触手ノ王 5.勇者、戦う
薬物中毒……もとい、魔の法で封印したはずの勇者が、目の前の空中に浮かんでいる。
勇者の剣を天高く掲げ、なにやら恥ずかしいポーズを付けている。
前髪を掻き上げやがったぞ!
「汚れを知らぬエルフの少女の祈りにより、僕は復活した!」
……?
あ! シャミィか!
あのアマ、やりやがったな! あれほど掃除するなと言いつけておいたのに!
ってか、鉄より強固なコーティング剤をどうやって破壊した!?
「どストライクな美人……もとい、いたいけな少女の願いである。嫌々ではあるが、一時的に魔物風情と手を組んでやろうではないか!」
うんうん、こいつは女に弱いヤツだった。
「ウガアァァー!」
リヴァイアサンが海中より飛び出し、勇者を咬みちぎろうとした。
「なにぃ!」
狼狽えたのも一瞬。勇者は、危なげなく攻撃を回した。
「僕の必殺剣技だぞ! あれを喰らってまだ動けるのか!?」
勇者が驚いている。リヴァイアサンは無傷の模様。
「おのれ、くらうがいい! 神の怒り! パトリオット・オリュンポス・リバース墜とし!」
ぶっとい雷がリヴァイアサンの頭に落ちた! 勇者得意の雷撃系最大呪文である。
しかし、雷撃はリヴァイアサンの表面を撫でただけで、海へと消えていった。
勇者の顔に驚愕の表情が浮かぶ。
「なぜだ!」
「当たり前だろ!」
情け容赦なくオレのツッコミが入る。
体表にまとわりついた海水が伝導体となって、雷が通過したのだ。ノーダメージとはいえないが、あのくらいならオレでも平気だぞ。
チュン!
リヴァイアサンが、背びれから、ヤバそうな黄色い光を放った。さっきより出力が高そうだ。
「くっ!」
勇者の剣が僅かにきらめく。軌道を変えられた黄色い光は、遠くで海に落下。盛大な水柱を上げていた。
ちぃぃ! 腐っても勇者。光速の攻撃を避けやがったか。
いやいや、ここは応援しなくては! がんばれ勇者! 魔族のために!
リヴァイアサンの連射がはじまった。
ヤツも本能的に勇者が気にくわないのだろう。空中の勇者に向けて、集中攻撃だ。
勇者はその全てを剣ではじく。
連射速度に追いつくのが精一杯の模様。
あれ? 勇者が押されている?
「ここは僕に任せて、早く安全な場所に!」
ああ、これがやせ我慢というものか。
そうか……、勇者とは、こいう生き物なんだな。
オレは言葉を無くした。
「こんな時、オレ達はどうすれば良いんだ?」
「簡単だ。わたし達のできることをすれば良いだけだ」
オレと白面鬼さんの目が合った。
二人は、同時に頷いた。
「ただちにこの海域より離脱せよ!」
「両舷全速! とりかじいっぱーい!」
尻に帆をかけて逃げる。ナイスコンビネーション!
ここは勇者に任せた。オレは逃げる。命あっての物種だからな!
忘れてはいけない。ワレ等は、悪名高い魔族なのだ!
後方の勇者を見る。背中しか見えないが、頑張っていることはわかる。
リヴァイアサンの連射速度が上がってきたようだ。
勇者も何発かくらってるみたいだが、勇者の鎧がレジストしている。
……保つと良いな。
リヴァイアサンが大口を開けた。
喉の奥に、収束していく光の粒子を認めた。
まるでベスギア=ガノザの大穴より繰り出す荷電粒子砲……の、よ・う・な?
直線で結ぶと……。
やばい!
「勇者! こら勇者! 射軸が重なってる! あっち行け!」
「そんな余裕はない!」
「じゃお前、盾になれ!」
「断る!」
リヴァイアサンの背びれよりの乱射が続く中、口が発光する!
「敵主砲のエネルギー値十二万。なおも増大。触手の! 一発でナガトが消し飛ぶぞ!」
絶体絶命である。せめて勇者が盾になってくれれば……。
あ! 良いこと思いついた。
「勇者よ! こちらをよく見ろ!」
「そんな暇はない!」
にべもない。
「美少女が乗っているのだぞ!」
「なにぃっ!」
振り向く勇者。
プラチナブロンドの髪。貴族然とした白い顔。潤んだ瞳。
美少女タイプ魔族、白面鬼さんのキラキラした目が、勇者の目を真正面から捉えた。
「ここは僕に任せて、おまえらは先に行け。たー!」
死亡フラグをおっ立てて、勇者はリヴァイアサンへと無謀にも突っ込んでいった。
「無謀神憑きになんかなりやがって!」
オレの目に涙が浮かぶ。
「よそ見してる暇があったら排水を何とかしろ!」
白面鬼さんは、どこまでも鬼だった。
「衝撃! 来る!」
リヴァイアサンが荷電粒子砲を吐いた。
直撃ッ!
荷電粒子砲はその場で爆散した。
「勇者っ!」
オレは血の気が(血は流れてないけど)引く思いをした。
今、勇者が死んでしまうと、盾が無くなる。そうなったら困る!
「勇者よぉぉぉぉっ!」
黒い消し炭みたいのなのが、放物線を描いて海面へ落下した。
……ま、いいか。
オレはあきらめた。
魔王さんは深手を負っている。盾は炭化して使えない。
うん、そうだな。そろそろ潮時だ。
バックアップのため、こちらへ向かわせている試作艦が、この海域へ入る頃合いだ。
白面鬼さんは、あれに拾ってもらおう。
「白面鬼さん!」
「なんだ――あっ、こら!」
白面鬼さんが立っていた床が抜けた。
プラチナの長い髪を逆さまに靡かせ、白面鬼さんが落下する。
「水くさいぞおぉぉぉ……」
声だけを残して、白面鬼さんは三十メットルあまりを落下。
艦橋の後部施設より、太めの爆裂火槍が飛び立った。
爆発発火材を詰める部分を簡易シェルターに換装した緊急用脱出システムである。こういう事もあろうかと、密かに開発しておいた逸物である。
さて……、
「副砲、ならびに三番、発射!」
後部砲塔の射角にリヴァイアサンが入る。
十二門の重力弾が連射される。
真っ直ぐ飛び出した重力砲弾がリヴァイアサンに吸い込まれて……リヴァイアサンの腹の下を通過?
リヴァイアサンが撥ねあがった?
「空を?」
四百メットルを超える巨体が空中に踊る。
ボディプレス?
「うおぉあぁー!」
リヴァイアサンのボディに月の光が遮られ、艦橋内が真っ暗になった。
押しつぶされる!
リヴァイアサンの青白い腹が、艦橋塔を押しつぶす。
いかに軟体生物のスライムとはいえ、ただでは済まない。柔らかい体が災いし、圧迫されてバラバラになっていった……。
――ブラック・アウト――