6.魔族の巣窟
やあ、レム君だよ。
俺たちは魔のオリンポス山脈を越えた。
つっても、魔宮の回廊を使いに使いまくった結果だけどね。
おかげで、帝都、ゴッドリーブには反則的日数でたどり着くことができた。
今、俺達は最後の回廊を進んでいる。
天井がひたすら高い。断面が四角く、岩肌剥き出しの洞窟。
薄暗い中をひたひたと歩いて行く魔獣3匹と馬1頭と人間2人。
長いような短いような、暗いような明るいような、寝ているような起きているような。
人間であるデニス嬢ちゃんとジム君は、そんな感覚に捕らわれていることだろう。
いつの間にか、周囲の壁は白いつるっとした材質に変わっている。
明かりが前方より差し込んでくる。
差し込んでくる……。
差し込んで……
『ワァーッ!』
大歓声で迎えられる。
青みがかった不思議な明かりに照らされた広場に出た。足元は白い砂が敷いてある。
周囲はアルプススタンドに似た観客席。
高い場所からこちらに顔を向けている何百という魔族達。対面の席が満員御礼だ。
彼らは人間を遙かに上回る体躯。スケール比で東京ドーム並だから、このドームは実質どれくらい大きい? TDLクラス? 今は亡き奈良ドリームランドクラス?
まるで闘技場。実際闘技場。
今を遡る少し前。魔王に招かれた俺は、ここで魔王と戦った事がある。
二目並べで。
俺が先手で。
魔王さんは8時間45分に及ぶ長考のかいなく敗北。劇的俺勝利を収めたのは、みなの記憶に新しいことと思う。
兎にも角にも、むっさ広い空間だ。
正気を取り戻した嬢ちゃんとジム君が、目を見開いている。
広場の正面には、何となく「青龍」の崩し文字に似たデザインのマークが描かれている。
振り向くと、俺達の出てきたトンネルの上に「白虎」という文字に似たマークが描かれていた。
前に来たとき、こんなの有ったっけ?
騒がしかった観客席が、徐々に静かになっていく。
話し声が聞こえるほどに。
『デニスちゃん、ちみっこい!』
『ちいぱい! ちいぱい!』
ちょっと、こう……恥ずかしい系統の犯罪者臭がするのだが。
魔族語が人間に通じないのをいい事に、秘密の会話が交わされはじめる。
『想像してみてください。僕とデニスちゃんが、無人島に漂着しました。人間は俺達魔族、いや魔獣のエサって設定だよな? だけど、なぜか僕は食わなかった』
『また始まったよ、安っぽいお話』
『ところがある日。強力な魔獣が流れ着き、デニスちゃんを食べようとした。デニスちゃん絶体絶命のピンチ。その時、音もなく、デニスちゃんの前に立つ僕!』
『こういうヤツが現実と妄想の境目を無くすんだよな。ちなみにその無人島ってどこにあるの?』
魔族男子、ダメだな!
『あら、可愛い男の子だこと』
魔族女子の対象はジム君である。余裕の台詞回し。大人女子である。
『眼鏡がよく似合うわね』
……ジム君は眼鏡などしていない。
つーか、この世界、眼鏡等という文明の利器は、一部特権階級の持ち物なんだが?
『いいえ、女装よ。男の娘よ』
『あなた腐ってるわね。でも、お友達になれそうね』
こっちの世界でも腐女子は生息している模様。通常運転です。ありがとうございました。
観客席から、ザッと空気の流れる音がする。一斉に一方向へ首を向けた時に発生する風の音だった。
正面の青龍っぽいデザイン画の下に、黒い巨体が佇んでいた。
ボロ布らしき皮膚か翼を纏った真っ黒な巨体。骨張った黒山羊の頭に、蝙蝠の羽を被せたデザインのおどろおどろしい顔。
魔王さんだ!
体中に白い包帯を巻きまくっていた。所々、うっすらと赤いものが滲んでいる。
魔王さんは、嬢ちゃん達に向かって人間の言葉で話しかけてきた。
「よくぞ生き残った我が精鋭達よ! それでは気合を入れて頑張って欲しい。いいなぁ!! ぐはぁーっ!」
吐血した。大量に。
『無理すんなよ!』
俺は魔族だけが認識できる言葉で突っ込みを入れる。
『見ろよ! 嬢ちゃん達が怯えてるだろ!』
「いや、場を和ませようとして――」
『メタ発言したかっただけだろ!』
骨張った手を後頭部に当てて恥ずかしがってる魔王さん。何やってこんな大怪我したんだ?
『ガル先輩も何か言ってやってください!』
『デニス嬢ちゃんのお尻が震えていて、緊張のあまり適度に湿っぽくて――』
だめだな! 魔族だめだな!
「話を続けよう!」
キリリと黒山羊の表情を引き締める魔王さん。
途端、ズオオッと妖気のような瘴気のような黒い影が魔王さんを覆う。
その黒影が、こちらに伸びてくる。
魔王さんの、意味が薄い本気だ。
『フッ、甘いな』
こちらからも暗黒のフォースが伸びていく。
黒皇先生が、とあるスキルを発動させた模様。
中間地点。そう、俺が立ってる辺りの空間で両者の謎波動が激しくぶつかる。
迷惑この上ない。
ガシャリンコ!
『話進まないから! 2人とも落ち着きましょう!』
「う、うむ。話を進めよう。我のこの怪我に由来する話でもある!」
ストリートでならしたこの上なく呪われた形容しがたい忌まわしき這いずる元素融合弾を納めた左腕を近距離投射タイプから、元の腕形状へ戻した。
「悪い知らせと、もっと悪い知らせがある。どちらから聞きたい?」
『どっちも悪い知らせかよ!』
俺の放つ裏拳が真空刃となって魔王さんへ向かうも、不思議バリアで遮られてしまった。
なんか俺、ツッコミ要員としてガルにつれて来られたんじゃないだろうか?
「わ、悪い方のお知らせからお願いします」
氷雨に打たれた小犬のように、細かく震えるデニス嬢ちゃん。
『オォーフ!』
感嘆の声が上がる。
ガルからではない。ガルからもだが。
声が上がったのは魔族男子観客席からだ。
冷たい雨に濡れそぼった小犬のような嬢ちゃんの姿態が、観客共の腐った魂を鷲掴みにした様だ。
さすがレジェンドハイマスター。
ダメだな。魔族ダメだな!
「よーしよし、嬢ちゃんのお願いだからね。おじちゃん答えちゃうよ」
魔王、もっとダメだな!
「ぶっちゃけ、三魔の一つ、リバイアサンの三分の一が復活した!」
『なんだと!』
大いなる驚き。
魔王さんの言葉は人間の言葉。事情を察したデニス嬢ちゃんも俺同様に驚いている。
「ただーし! 触手さんと白面鬼さん、そして誰あろう我の大活躍で、リバイアサン・マーク1を破壊するに至った。もはやリバイアサンの完全復活はない!」
『さすが白面鬼さん!』
『さすが触手さん!』
『白面鬼さんの嫁は俺!』
『触手のうねりに憧れシビレル!』
そういった歓声がアルプススタンドから聞こえてくる。……魔王さんへのいたわりの言葉は一つも無かった。
「続いてもう一つ悪い知らせだ」
ゴホンゴホンと咳払いをして皆の気を引く魔王さん。
「触手さんが、我ら魔族を裏切った」
『え?』
「安心しろレム君。こちらには裏災害魔獣と呼ばれる、6匹のハイスペック魔族がいる!」
次話「裏切りの日」
お楽しみに!