魔族による 6.ジレル・ザ・クリムゾンアイ
わたしの名はジレル。
人は、わたしを赤目のジレルと呼ぶそうです。
当たり前なら、わたしは今ここに立っていない存在なのです。
ずっと昔に、あの時あの場所で死んでいたはずでした。
今こうしてここに生きて立てるのは、全ては我が主、カムイ様の御心に因るもの。
主様は、常日頃悪ぶっておられますが、実は真逆。たいへんお優しいお方なのです。
比べてはいけませんが、……主様と比べると、どうしても同族の男共はヘタレに見えてしまいます。
だから……。
例え敵わぬ相手であろうと、主様に害をなす者は、我が身を盾にして退ける!
この身が砕けようと、委細かまわぬッ!
わたしより遙かに強い新鋭の魔族であろうと同じ事!
眼帯をつけていない方の目で、空を見上げる。
「触手のぉっ! 覚悟ぉっ!」
太陽の中から声がする。
主様の莫逆の友であった白面鬼様だ。
全力による襲撃ですね。さすがで御座います。
惜しむらくは、お声を張り上げることにより、奇襲が強襲になったということ。
主様と、痔瘻野郎……もとい、旧神の依り代が一歩後ろへ下がる。
白面鬼様がすぐ目の前に着地された。
腹に響くズシンという音。綺麗な御髪が、重力の法則に従って下方へ流れる。
着地点の半径3メットルが凹面鏡状に陥没。その振動は、神殿の広いテラスを強く揺らす。
その程度で、隙を見せる我らと主様ではない!
「おおうふ!」
後ろで主様がバランスを崩しておられるかのように見えるが、それは白面鬼様を油断させるためのフェイクだ。きっとそうだ! そうなんだ!
「スタン・フィスト!」
主様のフェイクをまともに信じ込んだ白面鬼様が、拳を光らせ迫り来る。
それは主様に最も効果的なスキル。一瞬で対象物を高温にしてしまう不思議な技。
わたしは主様の前に飛び出した。
「ブレード・ネット!」
「ぎぎっ!」
白面鬼様の眼前にネットが広がる。わたしが広げた。
僅か3デーニルの細い糸で編んだネット。魔力を通してある。属性は「斬」。
凶悪を物質化した一品です。
ギシギシギャリギャリと、白面鬼様の装甲が甲高い音を立てている。
白面鬼様必殺の一撃は、我が手によって阻止された!(ここ自慢)
「なんの!」
白面鬼様は、力業でネットごとこちらに飛び込んできた。
ネットの斬属性をオフるのが精一杯。わたしへの体当たりまで回避できなかった。
動きを止められたのは一瞬だけでした。
ですが、この一瞬だけで充分。この時間を作るのがわたしの仕事。
我が主がいつまでも危険な場所にいると思って――
「ぶげぇー!」
「ほべぇー!」
背後から非知性的な悲鳴が聞こえてきました。
同時に背中に感じるポワポワとした感触。
ズザーと音を立て転がっていく二つの物体。
……。
さすが主様! その身をクッションにしてわたしを助けようと!
なんという、心の大きなお方でしょう!
その転び方にも全く隙が御座いません。
旧神は死ねばいいのに!
わたしは、主様のお力により体勢を立て直せました。
おかげさまで白面鬼様の第二撃に備えられます。
ところが、その二撃目が来ません。
白面鬼様は……。
白面鬼様はわたしを見ておりません。
視線はわたしの後方。おそらく後退しつつある我が主様をその鷹のような目で捉えているのです。
「触手の! 貴様、海ではわたしを逃がしておいて、何故仲間に反旗を翻す!」
「白面鬼さんの相手をしているジレルな……」
主様は、何かを考えているのか、一旦言葉をお切りになった。
「彼女が持つ刀は、白面鬼さんから譲り受けた刀だ」
彼女とはわたしのことである。もう一度言う。彼女とはわたしのことである!
ここでやっと、白面鬼様の目は、わたしを捉えたのです。
なんという冷たい目。魂が冷えるとはこの事です。正直恐ろしい。
わたしは手にした刀を逆手に構え直します。
「その刀は……?」
白面鬼様は、自分の腰に佩いた刀の鞘を押さえた。
「我が主、カムイ様より下賜下されたもの」
わたしは刀を前に出し、頭を垂れた。
「それは信頼の証!」
先ほどの隙だらけの動作はフェイク。
言い終わらぬうちに、白面鬼さんの懐へ飛び込みました。
逆手に持った刀は、順手持った刀で防ぎにくい軌道を描きます。
白面鬼様の上半身が極限まで反り返り、今の今まで白面鬼さんの腹部があった空間を刃が通り過ぎました。
さすが白面鬼様。この一撃をよくぞかわされた。
白面鬼様はブリッジ状態ですが、後頭部は床についていません。なんという筋力でしょうか。
わたしは刀を順手に持ち替え、振りかぶる。この刀なら、例え白面鬼様の装甲といえど斬ることは可能。
白面鬼様は、腹筋だけですぐさま立ち上がり、腕をつき伸ばす。
鋭い踏み込み。
ゴツン!
刀を持つ腕を白面鬼様の腕に受け止められてしまいました。
「刃さえ触れられれば……」
恐るべき使い手。恐れる前に、気持ちが切り替わりました。
せっかく白面鬼様を捉えられたのです。
わたしは全力を振り絞って、腕を押しかえそうと……。
「え?」
白面鬼様は微動だにしません!
「これは?」
まるで岩山を押しているかのような……。
直感です!
このお方、ただの魔族ではない!
白面鬼様は、涼しい顔をしてわたしの正常な片目を覗き込んでこられました。
「……そういう事か」
「……おそらく、そういう事で御座いましょう」
「ふん!」
軽く腕を振り払う白面鬼様。それだけでも人間にとって危険なパワーです。わたしは浮身の術を使い、力を逃がします。
……通常の殺戮技術を用いた戦い方では、白面鬼様についていかれませんね。
仕方ありません。
左目の眼帯をちぎり取りました。
眼帯の下にあるのは赤い色をした眼球。
この目は、主様よりいただいた大切な目。
5キロメットル彼方の文字が読め、暗闇で人の顔が見え、潜んでいても人の体温が見える目。
「ならば死ね!」
白面鬼様、鬼の踏み込み。超高速の拳檄が放たれました。
紙一重で躱せたのは奇跡でしょうか?
いいえ。
最近は、1セコンド先の未来の映像が見えるようになっているのです。
1セコンドの未来が見えれば、大抵の事に対応できる術をわたしはもっています。血の滲む修行と猛勉強の賜です。
ここまで時間を稼げれば主様とイボ痔……旧神は、安全な後方へ逃れていることでしょう。
安全マージンを取ったわたしは、ちらりと後ろに視線を向けました。
主様が、はっとした動作と共に、後方へ走り出しました。
……。
予定通りだ!
白面鬼様の体から、青白いオーラが立ち上がる。赤い目が、見えないオーラを捉えた。
これはヤバイ。足が震え出す。
白面鬼様は本気を出された。
これが白面鬼様の実力!
恐ろしい……。
わたしは殺される。殺され……いや! 白面鬼様が睨んでいるのは、我が主?
わたしは眼中に無いと?
「触手の……ナイトのことは忘れたか? あ時の事を忘れたか?」
あ、ああああ、あの時? あの時って何? ナニしたの?
ナイトって……男? どっかの男と主様が白面鬼様を取り合って三角関係で主様が触手でヌラヌラグチョグチョとぉ?
「おい女! どうした? ブツブツと独り言を――」
「あああああああああー! この雌猫がぁー!」
「どうした? 触手のが得意とする薬物パワーアップか? 戦闘力が急上昇してるぞ!」
腹の底から灼熱の固まりが湧き上がる。叫ばずにはいられない。血を見ずにはいられない!
「よくも、わたしのカムイ様をー!」
「ちょっと落ち着こう。君は何かを勘違いしている!」
白面鬼が何か言ってるが聞く耳は持たぬ! どうせ程度の低い言い訳に決まっている!
このっ! 雌豚ーッ! ビーッチ!
「白面鬼! ぶっ殺してやる!」
「今楽にしてやる」
次話「ジレル・ザ・クリムゾンアイ-2」
お楽しみに!




