触手ノ王 8.邪神降臨
「触手の!」
上空から、白面鬼さんが落下してくる。
目標は黒く染まったオレ。
背中に回した手が、単分子刀を引き抜いた。
……ああ、なんでこんな事になっちまったかな……。
……。
オリュンポス山脈の南に開けるゼルビット地方。そのさらに南端部に巨大半島があります。
その地の殆どを魔の森が占めています。
人々は恐れと畏怖を込め、白紙委任の森と呼んでいます。
申し遅れました。
ワタシはその地そのものである触手の王と呼ばれる存在なのです。
「ただいまー」
カゲロヲを府中鎮守府に収容し、本拠地の魔王城に……ではなく、神殿に戻ったところです。
大事なお客様を連れて。
「お帰りなさいませですよぅ、ご主人様」
ちっこい金髪の少女。エルフのメイドさんがオレを出迎えてくれた。
エルフ訛りが激しいこの少女。名はシャミイという。
「どうしたですか? 体の色が黒くなってるですよぅ」
「ちょっと色々なんかあってな。たまには気分転換にも良いかなと思ってな。ほらほら!」
オレは順に赤、青、黄色、黒と体色を変えて見せた。オレくらいの魔族になると、この程度簡単なことである。
ダーク触手さん、ってことで、黒栗毛の体色を採用したのだ。
オレは神殿深部。謁見室の玉座に腰を下ろした。
人間サイズで作った椅子だから、座面にちょこなんと乗っかっただけだが。
「ゼフの者共を呼んである。シャミイは下がっていなさい」
「何か美味しい物をこっそり食べるのですかよぅ? シャミイにも味見させてくださいですよぅ!」
「良いのか? 血しぶきが飛び散るぞ。罪人の」
「お掃除してくるですよぅ」
パタパタと足音を立て、シャミイは奥へと走っていった。
「勇者の仲間達像は掃除するなよ! 壊すんじゃないぞ!」
「わかっているですよぅ!」
遠くから小さな声が聞こえてきた。
ふう。
別に仏心を出したわけではない。パニクったシャミイの破壊力は災害魔獣に匹敵する。
……もうこれ以上神殿の食器類を――
「ご用意できました」
「うぉっ! びっくりした!」
ジレルが天井から降ってきた。こいつ、どうやってオレの超感覚警戒網をかいくぐってるんだ? 何食ったらこんな芸当ができる様になるんだ?
スッと顔を上げ、ドヤ顔で笑うジレル。わざとだろ、わざと!
彼女の右目は黒い瞳。左目は黒いアイパッチ。すっと通った鼻筋。ほっそりとした顎。
清楚な美人って表現すれば良いのだろう。黒髪に白い肌がよく映える。
ミニスカートから伸びた生足。脚絆がハイソックスみたい。手甲が長手袋みたい。
お色気くノ一。それが彼女の立ち位置である。
「ご依頼の品物をお届けに参りました」
ゼフ一族の中でも、オレの信が厚い実行部隊隊長ジレルが、パチンと指を鳴らした。
屈強な男が四人がかりで、一人の人間を引きずり出してきた。
世を斜めに見据えた目。
だが、美少年。
艶やかな黒髪。星を映す瞳。ピンクの唇。白い肌……は酒と不摂生で荒れている。
「こいつが要らない人間か?」
「はい」
俺の問いに、ジレルが薄笑いをもって。……その目。魔族である俺ですら縮み上がらせる。……いや、べつにメンチ切られてびびってるんじゃないよ!
押さえつけられている少年は、鮫のような目で俺を見上げた。
自分の置かれている立場が解ってない目。相手を見極めずに自己流の挑発を続ける目。
あ、薄く笑いやがった。
こいつ、頭悪いな。
……後腐れが無くて都合良いが。
「何をした? 罪人か?」
「掟破りは日常茶飯事。意味のない殺人。強姦罪。逆強姦罪。数え切れない犯罪」
「待て待て待て、逆強姦ってなんだ?」
どうしても気になる言葉があった。
「強姦するのは男です。強姦されるのは女です。しかし、こやつは男――」
「よしわかった! 皆まで言うな!」
被害者ではなく加害者なのだな!
よーしよし、もうこの美少年に対し後腐れの感情は微塵もない。
「おい、そこの犯罪者!」
「んだ? このやろう!」
筋骨隆々な男四人に押さえ込まれているのに。災害魔獣であるオレを殴れると思っている。
よーしよし。良いバカだ。
「取引だ。オレの新実験を受けろ。成功すれば、無罪放免だ」
「俺は特別なんだ! 俺を止めちゃいけないんだ!」
目を血走らせ、口の端っこから泡を飛ばしている。
よしよし。本物よしよし。
「さらに金をやろう。食い物もだ。これから一生働かなくても良いくらいに金と食い物を提供しよう。どうだ?」
「その話っ! のったぁー!」
ぷす!
クラゲの触手に模した毒針を、美少年の頸動脈に突き刺した。
「はうっ」
くたりと崩れ落ちる美少年。善は急げだ。……いや、悪事は急げか?
「よしよし、契約完了につき、契約内容を実行する!」
「カムイ様、契約内容の確認がまだです」
「いいか、ジレル君? 勝利の要領は『先手必勝』と『言わない嘘』だ。覚えておくがいい」
「それは詐欺……いえ、勉強になります」
ジレルはよい子だ。
「あと、本当に儲かる話は他人にしない。とかあるぞ」
この手の話なら、あと12個知っている。
それは横に置いといて……。
触手でエアー箱を横に置く仕草。ジレルは片方の目でエアー箱を追っていた。
「よしいいぞ!」
オレは空間に向け声をかける。
ズシッ!
空気が……いや空間が揺れた。
そして倒れ伏して夢見る美少年の体が二重にぶれた。
ズォッ!
空気、あるいは空間が、二重ブレする美少年の体に入っていった。
と、まもなく、少年のブレは治まり、正常体に戻った。
「どうだ?」
オレの問いかけに、美少年は短い痙攣で答えた。
む? 失敗か?
と思った矢先、美少年は、腕を使って上半身を起こした。
「うっ」
ジレルが、口の中で悲鳴を上げた。
美少年が起きあがる仕草。それは、例えて言えば、下半身の存在を感知しない生物の動き。
だが、安心したまえ。美少年はすぐに下半身の存在と、足の使い方をマスターした。至極「人間くさい」動作で、その身を起こす。
「約束は守るタイプだったのだな」
ピンクの唇が、蠕動する。
そんな口の動きだった。
どう突っ込もうかと困っていたら、目の前で小さな変身が起こっていた。
艶やかな黒髪が、燃えるような赤に染まり、端っこが逆立っていく。いわゆるファイアーヘアー? 的な?
血色の良いピンクの唇は、より血色の良い深紅に。
荒れていたお肌は、本来の色艶である白色に。
犯罪者の目が、罪人の目に……これはあまり変化がないか。
主だったところは、そんな感じでワイルド系へと変身した。
肉体は魂の入れ物という。おそらく魂が体を変化させたのだろう。
「いかがかな? 体の調子は?」
オレは、椅子にふんぞり返ったまま、その元美少年にたずねた。
「魔族が用意したには、なかなか良き器だな。……ほほう、これが感覚。これが痛みか」
痛み? どこも怪我してる様子ないし? 毒針の打ち所が悪かったかな?
「尻に付属している排泄穴に鋭い痛みがあるが……粘膜が切れているようだな。今、治癒したからもう良い!」
逆強姦……という言葉が脳裏を横切る。オレは微妙に視線を外し、心の中であやまっておいた。
ジレルと押さえつけ役の男達も、視線を外していた。オレと同じワードが脳裏をよぎったのだろう。
どんまい!
「カムイ様。このお方は?」
何も知らないジレル。経緯を知りたいのだろう。
いいだろう。教えてやろう。
「お前らが俗に言う旧神だ」
ジレルは絶句した。
次話「反乱軍の戦力」
我は神なり!
お楽しみに!




