魔族による 3.黒雲の雷獣さんVS世捨て人の竜人さん
広大な白紙委任の森が、目の前に広がっている。
ここは、コア帝国・南の砦。白紙委任の森に対する最前線だ。
「敵襲ーっ!」
対白紙委任の森砦。物見櫓に上がっている見張りが声を張り上げた。
森の中より、巨人が湧いて出たのだ。
巨人は手強い。なにせ巨人1匹で騎士クラス10人が必要とされるからだ。
砦に詰める騎士は15人。配下の兵士は50人。
この砦の役割は、要塞キュウヨウの簡易版となる。
時々、森より這い出してくる魔獣対策に置かれた砦の一つなのであった。
隊長以下、戦士達が手に武器を取り、持ち場に走った。
隊長は城壁の上へ駆け上がる。
さすがに巨人はでかい。森の木々を押し分け、姿を現した。
「左よりもう1匹確認!」
見張りより連絡が入った。
これで巨人が2匹。20人相当の戦力。
「我らは運がいい。2匹まとめて殺処分だ!」
砦の総員は65名。ただ、今日は巡回番の兵士達が15人、余計に詰めていた。
総数80名。余裕で対処できる。
「さらに2匹。左後方に確認」
全4匹。まだ何とかなる。
「さ、さらに……約20匹、後方から……あ、まだ後ろから沢山……」
「そんな、バカな!」
隊長は、見ていて痛々しいほど狼狽えた。
いつもの巨人と違う。簡単な鎧を纏い、腰に剣を下げていた。
いつもの巨人は裸だ。鉄の剣なんか持ってない。
砦に最接近した巨人が、剣を抜く。大きく振りかぶる。
騎士や兵士は、死を肌で感じた。
同時に空から音がした。
大きな岩を転がした音か? ……雷鳴だ。
「うぉっ!」
人間達ごと空気が震えた。いや、この空間が揺れた。
空から何条もの稲妻が降り注ぎ、巨人を打つ。
剣を振り上げた巨人にも雷が落ちた。
目がゆで卵のように白くなり、裂けた体から黒い煙が立ち上がる。
砦の防御柵を砕きながら、巨体が倒れる。
「魔獣だ!」
見張りが東を指して叫んでいる。
そこにチョコンとお座りしている四つ足の魔獣が一匹。
体格はガルとほぼ同じ大きさ。
フォルムもガルによく似ていた。ちなみに親子とか親戚とか、そういう関係ではない。
見た目はキツネ。それもずいぶん目つきの嫌らしいキツネ。
体毛は金一色。
ふさふさとした太い尻尾が九本。
誰あろう、魔族のトラブルメーカー、黒雲の雷獣さんである。
「あれは、魔獣タマモ!」
隊長が、顔を歪めた。
巨人達だけでなく、魔獣まで!
……あれ? タマモと巨人、戦ってなくね?
隊長は一縷の望みにかけた。
「籠城戦だ。門を固く閉じよ!」
また森が揺れた。
巨人の第二群が進撃してくる。
その数――、
無数の稲妻が森に落ちる。
まるで首長竜の群れだ。
光の首長竜が激しく暴れ回り、巨人達の命を奪っていく。
雷撃により森に火がついた。
それでもタマモの雷撃は終わらない。
遠くで、近くで、幾条もの稲妻が天より落ちる。その都度、巨人の霊体が元の高次元へと帰って行く。
どれくらい雷が落ちたのであろうか。いつの間にか、辺りは静かになっていた。
「あれ? もうお終い?」
タマモの性悪そうな目が、キュッと縮まった。
「エルダージャイアントと呼ばれてるらしいけど、大したことない……」
金色のふさモコが1本。転がっている。
「あれは……」
タマモは、首を巡らし自分の尻尾に視線を落とした。
8本しかない!
ジワジワと痛みが染み出してくる。怒りが波動となって体外へと向かう。
尖った耳は頭の後ろへ流され、髭は上を向き、残った尻尾はパンパンにふくれていた。
タマモは、犯人らしき生物を見つけた。
「君、だれさ?」。
千切れた尻尾に小さな生物が取りついていた。
チョコンと顔を出しているのは、身長Ⅰメットルに足りない緑色のモグラ……みたいな? 惚けた生物?
「やれやれ、外の世界はうるさくて仕方ない」
丸くて大きな目。半分閉じられているからか、やる気が見受けられない。
背中には手のひら大の蝙蝠の羽根が、お飾り的についている。
「ふざけてんのなら痛い目見なくちゃならないよ」
タマモの口から、青白い光が溢れている。
それを見ていた兵隊の幾人かが気を失った。
威圧感がハンパない。
モグラもどきの口がもぐもぐと動く。
「君は雷獣さんだね?」
「だからふざけんなって言ってるんだよ!」
バキン!
稲妻がモグラもどきに落ちた。
「そこで消し炭になってなよ!」
尻尾の向こうで青白い雷球が膨らんでいた。
雷球は急速に終息する。
「うるさいなぁ。もうすこし静かな技にしましょうよ」
モグラは微動だにしていなかった。緑色の外皮にかすり傷一つ、汚れ一つ無い。
「君……だれよ?」
タマモの目が、すーっと細くなる。
「ボクのこと知らないの? ちょっとショックだなー」
ダウナーな表情を浮かべ、モグラは空を見上げた。
と、同時に、モグラの皮膚が裂けた。
裂け目から光が吹き出した。
「眩しい!」
タマモは、光の洪水から首ごと目をそらす。
反らしたまま、元へ戻せない。光は消えたのだが、なんらかの圧力により元に戻せないでいる。
「目をつぶってると直撃を喰らうよ」
タマモは、直感により全身の筋肉を使って、横っ飛びに退った。
それでも、背後より破壊の圧力がタマモの体を押し込む。
「なんだ?」
タマモの背後で、爆発に伴う煙が天を支える柱のように、上空へ向けそそり立っていた。
「レム君の、神の左腕と同じ――くっ!」
烈風が、煙の柱に向かって吹き込んでいく。タマモの周囲の土塊や岩塊、根から引っこ抜かれた木々が飛んでいった。
タマモは見た。柱の天の部分が離散集合しながら、キノコの傘状に膨らんでいく様を!
すんでの所で態勢を整え、四本の足を踏みしめて転がるのを回避できた。
鼻の頭と肉球に冷たい汗が滲む。おかげで、滑りどめに使えた。
ラッキー! ……ちくしょう!
タマモは、前面にいるはずの敵に集中した。
目の前には……竜がいた。
グリーンドラゴン?
体がタマモより一回り大きい?
「顔を合わすのは初めてかな? ボクはエルダードラゴンのエティオラ。エティって呼んで」
黒みがかった緑の体色。竜は、元々首が長いが、こいつはもっと長い。
ワニに似た頭部に、鹿みたいに枝分かれした角が後方へ向かって生えている。
「古竜族……」
エルダードラゴン。それは、古の竜。神がこの世の理を定める前から存在した種族。
よって、後から決められたこの世の物理法則の大部分は適用されない。
「ボクに電荷の移動を主とした攻撃技は利かないよ。冷たいのも熱いのも利かないから、お灸してもコリがとれないし、足湯も血流効果が期待できないし。あ、けど、かき氷食べても頭がキーンってならない利点があるんだよ!」
とぼけたドラゴンである。
タマモは怒りと恥辱でプルプル震えていた。
「やってみなきゃわかんねーだろー!」
全ての光景が白で塗りつぶされた。
見渡す限りの空より、無数の雷が落ちる。
一カ所に集中して。
酸素が分離し、また結合し、オゾン臭溢れる白い霧で一帯が満たされる。
タマモの息が荒い。
「どうだ!」
「どうだと言われても」
全くの無傷。汚れ一つついていないエティが、白い霧を割って姿を現した。
タマモは口を半開きにしたままで、次の行動を取らなかった。
「じゃ、こんどはボクの番」
エティは背中の羽をバサリと広げた。
「なめんじゃねーぞ裏切り者め!」
タマモが後ろ足で立った。
「僕は電撃だけの魔族じゃないんだぞ!」
爆風が生じ、タマモの体が何倍にも膨らんだ。巨大化である。
前足の爪が日本刀のような形態に伸びる。
「力で押しつぶして……」
巨大タマモは目を剥いた。
エルダードラゴンの、ワニに似た大きな口で青白い光が点滅していた。
”滅びのバーストストライク・オリジン”
エルダードラゴンのブレスが来る!
キュボッ!
タマモの巨体。その中央に穴が空く。
「げう」
変な声を一つあげて、タマモの体が微塵となって拡散した。
爆発すらしない。死体など残らない。
あっけない最後。赤子と剣闘士の戦いであった。
「やれやれ、このブレス使うとあっけなく終わるから嫌いなんだよね……ふう」
エティは溜息をつきつつ、雷獣タマモだった粉っぽい淀みが風に流されていくのを目で追っている。
「接触した物体は無条件で滅びる。現神が持っていた創世の破壊槌ファル・ブレィドーと同じ効果と言えばわかるかな? ……もっとも、ファル・ブレィドーは滅びの因子ごとレム君が吸収してしまった。今、このスキルを使いこなせるのはボクのみとなってしまったが……、ふぅ!」
古竜ノ王、エティは、やるせなさそうに溜息をついた。
そして、半眼のまま、周囲をぐるりと見渡した。
「まあ……、こんなものなのかな?」
エティは背中の翼を羽ばたかせ、空中へと舞い上がった。
「次は、レム君か……やれやれ、めんどくさいな」
濃緑色の羽根をひと羽ばたき。
緑色をした一筋の線となって、空の向こうへ消えていった。
魔族最高とされる鳥さんより速い速度であった。
ごそり。
「ヤバかった!」
景色が揺れ、何も無いはずの空間からタマモが転がり出てきた。
自分で言ったように、九尾のキツネ・タマモのスキルは電撃だけではない。
「秘奥義、尻尾分身の術」
肉体である尻尾を一本犠牲にして、本体と同等の能力を持った分身を幻術で作り出す。
そして、自分は周囲に溶け込み姿を消す。
タマモは幻術も使えるのだが、誰にも話したことはない。
だから、幻術の事はエティも知らないだろう。
だが、あのエルダードラゴンに対して、並の幻術が通用するとは思えなかった。
よって、緒戦で千切れた尻尾を利用しての起死回生劇を打ったのだ。
通常なら、ここで反撃に転じるのだが……
「死ぬ覚悟をしてしまった」
絶対敵わぬという変な自信があった。よって、逃げの一手に転じた。結果的に大成功だった。
「逃げるべ!」
エティの姿は見えなくなったが、ここを早く離れた方が良い気がする。
タマモは、持てる限りの隠匿能力を使い、痕跡を残さず、戦いの場を後にした。
「しかし……」
逃げながら、タマモは思う。
「エティさんは、旧神に滅ぼされた最後の1人。恨みこそすれ、旧神に味方する動機はないはず?」
……ま、いいか。
タマモは、身の安全を第一に考え、尻に帆をかけ逃げていった。
「ゴッド・バード・アターック!」
地属性攻撃無効特典持ちのアーキ=オ=プリタリクが炎と化す!
次話「魔族による 4.空の要塞vs空中浮遊要塞!」
お楽しみに!