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3.リデェリアル村 

「え? フェンリル?」

 ガルを初めて見たデニスの父アエリックはそう言った。


「ガルム犬からとってガルちゃんだよ」

 クリクリとよく動く目でデニスは一族の長である父を見上げた。

 小枝の様な細っこい手足をバタバタ上下に動かしている。


「え? フェンリル?」

 ガルを初めて見たデニスの祖父にして先代の長であったヨルゴスはそう言った。


「だから、ガルム犬からとってガルちゃんだよ」

 秤動現象をおこしている瞳でデニスは祖父を見上げた。



 一族の中でもベテランに属する、なおかつ年季の入った男達であったとしてもだ。

 フェンリル狼どころか、フェンリルの眷属と呼ばれるガルム犬を従える事は、まず無理だろう。


 魔獣を隷属させる法はそう多くない。

 大雑把に言えば、使役者の優位性を魔獣に認めさせる事だ。


 たとえば、魔獣に首縄をつけて走らせる方法がある。

 リードを手にした飼い主と犬の散歩を想像して欲しい。


 犬、つまり魔獣の体力を走らせる事で削っていく。人間は最後まで魔獣の走り込みにつきあう。リードを持ったまま、魔獣が倒れるまで走り続けさせる。


 これは魔獣と人間との戦いなのである。


 根負けした魔獣は倒れ伏す。

 それは、最後までつきあい続けた人間に敗北を認めた事だ。

 

 この場合、縄を持った人間も走らなければならない。……と、思われがちだが、そんな事人間に出来ワケがない。

 どんな事にも抜け道がある。それがこの村・リデェリアル村に伝わる奥義の一つである。

 ……なに、奥義と言っても正体を知ればたいした事はない。


 コツは二つ。

 魔獣につないだ首縄を持って走る事。

 人より先に魔獣を走り疲れさせる事。


 それ無理。


 無理を道理に変えるのが技術である。


 なにも人が走る必要はない。要は魔獣だけが、人が手にした首縄につながれたまま走れば良い。


 円を描かせる様にして魔獣を走らせる。

 人はその中心に立って首縄を持っていれば良いだけの事。

 勝手に魔獣が勘違いしてくれる。


 もっとも、如何にして魔獣を走らせるか。どの様にして魔獣に首縄をつけるか。

 そちらの方が奥義っぽい技術を要するかもしれない。


 それ以前に、ガルム犬を無傷で捕まえる事が一番難しい。

 強力な魔獣を従わせる事は、先ほどの様な技術によって可能だ。

 だが魔獣を無傷で捕まえる。そのこと自体が無茶である。


 一般人の目から見れば。


 そこにこの村独自の秘術が存在する。

 魔獣を捉える秘術。そこには一切の魔法や武器の使用は禁じられている。


 不思議な踊り・特殊な香・ある法則に基づいた音楽・特別に合成した餌。そして魔獣を捕らえる為の様々な道具。


 それらを単純に用いただけでは効果はない。

 状況と魔獣の種類、季節や時間による多様な組み合わせが必要だ。

 教えて貰ったから、奥義書を読んだから、それだけで魔獣を捕らえる事はできないのが道理。


 故に、村の長とデニスの師匠である祖父にして先代の長、この二人の実力者が、口を揃えて――


「ウソぴょん!」

 と言ったのは、なにもプライドから発せられただけの言葉ではない。


「どーやってガルム犬を捕まえた? それも無手で? さらに無傷で?」

 父が詰め寄る。

 すっかりくつろいだガルちゃんが、後ろ足で顎を掻いている。


「お、踊って」

 デニスが緊張しながら答えた。父の迫力に、たじたじとなりながら。


 その一件に関して、同行した子供達から話を聞いた。

 信じられない話だが、事実は事実。


 我が娘はとんでもない天才なのだろうか?

 百年、いや千年に一度の逸材なのだろうか?

 ……それとも、自分は親ばかなのだろうか?  


 父アエリックはもう一度ガルム犬を見た。


 ガルム犬は茶色い毛並みを持つと聞く。青白い毛並みは伝説の魔狼フェンリルが有名。ガルム犬はフェンリルの眷属と言われている。

 血筋が同じなら、個体として青白い毛並みが現れても不思議ではない。むしろ現れない方がおかしい。


 アエリックは三度ガルと名付けられたガルム犬を見上げる。

 ゴツイ体格を誇る戦馬より、こいつは遙かに大きい。


 ふと、ガルとアエリックの目が合った。ガルの鼻に皺が入り、うなり声を上げ出す。


「こらっ! 大人しくなさい。めっ!」

 デニスがガルの首筋を叩き言う事を聞かそうとする。

 それに応じ、ガルが声を止めた。すまなさそうに耳を垂れ、デニスに鼻先を擦りつけてくる。


 ――このガルム犬、オスだな――

 父と祖父の見立てである。

 間違いは無い。


「ほ、ほらお父さん。この子はおとなしいの。わ、わたしの魔獣よ」

 誰がどう見ても、このガルム犬は年端もいかぬ小娘であるデニスに懐いている。

 どうしてこうなった!


「うむ、懐いているのは確かなようだ。しかし、リデェリアルの魔獣とは使役してナンボ」

 アエリックが強い視線をデニスに送る。


「ただ懐いているだけではペットと同じ。いつ使役者に牙を剥くかもしれぬ。百害あって一利無し」

 デニスはごくりと唾を飲み込んだ。緊張感がハンパ無い。


「十日後に魔獣と戦ってもらう。その結果を見て判断する」

 魔獣を確保して十日で戦闘。

 それは過去の例を見ても常識を持ち出してきても、あり得ない話。

 父の目的は一つだ。


 何か言い出そうとするデニスの気勢は、次の言葉でそがれた。

「それほどまでにガルム犬は、扱いの難しい魔獣なのだ」


 レベルAの魔獣を使役する。

 それはリデェリアル一族にとって望むところ。戦力の補充になるし、さすが魔獣使いの一族よ、と箔がつく。


 しかし、簡単にガルム犬を支配し、使役できるとは思えない。


 乗馬用の馬を仕込むだけでもかなりの日数が必要とされる。

 ましてや取り扱いの難しさや気むずかしい気性の魔獣である。調教は馬の比ではない。

 父はそう言っているのだ。


 穴だらけの理屈だが、デニスを丸め込むには充分だった。

「わかったら行け。誰に助けてもらってもかまわない。どのような道具を使ってもかまわない。……成功を祈る」

 それだけ言って、魔獣小屋を指さした。


「おいで、ガルちゃん」

 デニスはトボトボと歩き出した。


「クーン」

 ガルはデニスの後を付いていく。


 後ろ姿を見つつ、アエリックは前族長にして父であるヨルゴスに声をかける。

「後は頼みます」


「めんどくさいやつじゃの。まあよい。心得た」

 デニスの祖父ヨルゴスが走る。

 齢は七十を越えているはずだが、体力の衰えが始まるのは、もう少し先のようだ。



「デニスよ!」

 祖父の優しい声に、ゆっくりと振り向き祖父を見るデニス。

 彼女の目は絶望で死んでいた。

 ヨルゴスはデニスと並んで歩き出した。

 ちらりとガルに視線を送る。さすがに気になるようだ。


「魔獣は、その魔獣を捕獲した者が優先的に所有権を主張できる。それがリデェリアルの掟じゃ。族長自らが破るわけにもいかないだろう?」

 そう言いながら腕を組む。


「しかし、ガルム犬の存在は大きいのじゃ。この村に居て欲しい」


「じゃあ!」

 デニスの瞳が希望で輝いた。

「お前では無理かもしれぬ」

 デニスから希望の火が消えた。


 でも目は輝きを取り戻している。涙が輝きを手伝っていただけだが。

「じゃが、がんばってみるか? じいちゃんが手伝おう」

 デニスは力強く頷いた。


「よし、では魔獣厩舎の掃除じゃ。ガルが気持ちよく寝られるようにがんばるんじゃ。できるな?」

 もう一度頷いて、デニスが走っていく。 


 ガルが後を追って走っていく。

 それを微笑ましく見送るヨルゴスであった。



「父上、いかがでありましょうか?」

 いつの間にかアリエックが並んで立っていた。


「お手。くらいはできるようになるじゃろうが……戦闘は無理じゃな」

 ヨルゴスは、さほど残念そうでもない。


「十日では儂でも無理じゃな。お前、できるか?」

「無理です」

 一言の元に否定するアリエックである。


「専任で一年はいただきたい」

「同意見じゃ」

 魔獣取り扱いのプロ・ツートップの意見が合った。


「されど、ガルム犬はリデェリアルに取り込みたい。あの魔獣はデニスじゃ手に負えん。ベテランじゃないと飼い慣らせない。いや、我々でも難しい。だから早い時期にデニスから取り上げなければ!」


 十日後の戦闘でデニスの未熟を指摘する。ガルム犬の所有権を合法的にベテランへ移譲する。それが一番村の為になる。


「それにしても……」

 デニスの指示で素直に魔獣厩舎へと入っていく青白きガルム犬をヨルゴスは見ていた。

 齢七十を超えた魔獣使いのヨルゴス。今さっき捕獲した魔獣をああも素直に従えさせることができるであろうか?  


「儂の孫は天才ではなかろうか?」


 爺馬鹿であった。



そんなこんなで、ほのぼの編がもう一回続きます。


次話「魔獣ファイト」

ガルちゃんの実力お披露目です。

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