」
黙々と作業は続く。
「……すまねぇ」
あのガルが謝った。
「それは言いっこ無しですよ。おとっつあん」
戦いは終わった。
俺は……。
俺は……そうだな。俺は楽しい。
俺はこの世界で、人間をやめて、化け物の体になって、それで楽しい。
まだまだやりたいことが沢山ある。
冒険だってもっとしたい。
全部が全部、うまくいくとは限らないさ。でも、俺はそれを惜しまない。
俺は自分の運命を切り開く自由を得ている。邪魔されない権利を有する者だ。
この世界で俺は生きていきたい。この世界で俺は死にたい。
「先輩、次の冒険はいつですか?」
「フフフ、そう焦るな。もうじき、南の亜大陸で、人間がとんでもねぇ事件を起こすはずだ。それまでに体鍛えておけよ!」
「ククク、楽しみですね。無謀神万歳!」
「無謀神万歳!」
俺達に似合うのは悪巧み。そして小細工。
向かうところ敵無しだ。
願わくば、次の敵も強くあらんことを!
夕方より、三日続く歴史的な大雨が、この地方に降った。
この世界を創世した神の哀し涙なのだろう。
……ガルが珍しいことをした為ではないと信じたい。
小脇にオッドアイの少女を抱えた白面鬼さんが顔を出したのは、全てが済んでからだったことを付け加えておこう。
鳥さんの行方は誰も知らない。
次話最終回「ABAYO」
お楽しみに!




