5.天下分け目の戦い、っぽい何か
ここは川中関ヶ狭間の盆地。
日が昇る少し前。いまだ朝靄が消えきらぬ時間。
この場所は、西の国から東に国へ向かう為、必ず通過する土地にして国境地帯。
そして、この辺りで唯一、万単位の軍隊を動かせる場所。
昨夜より、この地に二つの大軍が陣を張っていた。
ダンクタマール王国軍が東の山を背にして。
アルトリッチ公国が西の山を背にして。
両軍の動員数は総計10万とも50万とも数えられている。
明け方の濃霧は濃く、手を伸ばしてもその指先が見えぬほど。
霧が晴れなければ、互いにどのような配置をとっているのかも解らない。
神のみぞ知る。である。
兵士達は、濃霧の晴れる時を手に汗握り待っていた。
ダンクタマール国王は、床机に腰掛け、激しく貧乏揺すりを続けていた。
「聖騎士団のいない今。ランバルトが大きく衰退した今。ゴルバリオンが滅びた今。平原を制するのは我らダンクタマールしかない!」
気が焦る。しかし、鎮めよ。
彼が敷いた陣形は、鶴の翼に似たもの。受けに特化した形状をしている。
陣を敷いたのは昨夜の内。
濃霧が晴れるまで、互いの手の内は見えない。
――のだが、既に戦いは始まっている。
実は、アルトリッチ公国の将の一人、ロックウェルと通じているのだ。
その将は、本陣の背後の小山に陣取っている。
先端が開かれれば、アルトリッチの本陣へ突撃することになっている。
「戦う前に勝敗はきめておくものなのだよ」
王は、必勝を確信していた。だが、貧乏揺すりは止まらない。
アルトリッチ公国の王は、馬上にいた。
「ロックウェル卿の裏切りは掴んでいる」
王は片頬を極端に歪めて笑った。
「ダンクタマールは、知られていることを知らない。おそらく、薄い防衛ラインしか引いておるまい。速攻でカタを付ける!」
王直臣の騎士全員が突撃態勢をとっていた。
「時間が味方してくれようぞ!」
風が出てきた。
もうすぐ霧が晴れる。
再びダンクタマール王国。
「配置完了しました」
王の陣を中心にして、強固な防御網が出来上がっていた。
「アルトリッチの王のこと。裏切りを察知して、先手必勝でかかってくる。そこを受け止められれば、背後よりの攻撃で総崩れ間違いなし。時間が味方してくれようぞ!」
日が昇る。空気が緩やかに動きだす。
目の前の霧が流れていく。
視界が開く。
「近い!」
ダンクタマール軍の眼前に、アルトリッチ軍が突撃態勢で展開していた。
アルトリッチ軍はダンクタマール軍が広げた翼に押し包まれていた。
そして……。
黒い巨体が、両軍の中央にたたずんでいる。
「「……黒い巨体?」」
二人の王は、小首をかしげた。
黒い……竜?
「ギュルルッ! ギョェー!」
黒い竜が吠えた。
「「毒竜、スイートアリッサム!」」
またもや両王がシンクロして叫ぶ!
「はいちょっと通りますよ」
神を狩る狼、フェリス・ルプスの背に乗った少女が、にらみ合う両軍の間をトテトテと進んでいく。
すぐ後ろに見事な体格の青毛馬が続く。
「うっ!」
馬の狂気をはらんだ目がダンクタマールの王を射貫く。
「ぐっ!」
返す刀でアルトリッチの王を睨む。
それだけで動けなくなる。
そして真打ち。褐色の巨体。不滅の巨神が、両軍を睥睨して歩を進める。
「リデェリアルの……レジェンドハイマスター、デニス・リデェリアル」
「リデェリアルの魔獣使いが動く時、必ず悪の動乱有り……」
我らは悪ではないぞ。
ならば、悪はどこにいる?
……まさか! 我らが知らぬ地下で悪が蠢動しているのか!?
「おっさん達」
青毛の馬に乗った少年が、語りかけてくる
「無駄な体力消耗してんじゃねぇよ。国で大人しくしてな」
何を言っているのだ、この少年は? 謎かけか?
災害魔獣とそれを操る少女は、静かに粛々と通り過ぎていく。
「キュルルィ!」
一声上げたスイートアリッサムが、空へ舞い上がる。
羽根を一羽ばたき。東の空へ消えた。
「斥候にベノムドラゴンを使うか? なんて贅沢……いや、まるで進軍ではないか!」
どちらかの王の言葉だ。
「体力は温存すべき。という意味か? ……全軍をあげなければならぬ敵が存在するのか? どこにだ?」
どちらの王の言葉だろうか?
「リデェリアルのレジェンドハイマスターは、国家規模の諜報能力を超えている強敵と戦おうとしている?」
これは、二人の王の言葉だ。
「何と戦おうとしているのだ?」
その日、両軍はぶつかることなく、整然と引き上げるのであった。
後日、両国の間に不可侵条約が結ばれた。
戦争に徴用された人々とその家族は、素直にこれを喜んだという。
「カムイ様。このお方は?」
何も知らないジレル。
いいだろう。教えてやろう。
次話、触手ノ王編「邪神降臨」
お楽しみに!