4.魔獣ファイト
「が、がんばります!」
その日、その時からデニスとガルの特訓が始まった。
一日目、ガルとじゃれ合って終了。
二日目、ガルがデニスを舐め倒して日が暮れた。
三日目、どうしても首輪をつけてくれず涙目で翌日へ持ち越し。
四日目、鬼ごっこと勘違いしたガルに振り回され、体力が尽きて倒れる。
五日目、昨日の無理がたたり、発熱。寝込む。ガル涙目。
六日目、ガルが同じ厩舎の火トカゲと乱闘。デニスふくれる。
七日目、壊れた厩舎の修理にかり出され、一回休み。
八日目、首輪を付けるには付けたがいつの間にか抜け出して調教どころではなかった。
九日目、今までの停滞感は何だったのだろうか? 一気にお座り、待て、お手、おかわり、ちょうだい、ごろん、伏せ、を憶える。残り一日に期待が持てる。
そして十日後に仕合をする、ということは、調教に九日しか無かったと突然理解する。
十日目の朝。
「今すぐ汚れた魔獣と決別し、神の名の下、教えに準じなされ! うわ、なにをなされる!」
聖教会の説法師をフクロにして叩き出す。
村中の人間の気が立っていた。
今日は特別な日だ。
ここは村に隣接された魔獣の訓練場。
ここでデニスの操るガルム犬と、父にして一族の長であるアリエックが操る魔獣が戦う。
ほとんど全ての村人が集まっていた。
村の主立った重鎮達が立会人として列席している。
試合前、アリエックとヨルゴスが会話の機会をもった。
「父上、いかがでしたかな?」
アリエック本人も見守っていたが、万一と言う事も有る。
ガルがハッハハッハしながら鼻先でデニスのお尻を突いていた。
「ダメ! ガルちゃん、お座り! メッ!」
戦う前からデニスは涙目になっている。
「予想通りダメじゃった」
ヨルゴスが肩をすくめた。十日前より老けた感じがするのは気のせいか?
アリエックは、ため息をついた。
娘(孫)は天才かもしれない。その淡い期待に賭けていた事も事実。
結局は――。
「首輪も付けられなかったのか……」
魔獣に首輪を付ける事は初歩の初歩。野生の魔獣と飼い慣らした魔獣との区別でもある。
がっくりと肩を落とすアリエックとヨルゴス。
だが、いつまでも感傷に浸っていられない。一族を預かる立場の者として、締めるところは締めねばならぬ。
この村の為、デニスの為、ガルム犬は長である自分が貰い受ける!
アリエックは、指を口に当て、大きく息を吸い込んだ。
特定の音域で指笛を吹いた。
「こい! アドニス!」
呼び声が赤い巨体を招く。
赤黒い巨体、レッサードラゴンのアドニスが空から降ってきた。
地響きと土煙を上げ、牛四頭分の巨体が着地した。
続いて五指を軽く握り、すぐ開く。アドニスが炎を吹いた。
本気ではない。軽いデモンストレーションだ。
いきなりの出現と炎のブレスに、デニスは顔を引き攣らせている。
少し前から、離れた空で待機していたのだ。
イニシアティブは父・アリエックが取った。
試合開始前から戦いは始まっていたのだ。非は、準備を怠ったデニスにある。
「用意は良いな?」
審判を務める親戚筋のおじさんが合図をした。彼もこの戦いの意味を知っている。
未熟なデニスからガルム犬を取り上げる事。それは村全体の利益になる。
お座りしたガルム犬のガルは、ゆっくりと尻尾を振っている。
これから何が始まるのか理解してなさそうだ。すっかり油断している。
一方、上がり症のデニスは、案の定あたふたしていた。小枝の様な手足をバタバタと藻掻かせている。
彼女が落ち着くのを待ってはいない。
「では、始め」
試合は開始された。村の見学者や立会人も文句は言わない。
――出来レース故。
パニックに陥いったままのデニス。
いきなり、行け! とばかりに腕を振る。
その合図をじっくり見ているガル。小首を傾げている。
まるで、デニスによく懐いた小犬。
アリエックは、微笑ましいものを見るかの様に目を細め、指を唇に当てた。
――これは手加減してやらないと――。
先ずはアドニスを上空へ上がらせ、様子を――。
アリエックが気を緩めた瞬間。ガルの姿がかき消えた。
次にアリエックの目がガルを捕らえた時、体当たりを受けたアドニスが仰向けに倒れつつある時であった。
起き上がろうともがくアドニスに対し、ガルは、ゆっくりとマウントポジションを取る。
軽く首筋に牙を当てると、レッサードラゴン・アドニスは動かなくなった。負けを認めたのだ。
ガルは、ゆっくりと牙を引き、舞う様に走りながらデニスの元へ戻った。
そして、褒めて、とばかりに大きな顔をデニスに差し出す。
「あれ?」
アリエックは何が起こったのか、理解しきれていなかった。
見届け人も、口を開いたまま。
見学者は、一言も声を出していない。
この中で一番訳の解っていないデニスは、目を泳がせながらガルの首筋を撫でている。 ガルはゴシゴシと首筋をこすられ、千切れそうなくらい尻尾を振っている。
「しょ、勝者、デニス」
我に返った審判が、勝者をコールした。
物言いを付ける間もなく、勝敗は決定した。
こうして、ガルはデニスの使役魔獣となり、天才の名を欲しいままにした。
新しいヒロインの誕生である。
そして、何事もなく一年が過ぎようとしたある日。
村が壊滅した。
次回から、話が一転します。
ガルちゃん無双の巻!