13.興きる国・終焉
やあ、レム君だよ!
俺の手にかかりゃ、大ゴルバリオン帝国もこのザマだ。
徹底的に破壊し尽くして、瓦礫も破壊し尽くして、それでも気が収まらず、地面でも耕して芋でも植えてやろうかと思った時だった。
「敵の大将の姿が見えねぇ。レム君、見かけなかったか?」
いつの間に戻って来たのだろうか。ガルが俺の横に立っていた。
「この混乱です。知らずに踏みつぶしてしまったかもしれません」
俺は片足ずつ、足の裏を確認してみた。特に殺人の物証は見あたらなかった。
「例え見逃したとしても心配はないわ」
サリア姐さんがふわりと着陸した。
「上から見てるから解るんだけど、ゴルバリオンの全軍が壊滅したわ。逃がしたのは戦争奴隷と少しばかりの敵騎士だけ。反撃の力は残されていないはずよ」
やけに自信たっぷりに言うじゃないか。
「なら安心だ。もうかまうこたぁねぇ。戦争終結だ」
ガルもお座りした。緊張感が体から抜けている。
「どうしてそんなこと言えるんですか?」
俺には、ガルの言ってることが理解できない。途中を省いているためだと思う。
「いいかレム君? ゴルバリオン帝国に、本国とか帝都とか存在しねぇ。皇帝の居る本陣が帝都であり、行政府であるからな。帝都が前線基地だ。どんな敵にもすぐ対応できる。意志決定が早い。それが帝国の強さの根源よ。逆に言うと、そこが弱点である。わかるかい? レム君?」
「すんません、言ってる意味が分かりません」
しかたねぇな。って顔をしたガルが、座り直した。
「オイラ達はゴルバリオン本陣を潰した。つまり、帝都と行政府を潰し、高級官僚共に人的大損害を与えたことになる」
「あ、なるほど」
分かった。
ゴルバリオンは俺たちに頭脳を潰されたんだ。政治を司る人材が、全員死亡した。
国家を支えていた軍事力が消滅した。
つまり、皇帝が生き残っていても、国が滅んでしまったの同じ事。
「軍事力を無くした以上、税の徴収は不可能。いわゆる財政破綻だ。ここからの帝国復活は、オイラでも難しいわー」
ガルが感慨深げに息を吐いた。
「なあ、毒竜さんよ、次の動きなんだがね。魔宮の回廊を抜けたんだ。解ってるよな?」
「フフフ、そうね。面白くなってきたわね。……。念のため、周辺を見回って皇帝を探してみるわね」
サリア姐さんが空へ上がった。クルクルと輪を描いて、皇帝を探し始める。
「なるほどね。侵略が出来なくなったときがゴルバリオンの終わるときか……」
行きすぎた軍事行動による税徴収の終焉だけに注視していたが、軍事行動不可による税徴収の終焉は予想できなかった。こちらの方が確率高かったのにな。
……おや?
「ねえ、ガル先輩」
「なんでぇ?」
「さっき変なこと言ってませんでしたか? 次の動きだとか魔宮を抜けたとか? 姐さんは姐さんで戦争が終わったのに面白くなってきたとか言ってましたし」
ガルが黙って俺の目を見つめていた。そしておもむろに口を開いた。
「アレだ……」
少し間が空いた。
「レム君と魔族を引き合わせる時が来た。そう言ってるんだ」
「そんな感じには聞こえませんでしたが……」
「旧帝都の地下に魔族の集会場がある。そこで魔王さんにも会ってもらおう」
なんか話が強引だな。この人はいつもこうだ。
「先輩、ゴルバリオン帝国は帝都を持ってませんでしたよ?」
「その帝都じゃねぇ。遙か昔、勘違いした栄華を誇っていたコア帝国の事だ」
「そんなの知りませんよ?」
「昔あった。あまりにも民意と支配者の意識が幼稚なため、オイラ達魔族の怒りに触れて帝国は瓦解。みすぼらしいまでに小さくまとまってしまったんだ。ランバルト公国ってのは、元々臣下の領土だったんだ。『公国』ってところがその名残だぁね!」
「ああ、そういう設定でしたか!」
ここは納得しなければいけないポイントなんだ。
「おお、嬢ちゃんもこっちへやって来た」
黒皇先生に乗ったデニス嬢とジム君が手を振っている。
「じゃオイラは嬢ちゃんの安全のため、残党狩りに出るぜ。後は任せた!」
ガルは走っていった。いつもならデニス嬢のお迎えに全てを捨てて駆けつけるというのに。
異常な事態だ!
「じゃなくて!」
俺は我に返った。
よくよく考えてみれば、俺たちの大将であるデニス嬢に何かあったら、それは俺たちの敗北である。
通常、大将到着までに周辺の安全を確認しておくべきである。ガルは、至極まともな行動に出ただけだ。
これが常識なのだ。ガルが常識の外から内側へ戻ってきただけなのである。
「じゃ、俺も全周囲を張り切って警戒しておきましょう!」
全天視野を解放して警備にあたる。デニス嬢の安全は任せておいてくれ!
こうして、今回の戦いはゴルバリオンの大敗。ランバルトの消耗、デニス嬢ちゃんのクエスト大成功という決着がついたのであった。
「あら、そう?」
デオナは、ダフネ戦死の報に対し、素っ気ない返事を返した。
何年と行動を共にした、旧遠征軍全滅の報に接した時もだ。
この話はこれまで、とばかりに、彼女は横を向く。壁に掛かった国旗を穴の空くほど見つめだした。
思考を集中させているのだろう。お面のような無表情だったという。
デオナは、この国のこれからのことに関して頭がいっぱいなのだ。
ただ……、
国旗は、フーランの丘の方角の壁に掛かっていたのであった。
さすがに1泊はしたが、仕事が終わったら、長居は無用。
デニス嬢ちゃんも、堅苦しいこと(緊張すること)が苦手なタイプなので、約束の報酬を貰うだけ貰って、ランバルトを後にすることにした。
デオナ姫が、一月くらいはランバルトに泊まって行けと懇願していた。まだ残党が残っているから外は危険だ、と言うのが表向きの理由だが、それだけではあるまい。
政治的なきな臭い匂いがする。
もとより、デニス嬢は野に下ることを望んでいる。
残党が王都に潜んだとの噂もある。
災害魔獣三体の側以上に安全な場所があれば、ゆっくりもするだろうさ。
そんなわけで――、
王都復活の槌の音を後にして、俺たちはランバルトを出て行った。
今回は心地よい去り方だ。
デニス嬢ちゃんは冒険者レベルのアップ(DからCへ)の期待に微乳を膨らませている。
ゴドンさんも、報われることになっている。
デオナ姫を単身救い出しに出奔した行為は、犯罪であるが、結果が伴ったのだから反故となった。
おまけに俺たちを連れてきたのだから、一躍救国の英雄である。
デオナ姫との関係に許しが出たらしい。本人が興奮しつつ報告しに来たのだから間違いないだろう。
……素っ裸だったんで……。その癖は早く直した方が良い。
……まかり間違って王にでもなったら、国際問題が発生する。
ビトールがランバルトの行政顧問に就いたので、そこのところは何とかなると思うが。
何とかなればいいと思うが……。
それは神のみぞ知る。
「ランバルトもこれから大変だぜ」
ガルが人事のように言っている。
「こっちも軍事力が消失しちまったんだ。将軍も軍指導者もいねぇ。外敵、外交、内政、考えるだけに面倒くせぇ。これからの国家運営、半端ねぇぜ」
「うーん、何とかなりませんかね?」
『なるようにしかならぬ』
「「おおう!」」
いきなり、黒皇先生が有り難いお言葉を述べられた。
『人は、置かれおいた境地に満足しない限り、いくらでも高みに登れる。そう信じることが何よりも大事だ』
「「仰せのままに」」
俺とガルは、平身低頭してお言葉を授かった。
『そしてガル君、悪どく立ち回る必要は無い。少しは友を信じよ』
「……あ、いや……」
謎のお言葉により、シメを持って行かれた感が半端なかったのであった。
一方――。
ゴルバリオン皇帝ハンネスは生きていた。
5日目の昼。戦場から遠く離れた山中で一人迷っていた。
側にいた幕僚達とは、早い段階で分かれている。バラバラになったと言っても良いだろう。
運が良かったのは、ランバルト側に、残党狩りをするための兵力が不足していたことだ。おかげで、今ここで、こうして空を眺めることが出来た。
ぶっちゃけ、体力の限界。倒れ込んだので空が視界に入ってきただけの話。
「なるほど。空は青いのだな」
今まで忘れていた。
首を横にすると、草の葉の青が目に入る。無力な芋虫が、葉の裏を這っている。
何を思うか、それじっと見つめる皇帝。
草を踏み躙る足音が聞こえた。
ゴルバリオン皇帝ハンネスは、死期を悟った。
せめて剣を振り回して死にたかったが、そうはいかないようだ。剣は二日前に無くしている。それ以前に、剣を振り回す体力がない。もっと前に、立ち上がる力と気力がない。
「これはこれで良し」
彼は目を閉じた。
傭兵稼業を続けながら、老域まで生きることができた。やりたいことは、ほとんどやり終えた。やり残したことは、いかに皇帝でも不可能なこと。例えば死んだ相手と話すこととか……。くそムカツク親爺とか……。
自分に関わった女共には悪いことをしたな。柄にもなくそんな想いが頭をよぎる。
ほとんど殺してしまったが、一人だけいたな。文句言わなかった女が。子供を産んでいたっけ? どうだったっけ? 忘れた。
「ハンネス皇帝」
名を呼ばれた。どうやら最後の時が訪れたようだ。
「ガハハハハハ! 情けない姿だな。なんてザマだ」
真上から降りてきた声には嘲笑が混じっていた。
「皇帝……いや、こうなってしまったら親爺殿と呼ぶ方がしっくり来るか?」
ハンネスは目を開けた。
髭面の大男が覗き込んでいた。
豊かな髭と相対的に、頭はスキンヘッドである。分厚い体。背が高い。
見覚えがある。たしか……
「アンティーロック城を任せたバルト・ローディア将軍?」
「グハハハハハ! まだ目は見えるようだな、くたばり損ないが!」
バルトは嬉しそうに笑った。
「そうだよ、親の七光りで将軍になったバルトだよ」
「親の七光り? 俺はお前の親なぞ知らぬぞ」
ハンネスから返ってきた返事に、バルトは変な顔をしてから答えた。
「あれ? 俺はてっきり依怙贔屓の人事だと思ってたんだがな、オヤジ殿」
バルトは変なことを言う。俺を親父だと……。
「まさかお前?」
「おいおい、やめてくれよ。てかマジかよ。俺は、あんたが愛人に産ませた子供だよ。知らなかったのかよ? 養育費くれてたろ? 俺は、てっきりあんたの愛情で将軍職に就いたと思ってたんだよ。ロマンをぶち壊すなよな!」
そう言って、バルトはハンネスの体を乱暴に起こした。凄い力だった。
「ほら、立てよオヤジ。いい大人がいつまでも甘えてんじゃねぇ」
「うるせぇ! 俺は5日もメシを食ってないんだ。年も年だしそう簡単に動き回れるか! それと皇帝陛下と呼べ!」
そうは言いながら、ハンネスの手をふりほどいた。ふらつくが自分の足で立った。
「うるせぇクソオヤジ! 生意気言うなら、食いもん渡さねえぞ!」
「……メシあるのか?」
ハンネスの腹が鳴った。どうやら体は生き抜く気満々のようだ。
「その先に荷物を置いてある。歩け!」
「……だめだ。動けない」
ハンネスは……人生で初めて、人に甘えてしまった。
「仕方ねえな。ほらよ」
バルトの肩は逞しかった。体が岩のよう。頼りに思える。
「俺は皇帝。もう一度立ち上がる。お前も協力しろ」
「無理無理! 絶対無理! 諦めろ! ついでに俺を忘れていた事を反省しろ!」
「バカヤロウ! 俺は反省しない人間なのが売りなんだよ!」
頭の悪い会話が、延々と続く。
ハンネスはバルトに引きずられながら、目に込み上げてくる熱いものを意地の力でねじ伏せていたのであった。
バザムは街道を歩いていた。
あの戦いを生き延びたのが、今でも不思議に思っていた。
あれから2年が過ぎていた。
すでに鎧や剣は手放した。生きていくため、全て金に換えた。
地位もない。金もない。戦う術もない。全てを失っていた。
名前を変え、過去を消し、人生の底辺を歩いてここまで来た。
1つの町で働いて金を得、次の町へ移動する。その町で働いて、旅のための金を貯め、また次の町を目指して旅をする。
「俺はどこへ向かっているのだろうか?」
人生の目的地だろうか? 旅の目的地だろうか?
自問自答するが、答えはある。
あんなに嫌だった故郷マール村へ向かって旅をしているのだ。
あの娘は待っていてくれるだろうか?
結婚を約束した娘。村一番の器量良し。
俺が村を出るとき、いつまでも待っていると泣いていた娘だ。愛を誓い合った女だ。
そして3年後。マール村へたどり着いた。足かけ5年もかかった。
将来を約束したはずの女は、子供を産んでいた。もちろん、バザムの子ではない。違う男の子だ。12を頭に三人もいる。
バザムが村を出た翌年、結婚していた。
親はずいぶん昔に死んでいた。家は取り壊されていた。
村の誰もが冷たい目でバザムを見る。
聖教会への価値観が変わっていた。そんなものに関わっていたバザムを村は受け入れない。
彼は失意のまま村を出る事にした。
失敗の人生だった。取り返しのつかない人生で失敗した。
村はずれに来た。振り返る。もう二度と来ない故郷を目に焼き付けておきたかった。
「バザム?」
唐突に声がかかる。
振り返ると、いい年をした女が目を丸くして立っていた。
「帰ってきたのね、バザム! お帰りなさい!」
そいつは不細工を理由で虐めていた女だった。村を出るとき、ブタみたいな声で泣いてしがみついてた女だった。
「お帰りなさい! あなたの帰りを神様に祈りながら、ずっと待ってたのよ!」
……そうか、
こいつがどこかの神様に祈っていてくれたから生きていられたんだな。
なぜか納得してしまった。
相変わらず不細工な女だったが、前のように目を背けたりはしなかった。
「お腹減ってない? お芋ならすぐ用意できるわよ。お家に来て。……バザム、どうしたの?」
バザムの目から涙がこぼれた。
俺の名前を呼んでくれる人がいる。
声を上げて泣いた。青い空に向かって、大声で泣いた。
少し後、マール村に新しい夫婦が誕生した。
真面目に一生懸命、畑を耕して、二人一緒に生きて、生きて、年を取って、普通に死んでいった。
そんな、ありふれた話だった。
「崩壊の新世紀編」-了-
「ホントにアンタの想定通りになったわね」
「いや、想定より1割多かった。でもこれは許容範囲内の数字だ。おいたをした子供にはペナルティを与えなきゃならねぇ」
「それも想定通り?」
「想定通りだ」
「レム君の事も想定通り?」
「想定通りだ」
「本当に?」
「……」
「レム君の事も想定通り?」
「……想定外だ」
そんな感じで、後を引く様な終わり方をしつつ、一旦幕を引かせていただきます。