触手ノ王 2.府中戦艦ナガト
「迎撃想定領域へ進入完了。索敵開始」
外部よりの情報が粛々と入ってくる。
ここは通常艦橋。戦闘艦橋はあるにはあるが、敵を嘗めまくっているので、そんな穴籠もりなんかしない。
ナガトによる海戦は2回目である。
2回目ともなれば、良くも悪くも慣れてくる。
「敵艦隊補足。数、二十隻。全て三本マスト」
連中は海賊。今回は掃討戦である。
おとなしく海辺の町を襲っていればいいものを、白紙委任の森に手を出してきたのだ。
こいつらただの海賊ではない。戦略・戦術に長けた西の有力部族である。
占領領域を増やした海賊共はオトリッチ王国を下し、白紙委任の森にまでその魔手を伸ばしてきた。
魔族を嘗めては困りますなぁ! ってことで、手痛いしっぺ返しの二回戦目である。
初回は巨神さんに手伝ってもらったが、次回である今回は白面鬼さんが共犯者……もとい、手伝ってもらっている。
「総員戦闘態勢!」
総員といっても、ここにはオレの分身と白面鬼さんしかいない。こういうことは、雰囲気が大事なのだ! 大事なことなので二回目の発言だ!
「よーし、ナガト浮上!」
オレの号令を受け、白面鬼さんがレバーを引いた。
「メインタンクブロー。ナガト浮上!」
アクションに連動して、魔道機関が唸りを上げる。
海面を割り、真っ黒な金属の船が現れた! 乗組員はオレ達である!
全長二百二十四メットル、全幅二十八メットル、総排水量三万二千トソの艦体。
所属は白紙委任の森・府中鎮守府。
三十セソチ厚の鋼鉄製装甲に覆われた艦体。
口径三十八セソチ三連装回転式主砲が、艦体前部に二基。後部に一基。後部には、一回り小さな副砲が一基設置されている。
計十二門の重力砲がハリネズミのように砲身を掲げていた。
巨神さんの異世界知識とナイトの異世界知識の融合の結果、生まれたのが、プロトタイプ府中戦艦ナガトである!
アルファベットカナ混じりで表記すると、大変危険な戦艦だと巨人さんが言っていたが、なんのことやらサッパリである!
修理に……もとい、改良に改良を重ね、カイゼンに次ぐカイゼンを経て、より完成系に近づけた弩級戦艦ナガトである!
「驚け! もっと驚け、海賊共よ!」
正面と左右の魔法スクリーンに、隊列を乱す木造帆船の姿が映し出されている。
……、半分くらい沈みかけているんだが。
……、隊列乱しすぎだろ?
……、どうしてこうなった?
「敵影補足。照準合わせ完了」
白面鬼さんは、いついかなる時でも冷静だ。こんな時まで、いかがかと思うが冷静だ。
「いや、それより、この状況はいくらなんでも変だろう?」
なにか……なにか、こう……巨大な怪獣が暴れまくった痕みたくねじゃ? これって、オレ達より先に暴れたヤツがいるんじゃね?
「戦う前に勝敗を決する。これを戦の理想と呼ばず何と呼ぶ?」
いやいやいや、この状況で攻撃したら、オレ達、なんか悪役になるんじゃね?
「もとより魔族は悪の権化。信念を持った悪を悪と呼ばず何と呼ぶ?」
「そ、それもそうだな」
白面鬼さんの目が据わっている。獲物を前にした、飢えた狼のようだ。……すげー怖い。
「艦長! 主砲発射準備整いました!」
「え? あ、そう?」
白面鬼さんはやる気満々である。
「よ、よし! あっさり楽にしてやろう。主砲、発射っ!」
「てーっ!」
第一主砲から第三主砲まで、連続して轟音と白い煙が発せられた。
時を置かずして、一隻の海賊船の近くに着弾。爆散した。至近弾でこれである。
海賊船は木造船である。攻撃魔法の極地、マギナ・グラビティ・ブレッドを喰らって、タダで済む物質など、魔族の分厚い顔の皮膚と、エルダー・ドラゴンの鱗と三魔の外装甲以外、この大地球に有りはしない。沢山あるじゃねえかとかそこ言わない!
「よーし、計画通りに各個撃破。全砲門撃て!」
「全砲門、てーっ!」
戦艦ナガトの砲門は、次々と火を噴き出していく。
「残存数1隻。逃走に入りました」
白面鬼さんが遙か遠くの海を見ている。ジレル並みの視力だな。
「残り1隻。撃ちー方ー、やめー!」
白面鬼さんの猛攻が止まった。
たった1隻残った選ばれた船。この海には化け物がいる。その恐怖を植え付けられた船が、本国へ必死で帰る。キャッチアンドリリースである。
戦艦ナガトは、戦闘速度より巡航速度へ落とした。
「続いて、第二次作戦に移行する。海賊の支配地域に艦砲射撃を加えるアレである。艦首、北に向けよ!」
「よーそろー」
オレの命令でオレの分身が舵を北へ切った。
「触手の。あれだけ重力砲を撃ったんだ。反動は無視できない。船体に異常は無いか?」
「数カ所に亀裂発生。浸水が認められるが大したことはない。応急修理で間に合うが、毎回これじゃたまらんな。なんか根本的に間違ってる気がする。」
亀裂は触手御用達の粘液を使って応急修理しておこう。
過去一回の出撃で拾ったデーターを元に、チェック部分は全て潰したつもりだが、どうしても実践に投入すると不良箇所が出てくる。
試作品でも十分なテストをしたが、材質の違いによる差異は実践で修正するしかない。
今後の課題である。
本番艦であるナガトを建造するのに手暇を惜しんだつもりはない。
ちゃんと試作艦を作ったところがエライと思う。ちなみに試作艦は、鉄製ではない。造形の自由さを優先して、自分の触手を材料に使っている。
「試作艦カゲロヲ」は全長三百メットル超の巨艦だったが、試験航海開始十五分後にあえなく沈没。
触手クレーンを総動員して引き上げた後、原因究明のため分解解析。
失敗を踏まえて作った本番品ことナガトは、二百二十メットルに縮めた。
装甲板の繋ぎには、勇者の彫像を固めるために使った分子結合殻技術(秘密の粘液)を使っている。この粘液は固まると、鉄より強くなる優れものである。
主機関は「ツィルウェッツエ・ナルュャョツヶァ・ネーゲァゥス=コェッォデム・ゲッホンゲホン」。人間の言葉に直すと「ツ号艦本ナ式ネコ缶」となります。
日が沈んだ頃、海賊共の拠点の一つに到着した。
第二作戦開始である。
今宵は満月。魔族故の暗視能力と、これだけの月明かりがあれば、昼間も同然。
バッチリ見える陸上施設へ、艦砲射撃を開始。
細かい話だが、ゼフの者を物見に派遣している。同行させたスライム分身を介して、着弾位置を補正。しらみつぶしに拠点を破壊していった。
物見の報告によると、現場は阿鼻叫喚の地獄絵図だったらしい。およそ、訳のわからない方法で攻撃を受ける事ほど怖いものはない。
ジレルからの報告だと、拠点は大小含めて四カ所。その全てを破壊し終わる頃には、深夜を過ぎ、翌日に入っていた。
砲撃の影響でまたもや浸水。
どうも溶接部分がなってないようだ。
万が一のため、魔改造と魔修理を施した試作艦をこちらに向かわせておこう。
オレは、艦橋の窓を開け、夜風に当たっている。
平和な夜だ。
さっきまで平和じゃなかったが……。
オレが持っている物。
それは、外洋航行可能な船という名の機動力。
そして配下に治めたゼフ一族。
後は……やり場のない、この焦燥感。
ワタシは芝生のような存在です。
千切って遠方の土地に放り投げても、根さえ張れば――。
ガゴン!
「なんだ?」
「今のは金属音だ。ナガトの鉄製船体が、固い何かとぶつかった」
船体が激しく揺れ、オレ達は転がってしまった。主砲発射の反動にも耐えられる巨体が揺れた。
「攻撃か?」
「二時の方向!」
舵を操作し、回避行動を取っている白面鬼さんが叫ぶ。
二時ってなんだよ! 海軍の専門用語?
オレは魔族時計の短針が、2の数字を指す方向を見た。
……海が山のように盛り上がっている。
盛り上がった山の頂上が裂けた。
巨大な頭部が空中に躍り出た。
半分の月の光を、そいつの青くヌメったボディが反射する。
魔族のオレが禍々しく感じるその存在。
知っているっ!
オレは、いや、オレ達魔族は、こいつを知っているッ!
次話は1月1日午前1時に予約投稿です。
ぶっちゃけ、ただの記念です。




