触手ノ王 4.魔王(自治会長)アンラ・マンユ
魔王さんが前髪をキザったらしくかき上げた。
「フッ! 三百五十年物のエーテル酒をのみ残しているからな」
白面鬼さんが叫ぶ!
「残念な事に、残りはこっそりわたしが飲み干しておいた」
魔王さんの姿が一瞬ぶれる。
「……海老みりん煎餅を食べ残していたからな」
「それなら湿らないように時間停止してあるから、安心して」
魔王さんは大きく頷いた。目にうっすらと涙が浮かんでいた。
「気を取り直して、もう一発いっとこう!」
魔王さんの胸元に、黒い固まりが出現した。
「魔王の名において命ず。封印開封! 出でよ地獄の亡者共! チェグロゥュッヶブ=ブレリッヶデョル!」
先ほどと同じ黒い光が発射された。
だが遅い。リヴァイアサンは、先ほどの意味の無いやりとりの間に、海中へ潜っていた。
「ちっ!」
魔王さんが舌打ちをする。
「魔王さん、あんた、無詠唱で魔法ぶっ放せるよね?」
「魔法はスペルを唱えてこそ花。あれだよ、必殺技は、技名を叫びながら放たなきゃならないって決まりがあるだろ? 魔法はその特性がピッタリだろ?」
この人、かっこつけて死ぬタイプだ。
「そうだ! ほかの六大魔獣達は? 最速を誇る鳥さんは?」
鳥さんから魔族線電報が入ってきた。
『こちら鳥。俺ってば鳥目だから夜は動けない。健闘を祈る』
「青い犬さん!」
俺の呼びかけに、青い犬さんから魔族超空間通信が入ってきた。
『おう、オイラだオイラ! オイラは陸戦専門で海戦はDクラス判定だから、役にたたねぇ。第一、言葉を解さないリヴァイアサンに、オイラの最強技「舌先三寸」は通用しねぇ!』
うむ、納得。
「毒竜さーん」
『あ、ごめんね。悪巧みの仕込みが忙しくて、手が離せないから。今回パスするわ。がんばってね。だいじょうぶ。あなはできる子。わたし信じてるから」
よし。信用は得た!
「深海のは?」
『現在ワイハーのカメハメハメ島沖だ。あと三時間ばかりで着く予定!』
どこで遊んでたんだ!
……使えねぇ……。
使えねぇぞ! 六大魔獣ッ!
戦闘要員は、主人公絶体絶命の危機に、ギリ間に合ってナンボの存在だろうが!
オレはある事実に気づこうとしていた。
……ひょっとして、
……まさか!
オレ、主人公じゃないのか!?
「出たぞ!」
上空の魔王さんが叫ぶ。
波を蹴立て、ナガトの後方にリヴァイアサンが浮上した。
「もう一発! チェグロゥュッヶブ=ブレリッヶデョル!」
黒い光がリヴァイアサンの頭部を直撃!
ところが、直前で不可視の壁に弾かれた。
「ちっ! バリアか。小賢しい」
海水が素通りするところを見ると、魔法に特化したバリアのようだ。カウンターマジックの超強力版ってところだな。
「これならどうだ! ビシャルャブ=ツゲュッャュヴェ!」
リヴァイアサンの周辺海域が、一瞬で泡立つ。空気で泡を作ったんだろう。浮力を無くしたリヴァイアサンは、海の底へと落下した。物理的な攻撃は通用するようだ。
「うおぁー!」
泡で浮力を無くす。その効果範囲は広い。ナガトにまで影響を及ぼすくらい広い。
後方三分の一ぐらいが浮力を無くしてしまった。
「これは禁呪とする!」
操舵を担当する白面鬼さんから叱責がとんだ。もともと潜水能力に特化したリヴァイアサンに対し、海底に引き込む攻撃は、意味がない。危なっかしいだけだ。
「ご免なさい。しかし、触手の! まずいぞ、これは。我は魔法攻撃を主戦力としている。それを封じられた形だ。攻撃方法は色々あるが、決定打に欠け――オゥ!」
魔王さんの体を赤い光が貫いた!
いつの間にか、リヴァイアサンが海面に顔を出している。背びれの一部に赤い光が灯っている。位置的にみて、対空光学兵器だろう。
リヴァイアサンは長距離砲を持っていたのだ。
「大丈夫か!?」
魔王さんは、体勢を大きく崩すも、すぐに持ちなおす。
「案ずるな。触手のも知っていよう。我は、この程度の攻撃でどうこうできる体組織なぞ持ち合わせておらん」
魔王さんは、血を口から大量に吐きながら、男前にサムズアップしてみせる。
……いや、当たり所が悪かったんじゃないか? そもそもオレは魔王さんの体の構造なんか知らないし。
「我のことより、そっちを気にしろ!」
リヴァイアサンが、速度を上げてナガトに突っ込んでくる。背びれが魔光弾を撃ちまくっている。そこかしこに着弾。吹き飛ぶ各種施設。
「いかーん!」
光学兵器により、あちらこちらを削られながら、急速回頭するも間に合わぬ!
「ぶつかる!」
海の藻屑になる。せめて、白面鬼さんだけでも脱出させておけばよかった!
「アルティメット・ーッ・ザンバー!」
勇ましいかけ声。同時に、リヴァイアサンの横っ腹に衝撃が発生。それによりリヴァイアサンの軌道が逸れ、ナガトをかすめて海中へ没した。
助かった?
大波による激しい揺れに耐えながら、救世主を探す。
いた!
空中に、マントを靡かせて漂う小さな影。かっこつけで背中を向けて立つ。
人間か?
「え? 勇者? え?」