9.総員戦闘配置につけ!
更新日が月水金で定着しそうな雰囲気です。
「ベラベラベラベ~ラベラ……」
魔王さんが、口と手を超高速で駆動させ、デニス嬢ちゃん……っていうか、この時代の人類にわかるよう噛み砕いてニャンニャンして、解説している。
文章形態は、童話に等しかった。
『レム君のため、補足説明しておこう』
ガルが、ぺろりと舌で鼻面を舐めた。
『ちょっとやり過ぎたことがある。三魔は旧神の魂の一部を使って造られた疑似生物だ。ってことは、両者は高次元レベルで繋がってることになる。三魔の内、ベヒモス全部をある意味、行動不能にした。ジズの二つ、そしてリバイアサンの一つを破壊した。ところが、逆に繋がりがある三魔を倒すってこたぁ、旧神に現世への因果を造らせるって事にもなる。それは僅かばかりのことだが、旧神の力なら現世への足がかりとなるには充分だったろうさ』
えーと、簡単に言えば……、
魔族が攻め込みすぎて逆襲を喰らった?
……あるいは、
旧神の仕掛けた罠に嵌まってしまった?
魔族、ヤリ過ぎ?
『とはいえ、現世に降臨するにゃ、現世での用意が必要となる。現世配置のスタッフがいなけりゃ、なんもできねぇ』
『……そのスタッフを触手さんが買って出た。って事になるのですね?』
『そういうこった』
これはアレだ。触手さんの裏切りは、重たい罪になるぞ!
『でも、触手さんにとって裏切るメリットってなんだろう?』
『主目的は、本体の成長だろう。今まで成長を押さえ込んできたらしいが、限界を超えたみてぇだ。ほっぽとくと大地球の大地全てが触手さんの本体で埋まっちまう。いずれ、大地球上の生物……魔族を含めた生物と生存権を争うこととなる。触手さんとしては、組むべくして組んだ相手。旧神としても、取り込みやすい相手だったんだろう。両者の利害が一致したてってところだな』
見かけによらず、触手さんは深い闇を抱えていたのか……。
そうこうする内に、魔王さんの話が終わった。
デニス嬢ちゃんとジム君は、興奮して顔を赤らめている。目がキラキラ輝いている。
魔王さん、すげー上手に話をしたんだろうな。
「あなた方は、この世を旧神の乱暴から守る為に、戦い続けているのですね? 神話の時代から!」
「ま、まあね!」
胸を張る魔王さん。
『いいないいな!』
『魔王さんばっかずるい! 俺も褒めて欲しい!』
魔王さんへ罵詈雑言が集中する。
俺としては、魔族がしでかしてきたイロイロなことをここで暴露したかったのだが、言葉が通じない。なんて歯がゆい!
「デニス君も見たであろう。今まで姿を隠していた巨人族が姿を現した」
姿という言葉を二回使った。嬢ちゃんに褒められて、年甲斐もなくハイになっているのだろう。
「者共よ、聞けい!」
これは観客席にいる魔族達に向けた言葉だ。
ザシュッ! と音を立て、魔族達の背筋が伸びた。脊柱を持つ者限定で。
おまえら、そんなに嬢ちゃんに褒められたいのか?
「出撃の刻は来た!」
オオッー!
闘技場の空気が震えた。音以外の空気とか空間とかを振るわすナニかも漏れていた。
「今こそ、長い年月をかけ磨きに磨きまくった手練手管を誰に遠慮することなく存分に発揮する時だ!」
ちょっとね、悲惨な戦いより趣味を優先するのはね、ちょっとね、真面目に戦おうとしてる巨人さん達に対して失礼だと思うんだけどね。
「各地に出没する巨人共の脳天カチ割ったれ! 全軍、出撃じゃー!」
『『イエス! マイ・デニス!』』
声が揃った。
お前ら全員打ち合わせ済みだろ? な? そうだろ?
「思った通り。可愛い女の子が一人いると、魔族の結束力が違うな」
魔王さんが頷いている。
魔族女子連は、ジム君にねっとりとした視線を送りつつ、出口へと急ぐ。
「ジム君も連れてきて正解だったな」
魔王さんはご満悦だ。
整然と列を成し、魔族達が出撃していく。
『はい、あなたはBの2ね。君はDの45ね』
出口で番号札をもらった者から順次出撃である。
ある者は空を飛び、ある者は地をかけ、ある者は空間を渡り、己が持つ最速の移動手段を講じ、戦場へと急ぐのだ。
「さて、デニス君。改めて君を呼んだ理由を説明しよう」
魔王さんが居ずまいを正した。
デニス嬢ちゃんは、魔王さんの言葉に先駆けて口を開いた。
「魔獣使いとしての名前を利用したい。……ということでしょうか?」
魔王さんは、一瞬動きを止め、にっこりと笑った。
黒羊の顔なので、判断しづらいが、にっこり笑ってから、急に真面目な顔に戻った。
「デニス君に悪名を負わせてしまうかもしれない。世界に戦いを起こした張本人とされるかもしれない」
……ああ、そうか。
魔族とはいえ、通常の人間の目から見れば、魔獣の集団。
魔獣に知性はない。
統率のとれた魔獣が巨人族相手に戦う。
疑われるのは強力な魔獣使い。それが背後で糸を引いていると。
真っ先に思いつくのは、レジェンドハイマスターとして名が広がりつつある、リデェリアルの魔獣使いデニス。
実際、嬢ちゃんの行軍は、あちらこちらで目撃されている。
……睨み合ってる大軍の真ん中を抜けてきたこともあったし。
「いいわ!」
嬢ちゃんの解答は二つ返事だった。
「わたし達は友達よ。友達が困ってる時は、助けなきゃ」
「デニス君……」
魔王さんが言葉に詰まっている。
世界の危機だとか、戦争だとか、そんなセリフより先に友達という言葉が出た。
デニス嬢ちゃんは笑顔さえ浮かべている。
「魔族は、影で人間達や、この世界を守ってきたのでしょう? 魔族が立派な人たちだって人間に知られちゃ、世界は大混乱するし、魔族を敵に思う人も出てくるかもしれない。だったら、わたしのせいにして動き回らなきゃ! それくらい何ともないわ!」
「デニス君! ゲフゥ!」
『医者を呼べ!』
魔王さんが感極まって、吐血した。
もう一人、感動している単細胞がいた。
『よく言った! それでこそオイラの嬢ちゃんだ! 不肖、この愛玩犬のガルちゃんとデク人形のレム君は、嬢ちゃんのため命と体を張って守ってやるぜ!』
『俺はそこまでする気ないですが、まあ付き合いましょう』
世界の危機である。それも、理解しづらい我が儘な敵である。
こういう手合いは、俺が最も毛嫌いする存在。
率先して戦ってやろうじゃないか!
「レム君と青い犬さんは、反旗を翻した裏災害魔獣にあたり、隙あらば白紙委任の森へ迫ってもらいたい。既に鳥さんと深海さんと雷獣さんは、白面鬼さんの後を追い、白紙の森へ向かっている」
もう戦いは始まっている!
俺は後ろに控えているサリア姐さんと黒皇先生へと向き直した。
『俺達もがんばりましょう!』
『あたしは嫌よ』
『え?』
姐さんから速攻で拒否された。
『わたしは、建前上、デニスに従っているけど、同族の戦いはちょっと遠慮したいわね』
……あ、ああ、そうか。姐さんは根に持ってるんだ。
建前上、デニス嬢ちゃんが今作戦の総大将だ。そのことが複雑な心境となり、拒絶反応を示しているのだ。
いわゆるオトメ心?
こういう時は黒皇先生がいるじゃないですか!
『私はサリアの意思を尊重したい』
え?
『だが、それではあんまりだな』
黒皇先生が眉間に皺を寄せている。むっちゃこわい表情だ。
『よし、我らはデニス君とジム君の護衛を引き受けよう』
……それも有りか。
この二人に任せておけば、安心だ。
後顧の憂いがなくなって戦いに集中できる。
「よし、あらかた布陣は完了した」
魔王さんが張り切っている。
「我も先頭に立って戦おうで――グボウァ! ブシュゥアァー!」
口と鼻と耳の穴から大量の出血。包帯で押さえてあった傷口も開いた。扇状に飛び散る血煙。
三分の一を失血した魔王さんはヘモグロビン不足に陥り、意識を喪失するに至った。
「魔王さん! キャー!」
嬢ちゃんが狼狽えている。
『先輩』
『なんだね? レム君』
『あの神様が出てくれば、旧神だの巨人族だの、一発KOじゃないですか?』
『アレ……もとい、神は原初のスコップこと、ヴァム・マクスを使うだろう。その威力は、一撃で大地球のコアを抜き取るほどだ。見よ! 新しい月が一個増えたぞ!』
『地磁気無くなって、紫外線だの太陽風だのの直火炊きになりますね』
『戦いが長引くと……あいつ出てくるぞ』
『まるでインベーダーにエネルギー時限爆弾を埋め込まれた二次元人ですね! 敵が倍になった気がしてならないのですが?』
『気のせいだ』
ガルはそっぽを向いて、尻尾を緩く振った。た。
『じゃあ、俺達も出発しましょうか?』
『そうだな、まぁがんばれよ。オイラは安全なここから応援してるから』
こ、こいつ!
『え? なんでオイラが戦場になんか出なきゃなんないの? だってオイラ、戦闘立案室勤務ですしぃ』
ナニすっとぼけてやがるかな、この犬!
「ガルちゃん!」
突然かかったデニス嬢ちゃんの声に、俺達二人は振り向いた。
デニス嬢ちゃんが、目をうるうるさせて、両手を胸元で組んでいる。
「生きて帰ってきてくんなきゃイヤだ!」
あ、泣いた。
『嬢ちゃん。男はな……男って名の厄介な生き物はな……、一生に一度は命をかけた戦いをやらかさなきゃならねぇ厄介な生き物なんだ。わかってくれ」
ガルは歩き出した。
一回の短いセリフに、厄介な生き物という言葉を二回入れた文法的にアレなセリフを残して。
真の魔獣使い。それはいかがなる者か?
次話「レジェンド・ハイマスター、デニス・リデェリアル」
お楽しみに!




