17.集結
淡雪色の体毛に、長くてしなる尻尾が揺れている。その足元には、ガサガサ動く黒い節足が四つ。
死んだ(仮)はずのネコ耳さんが全て撃ち落としたのだ。
「迷宮の回廊でノビてるはずですが? バックドロップで」
「ばかにゃ。最後の投げ技は、背中が痛かったけど気絶するほどじゃないにゃ。あれはお芝居だにゃ。背中が痛かったけど!」
……あああ、思い当たる節が。
必殺のフォールドでも女子プロでは大した効果が無い物が多い。それはひとえに女子の体の柔らかさ。
バックドロップは、後頭部に二人分の体重を加速度付きでぶつける技(要出典)
ネコ耳さんは、その柔軟性により、衝撃を後頭部だけでなく背中でも受けたんだ。
「雷よッ! 落ちろーッ!」
『うがーっ!』
固形化した大気を割り、野太い雷が怪獣に落ちた。怪獣が悲鳴を上げる。
だれだ?
「黒雲の雷獣、参上!」
でっかい黄金のキツネが、近くの丘の上に鎮座していた。太い尻尾が八本だ。
「九本だよ」
狐はくるりと回転して尻尾の付け根を見せた。
……ああ、ちっこいのが一本生えている。
「やっぱり逃げたのか。そうじゃないかと思ってたよ。やれやれ」
ぬっと首を突き出してきたのは――。
「エティオラさん? 竜人の?」
「エティって呼んで頂戴」
眠たそうな半眼。力尽きて倒れたはずのエティオラ=エティが、元気だった。
「僕が一族と親……お父さんとお母さんの仇を助けるはずないじゃないか。全てここへ持ってくるためのお芝居。僕の受け持ちは邪魔なエルダー・ジャイアントの抹殺ね」
グルグルと喉を鳴らすエティ。お芝居って……。
いつの間にか、触手の戒めが幾分緩くなっていた。
「我ら魔族の目的は、旧神の完全抹殺。ほら見ろよ、旧神の全てが入った器が完成しただろう? あとはこいつを叩けばいい」
スライム、いや触手ノ王はニヤリと笑った。
「あ!」
……なるほど。これが狙いだったのか。
冬眠した三魔を全て探し出して滅するのは、容易かろう。時間をかけさえすれば。
しかし、それをやらかすと創世神がこの世に降臨する器がなくなる。
旧神が降臨する資格を持った生物……知的生物だ。この星で、一番の知的生物は魔族。
魔族に創世神は降臨できない。
ならば次に知的な生物。それが人間。
でも容積が小さい。
まだ残された器がある。それが三魔。
三魔が揃うと魔族の全力を集めても勝利は厳しい。
……それで数を減らしたか。
三魔の内、一体相当を相手に戦う。それもバランスの悪い合体を強いてみれば……。
この目の前の奇妙な怪獣は、創世神のほとんどを受け入れられるだろう。
「そういうこった」
ガルが俺の思考を予想した。
「三魔の一体を相手にするだけで、創世神を滅ぼせる。悪くても相当な量の力を削げる。二度と現世に顕現できないほどにな!」
なるほど。
……エルダー・ジャイアントは完全に噛ませ犬か……南無。
「レム君の動きを封じないと、旧神を取り逃がすことになるからね」
今度は触手の戒めが解かれた。自由になったものの、蹴躓いて転けてしまった。
ガルは大急ぎで藪の中へ飛び込んだ。
解放された? 俺を逃がした?
俺はスライムに視線を合わせた。
体の横からにゅっと出た触手の先がサムズアップしていた。
「創世神をおびき出す。それがオレの仕事だ。仕事はきっちり仕上げたぜ!」
スゲー男前だ。男前のスライムがそこにいる。
俺は、そこでハタと気づいた。
「あ! 全部お芝居なんだ!」
「おいおい、なにを今更?」
ガルが横で笑いながらもじもじしていた。俺はキョトンとしたままだ。
「レム君、ひょっとして、作戦忘れたのか?」
「いえ、素で知りませんけど?」
「あれ?」
いやほんと。説明なんかなかったよ。まともに触手さんの裏切りを信じてたよ?
触手さんが、ガルの目を覗き込む。
「青い犬さん、そもそもレム君に説明したのかい?」
「あ」
ガルの目が泳いでいる。
「今頃気づいたかレム君!」
なんかこの犬、変なことを言い出したぞ。
「そうだ! レム君に説明し忘れてたから気づかなかっただろう! 敵を欺くには味方から。オイラすら説明し忘れてたんだから、完璧だ!」
ガルが力一杯叫んでいる。
……まあ、仲間だからね。
俺は、親愛の情を示すため、ガルにチョークスリーパーをかけようと手を伸ばそうとした。
その時、地面が揺れた。
大地が揺れる。緩んだ表情のガル。なんだこれは?
土を割り、岩を割り、何十本もの太い触手が天に向かって突きだしてきた。怪獣の足元から。
触手はそのまま怪獣に絡みついた。
『触手ノ王よ! 裏切ったか?』
怪獣は慌てていた。身動きが取れないでいる。まるで戒めるような絡みつき様。
触手ノ王は愉悦を体全体で表現していた。
「オレ達魔族は、息を吸うようにして嘘をつく。そういう認識だろ? 旧神さん」
『創世神な。我がそれくらい予想していなかったと思うてか!』
「生憎オレ達は嘘つきの上、楽観主義者なんでな。グランド・キャノン発射!」
空を切り裂き、横殴りの野太い光と熱が、旧神が存在する空間を通過した。
旧神の姿が光に中に埋もれた。
地に溝を穿ち、岩を溶かし、大気をプラズマ化させ、火焔地獄の熱をぶちまける。
直径二キロメットルのそれは、陽電子ビームと呼ばれるもの。
「ベスギア=ガノザより発射されたグランド・キャノンだ。魔法じゃないぞ。どうだい? 魔法防御無効の味は?」
ビーム砲の放射は、12秒後の今でも続いている。
「にゃ!」
軽量級のネコ耳さんが吹き飛ばされたぞ!
巻き起こされた突風がアダマンタイトの体を揺らす。
15秒で放射終了。
周囲は焦げた空気と深い煙に覆われている。
「あぶねぇな。発射タイミングが早すぎねぇか?」
ガルが藪から出てきた。
「逃げ遅れる方が悪い。事はこの世界の破壊非破壊だ。魔族の一人や二人の犠牲で済むなら安いもんだ。つーか、これ、青い犬さんの立案だろ?」
「ちげーねー」
ガハハと笑う黒魔族二大巨頭。
そうこうする内に、煙が薄くなっていく。
「止めを刺すぞ」
古竜エティが場をしめる。
大勢の魔族が広範囲で触手さんと戦っている。でもそれは、旧神を油断させるための囮。
触手さんのグランドキャノンは、対勇者用ではない。旧神用だった。
少数精鋭で、旧神を叩く。触手さんのフィールド、白紙委任の森ならではの作戦。
……ひょっとして、このためだけに白紙委任の森が形成されたとか?
「半分は正解だな」
エスパー・ガルの解答だった。
「それより、ほら、こんがりローストした大怪獣のお姿を拝見しようぜ」
ガルが鼻先で指す方向。煙がずいぶん薄れてきた。
斜めに傾いだビルディングのような大きい影が見える。
それが、ワシャワシャっと元気に動き出した。
『その程度で、この世の物理を作り出した創世神をどうにかできるとでも?』
キチン質の表皮が脂ぎった光を放つ。
え? 無傷なの?
『まずは魔族から滅ぼしてくれよう』
「……参ったな」
ガルが途方に暮れていた。
次話「ベヒモス」
お楽しみに!