1.魔獣使い
デニスは腰を抜かしていた。
たぶん、ガルに引っ張られていなかったら、崩れた岩の下敷きになっていただろう。
この子にはいくら感謝してもしきれない。
人面岩が大きな音と共に崩れたんだ。
少し違う。
崩落したのではない。人面岩を構成する岩塊が、勢いよく放射線状に飛び散ったのだ。
聖騎士達は飛び散った岩を避けようとして、互いにぶつかり合っていた。
小さな混乱が大きな混乱を産む。密集隊形が裏目に出て、統率が乱れていた。
こうなったら聖騎士はすぐに襲いかかってこない。
何度か戦ってみて気づいた。あの人達は安全な戦い方をする。
陣形が乱れると、チャンスを捨ててまで安全策をとる。
たぶん、こんな戦いで死ぬつもりが無いのだろう。
彼らの戦い方ににも慣れた。
デニスに、人面岩本体を気にする余裕が生まれた。
もうもうと上がる土煙。ここしばらく雨がなかったので余計に土埃が舞っている。
レッサードラゴンが時たま放つ、爆裂火球によく似た現象。
大きな穴が開いているようだ。
デニスは、原因を探ろうと覗き込んだ。
「ひっ!」
覗き込んだのもほんの一瞬、土煙の中で影が動いた。
何かがいる!
デニスは小さな悲鳴を上げながら、ガルの前足にしがみついていた。
ガルがいなければデニスはとっくに死んでいただろう。何万回感謝しても感謝しきれないと思う。
土煙を纏いつつ、ぶわりと巨大な塊が湧いて出た。
いや、巨大な人の形をした何かが歩み出てきたのだ
煙が引きちぎれた。現れたのは……。
「ゴーレム?」
巨大なゴーレムだった。
硬そうな岩でできたゴーレムに見えた。
乳白色をしたゴーレム。
鍾乳石の色をした白いゴーレムだ!
二階建ての家より背が高い!
聖騎士達が使う土ゴーレムより二回りは大きかった。
腕も、胴も、足も、全てが土ゴーレムより太い。
変わっている。
姿も変わっている。土ゴーレムとは大きな差がある。
ただ粘土細工が大きくなっただけの土ゴーレムと、一線が引かれている。
騎士が身に着ける鎧を連想させる細かいディテール。各部位は、人間そのもののバランス。
人のそれに準じた自然な物腰。はっきりとした顔の作り。
吊り上がり気味の赤い目に、デニスは知性を感じた。
「これは……ゴーレムではない?」
この岩ゴーレムに神秘の力を感じる。
「人面岩の伝説の……」
人面岩は、四つの聖獣が、その中に棲む恐ろしい力を封じている……。
それがこの巨人?
巨人は、ガルを見下ろしたまま動かない。むしろ見下している風に見える。
「ガルに気を取られている?」
人面岩を取り囲む聖騎士達が目に入らぬ訳ではあるまい。
だが、巨人は聖騎士達に目もくれていない。まるで聖騎士の戦力など眼中にないみたいだ。
ガルが巨人に向かい唸っていた。小さく吠えてさえいる。
自分に対し、危害を与える可能性がある。そんな風にガルは判断したのだ。
ガルはこの巨人に戦いを挑む気だ。
しかし、いかにガルといえど、この巨人には敵わないだろう。
ガルもその事を感じているのだ。手を出しかねて……。
何か話しているようにも見える……。
デニスは閃いた。
天啓だと思った。
あの巨人は魔獣と同じ性質を持つのではないだろうか?
だけど、やる価値はある。
ガルに気を取られている今だけが唯一無二のチャンスなのだ!
デニスは巨人の前に飛び出した。
魔獣を支配下におさめるには、その五感のうち、最低二つに訴えなければならない。
普通、特別な香を焚き、特殊な笛を吹く。嗅覚と聴覚に訴えるのだ。
あるいは、秘伝の食べ物を与え、奥義の踊りを舞ってみせる。味覚と視覚に訴えるのだ。
だが、彼女は身一つ。手に何も持っていない。
ガルの時もそうだった。音楽も香も無い。
だけど、秘伝の踊りだけで何とかなった。
こんども何とかなる。いや、何とかしなければすべて終わる。
ギュッと目を閉じ、深呼吸を一つ。
ぱっと目を開いたら、リデェリアル族長の娘、デニスがそこにいた。
両腕を高く上げ、足の位置を決める。
滑るように一歩踏み出し、秘伝の踊りを舞った。
一心不乱に舞った。
徐々に高ぶる心。頭の芯が痺れてくる。
体が熱くなっていく。
クルクルと回り、軽やかにステップを踏む。
踊って踊って舞って舞って。体力はすでに尽きていた。
赤かった巨人の目が黄色に変わっていた。
反応があった!
デニスは雑念を頭から閉め出した。
体力はもう残っていない。気迫だけで舞っていた。
舞が静かなパートに入る。
魔獣の心を落ち着かせる意味のある舞。
そして最後のステップを決めた。
気がつけば息が上がっていた。全身が汗にまみれていた。
すべてを出し切った。
支配に失敗しても悔いは無い。
恐れを抱くこと無く巨人を見上げる。
巨人の、二つの目がこちらを見下ろしていた。
緑色の綺麗な目だった。
これは……いけたかもしれない。
命令を聞く体勢に入ったのかもしれない。
その時、ガルが唸った。
聖騎士達の声が聞こえる。
デニスが振り向くと、聖騎士達が我を取り戻し、戦闘隊形を整えていた。
先頭に出てきたのは4体のゴーレム達。後ろにはまだ7体のゴーレムが控えている。
空からはワイバーンの一隊。
圧倒的な敵戦力。
「人面岩の巨人さん! お願い、私たちを守って!」
デニスがお願いという形で命令を出す。
だが、巨人は動こうとしない。デニスの声が聞こえていないみたいだ。
「……やはり失敗……」
ガルがデニスとゴーレムの間に入ってきた。
その動きはいつもの俊敏さを欠いている。
この子も限界なんだろう。
どうやら終わったようだ。
ここまで来て……巨人を呼び出すことに成功して……。
デニスはガルにしがみついた。二人に襲いかかってくる土ゴーレムを見上げていた。
何かの影に入ったと思った。
何かが伸びてきて……ものすごい音と共に、土ゴーレムが砕けて散った。
巨人が土ゴーレムを破壊した。
「巨人が、私たちを助けてくれた」
デニスは放心状態。
そんなデニスを庇うかのように、土ゴーレム達の前に立つ巨人。
力を感じる。強大な魔力がこの巨人の体を駆けめぐっているのが感じられる!
巨人が腕を一回ふるうと、土ゴーレムが一体砕ける。
その力、巨大。その魔力、絶大。
デニスは、巨人を支配下に修めたことを確信して嬉しくなった。
父や母を、優しかった村の人たちを虐殺した聖騎士達が倒れていく。
復讐に似たその爽快感がデニスの心を晴らしてくれた。
第3章は反撃編。
果たして巨人の正体は!?
突っ走るぜ乙!