19.異世界神
「はっ! ここはどこだ?」
気がつくと、俺は何処かの部屋にいた。
事務所くらいの部屋だ。窓はない。現世的な素材を採用された壁。ここは異世界じゃないのか?
俺は、あのまま死んでしまったのだ。
旧神は腐っても神。やはり俺の力ごときじゃ通用しないんだよな。
ちょっとばかり強くなったからといって浮かれすぎたんだよな。
「ここは……」
部屋は乱雑に物が散らかっていた。
ゴミに混じって人形だろうか? 白面鬼さんを彷彿とさせる人形のパーツが転がっている。
出入り口は……一つだけ。
ドアらしきものに椅子だとか机だとか箪笥だとか、大型家具で塞がれていた。
バリケード?
そこにもたれかかっているのは、長身の男。
背の高い、変な髪型の……。
「ほほう、俺が見えるのか?」
ずいぶんと目つきの悪い男だ。しかしこの声……。
「あなたは、俺をあの世界へ送り込んでくれたベランメェ神ですか?」
「ベランメェ神って……まああいい。何で戻ってきた? ぁあ?」
ベランメェ神は片方の眉をひょいと歪め、俺を睨んだ。気に入らないのだろうか?
「戦いに負けてしまって……仲間を守ろうとして……守りきれなくて……逆に自分の力を使われて、仲間が負けそうになって……」
後は言葉が続かない。
「だいたい解ってる。俺は見ていた。……たまに見ていた」
ベランメェ神は俺から視線を外し、ドアの方へと向けた。
「てめぇ、俺が見えるって事はまだ死んじゃいねぇってことだ。早く戻れ」
死んでない?
「おうよ、死んじまっちゃぁ俺の姿は認識できねぇ。認識できるって事は脳っていうか体が生きてる証拠だ。それより早く帰れ。グズグズしてると本当におっ死んじまうぞ」
生きてる? ……いや、死んだも同然だ。
神が相手だ。いくら腕力が強くても、丈夫な体を持っていても、神様にゃ暴力は通用しない。
俺の力じゃみんなを守りきれないんだ。
「てめぇ、バカか?」
ベランメェ神の顔がきつくなった。機嫌を損ねたのかな?
「なに後ろ向きな単語を使ってんだ? 神には敵わない? 仲間を守りたい? バカか? 本気で死ぬか?」
何を言ってるんだ?
「おめぇなぁ、勝つとか負けるとか、守るとか守れないとか、なに眠たいこといってんだよ? そんなことはただの結果だろ? なにいっちょまえに結果求めてるんだよ?」
いや、ちょっと、何言ってるか解んねえっす。
「いいか? てめぇは何をしてぇんだ? 旧神という悪に対して、おめぇは何をしてぇんだって聞いてんだ?」
何をしたい?
「何をしたいって、……仲間を守りたい?」
ベランメェ神は、大仰に天井を仰ぎ、首を振り振りおでこを叩いた。
「てめぇの本心は違ぇだろ!? よく考えろ。思い出せ! お前は何と戦いたい? 何が一番腹が立つ? ほら!」
何と……何が……?
「ほらぁ! 旧神の目的は何だ? それはいかなる行為だ? ほらあ!」
ベランメェ神がせっつく。
旧神の目的は、世界中から生命を刈り取ること。全生命の抹殺だ。
「じゃなんで旧神は皆殺しにしようとするんでぇ?」
生命活動は、旧神の予想を超える動きをする。そして、それ旧神の思い通りにならない事。
旧神は自分の思ったとおりの事にならないと気が済まない。
「じゃ、それは何? てめぇはそれに対して何がしてぇんだ?」
それは何?
……それは……。
子供が生まれたことを喜ぶ人。
子供が生まれるのを心待ちにしている人。
貧乏でも家族揃って強く生きている人。
負けながらも生きている人。
必死に生きている人。
小さな幸せが大好きで、慎ましやかに生きている人。
その生を勝手な理由で摘み取る行為だ。
それを俺は理不尽と呼ぶ!
「思い出したようだな」
凄まじい笑みを浮かべるベランメェ神。いつもなら怖がってただろうけど、今の俺は怖く思わない。
だって、俺も同じ表情を浮かべているはずだからだ。
「だからよ、なにがしてぇ? 言ってみな?」
これは誘いだ。
男なら誘いには乗らなきゃならない。
「旧神をぶん殴りたい。力の限りぶん殴って、ぶん殴って、さらにぶん殴りたい!」
「ふふふ、いい目だな。いや、霊体だから目はねぇけど。おっと!」
ベランメェ神はバリケードに体重を掛けて押し始めた。
『おい! そこにいるのは判ってる! ここは完全に包囲されている! 抵抗は無駄だと思え! 大人しく両手を挙げて出てこい!』
ドアの外から怒鳴り声が聞こえてきた。
「うるせー! うすらトンカチ!」
言い返した途端、バリケードがガッシャッンクワッシャン音を立てて揺れだした。
……ベランメェ神さん。あんた何やったの?
「いや、ちょっと、賢者の石と愚者の石をね……んなこたーどうでも良いんだよ!」
ロックな人生だな。
「おい、てめぇ! 見直しが済んだら、いつまでもここにいてるんじゃねぇ! とっとと帰りやがれ!」
『てめぇブッ殺すぞ! こっちは戦神闘神全部かき集めてんだぞ! 世界観跨ってギリシャの先生方も借りてんだぞ! てめぇブッ殺すの手伝えつったら、すげー協力的だったぞ! 諦めろやコラー!』
あ、バリケードが崩れだした。ドアも半開きになってる。ドアの隙間から、小型犬の鼻先が見える。
「うるせー! チン○ス野郎共が! 栗の○の匂いさせた手で触るんじゃねぇ! 権力者に尻尾振ってクソして寝ろ!」
だから、あんた何したの?
「ここは俺に任せて、早く行け!」
いやあんたね。俺を出汁にして良い行いしてる風にしてるけど、絶対犯罪に手を染めたよね?
「お前は、幸せになるんだ」
いい顔してサムズアップしてるけど、それってオナニー以外の何物でもないからね!
ええい! ここにいたら俺まで掴まりそうだ。
旧神よ! どこにいる!
風切り音と共に、視界が入れ替わった。
「はっ!」
ここは肉の壁の中。
ここは怪獣の体の中。
俺はゴーレムの体の中にいる。
『おや? 戻って来たのかい? パワーが足りなかったのかな――』
美少年の姿をした旧神がなんか喋っている。
『――次は遠慮無しにやらせてもらうよ!』
美少年は波動を繰り出した。
空間を歪めながら俺に向かい来る。
「ぃやかましいィッ!」
俺は腰をうんと捻って拳を繰り出した。
波動に向け。
思いっきり!
――魔族による――
魔族はボロボロだった。手傷を負ってない者はいない。
既に怪獣へまといつく触手はない。
ガルは震える足を踏みしめ、これが最後だろうと思いつつ、怪獣を見上げた。
ボチュン!
「え?」
怪獣のお腹が爆ぜたのだった。
俺は、腕を、振り上げる
次話「滅殺」
お楽しみに!