触手ノ王 3.リヴァイアサン
全長四百メットルを超える化け物。体重は十万トソを軽く超える。
全身を岩タイプの装甲で固めたソレは、体をくねらせ尾びれをはたき、水中へ没した。
間違いない。
三魔の一つ、海の影リ――
「三魔の一つ、海の影リヴァイアサン」
「白面鬼さん! それいまオレが言おうとしてたところ! テレパスか?」
「先に言ったもの勝ち。だいいち、わたしはテレパスじゃない」
「いや! あんたなら――うぉー!」
床から突き上げるような震動! 天井まで飛ばされてしまった。
二人ともしこたま頭を打ったが、この程度で怪我をするようなヤワな造りではない。すぐに立ち直る。
最高速度を出していたため、うまく受け流せたのだろう。止まっていたら真ん中から二つ折れだ。
こちらには速度の優位性がある! いつまで保つかわからんがっ!
しかし、くそ! ここでリヴァイアサンか? 探してるときは出てこない癖に! なんて我が儘な!
……まさか、昼間、海賊の船にダメージ与えていたのは、リヴァ――、
「昼間、海賊の船にダメージを与えていたのはリヴァイアサンだったのか!」
「白面鬼さん! それいまオレが言おうとしてたところ!」
海賊の船は、ここしばらくの間で、急速に大型化した。平均的な魔族の体格に等しい大きさだ。
昼間、頭上である海面をうろちょろしていた海賊に不安を感じ、一撃を与えた。そんなところだろう。
そして、この船が卓越した戦闘力を持っていた。それがまたリヴァイアサンの目を引いたのだろう。
……卓越した戦闘力を持っていたのは、浸水する数分前までなんだけどな……。
……白紙委任の森まで来てくれたら、オレ一匹でも何とかなるんだけどな……。
……つーか、白紙委任の森の近海に潜んでたのな……。
マジでヤバイ。略してマジヤバイですわ。……あんまり略してないですわ。
オレは急いで魔族間通信を開いた。「リヴァイアサン現る」の報と、現在位置を発信した。
三魔が出現すれば、六大魔獣と手空きの魔族が集結する事になっている。それまで時間を稼げば、いくらでも対処できるはずだ。
「被害は……艦底部に亀裂? 浸水が大変なことに! 白面鬼さん、水泳は得意か? オレは浸透圧の関係で駄目だけど」
「艦が傾いたぞ! 次、当たったら船体が折れる! わたしは、物理学的見地から、水に浮かばない構造とされている」
金槌であることを認めた白面鬼さんは、必死に操舵、回避行動をとっている。
ナガト沈没は時間の問題となった。脱出用内火艇は……二回目の体当たりをまともに食らって、ひしゃげている。
おのれリヴァイアサン……あれ? ナガトの右側で併走している?
海中に潜らず、海面に体を出してナガトと並んで泳いでいる?
「なめやがっ……」
オレは、じっくりとリヴァイアサンを視覚に収めた。
ナガトの艦首より前にヤツの特徴的な頭部が突き出ている。ナガトの艦尾はるか後方に、ヤツの尾びれが波を切って……。
「でっけー!」
ヤツの立てる波が、ナガトの船体を揺らす。
「うひゃー!」
どんだけでかいんだよ!
「触手の! 攻撃だ!」
白面鬼さん横顔はあくまで涼しい美人。諦めを知らない者、独特の顔だ。
「こ、これでも完全体じゃないんだぞ! リヴァイアサンの一部が、自立して泳いでいるだけなんだぞ!」
「触手の! 主砲を回すぞ! 今なら目をつむっていても当たる!」
「はっ!?」
そうだ! ピンチはチャンス! いままで隠れていたリヴァイアサンが姿を現したのだ。こいつを屠る千載一遇のチャンスだ!
「主砲! 右九十度旋回! 水平発射!」
唸りを上げ、四つの回転式砲塔が旋回。十二門の重力砲が、時間差で火を噴いた。
ゴキン! ガキン!
硬い物が、より硬い物にぶつかって弾かれるオノマトペが、十二回連続することとなった。
「え? なに? 無傷?」
リヴァイアサンの装甲に、傷一つ入ってない。
「触手の! 重力砲は対木造船用ならびに対地攻撃用だ。キチン質複合重ハニカム構造を持つリヴァイアサンの装甲は通らない」
言うなり、白面鬼さんのプラチナの髪が流れる。舵を急角度で左に切ったのだ。
ゴリゴリギャギャギャと、何処かが男らしく削れる音を立てている。体当たりを敢行してきたリヴァイアサンを、舵を切って流したのだ。
まともに当たってれば、船体は横倒しになっていただろう。
「舷側バルジが幾つか持って行かれた! 触手の! 推進力が極端に落ちた。発動機をチェックしてくれ」
「機関室に浸水! 魔道駆動機関、略してツ号艦本ナ式ネコ缶が水浸しだ!」
「全然略してないぞ、むしろ長くなったぞ、触手の!」
もうだめだ。
唯一の希望、スピードが死んだ。
艦尾と右舷の浸水が止まらない。
余裕をぶっかましたリバイアサンが、ナガトの左を遊弋している。
「主砲砲塔が動かなくなった。左舷バルキリーズジャベリン砲塔群、連射!」
木造船には、絶大な効果を発揮するバルキリーズジャベリン。だが、山のような想定外生命体にゃ、丸めた鼻くそをぶつけているようなダメージだろうか。
「触手の! あきらめてはいけない!」
右に傾きつつ、艦首を徐々に上げいくナガト。効きが悪くなってきた舵をとりながら白面鬼さんがオレを励ましてくれる。
窓の外を見ると、大きく円運動を描き、爆泳してくるリヴァイアサンの巨大な頭がこちらに向かってくる景色が広がっている。
リヴァイアサンはナガトと正面衝突をもくらんでいやがる!
「ナガト、右舷全速。主砲発射用意」
主砲を回頭できないのなら、船体を回転させて向きを変えるしかない。
ナガトは、二百二十四メットルの巨体をぐいと方向転換。五百メットル先に、リヴァイアサンのでっかい頭部が見える。
「主砲発射!」
角度的に規制されたナガト。一番と二番の砲塔を使ってガンガン撃つ。
リヴァイアサンの頭部重装甲は、片っ端から砲弾をはじいていく。
この距離で、重力砲でめいっぱい殴っても、厚い装甲を通すことができないようだ。
リヴァイアサンが、ナガトの横っ腹に突き刺さる!
その時!
真っ黒な光が、リヴァイアサンの巨大頭部にブチ当たった。
大爆発。
またまたギャリギャリと勇ましい音を立て、ナガトの側面装甲板を削り取りながら衝突を回避した
黒い光が、リヴァイアサンの進路を変えたのだ。
「間に合ったようだな、触手の」
真っ黒な巨体。黒山羊の頭に、蝙蝠の羽を被せたデザインのおどろおどろしい顔。
我らが魔王さんだ!
次話、触手ノ王編「魔王」
お楽しみに!




