10.デオナ
「ゴルバリオン帝国ハンネス皇帝陛下の名において、ランバルト公国と称する反乱軍に告ぐ。これより一刻(約2時間)の後、この都市の門を開け。王は、門より進み出て、無条件降伏を宣言せよ。刻限までに王がひれ伏さない場合、勧告が拒否されたと見なし、無通告で新兵器を王都に打ち込む」
ダフネ率いる主力軍を壊滅させ、ランバルトが誇る要塞デッド・ヒルを地上より消し去った新兵器。
その威を元に、ゴルバリオンの使者は居丈高に宣言した。
馬より下りようとせず、宣言文を読み上げる使者。失礼にも程がある。
しかし、その失礼を打ち砕く力がランバルトには無かった。
使者は、宣言文を放り投げ、下品な笑い声と共にランバルトの首都ブラストを後にした。
市井の人々は我先にと、ブラストを脱出していこうとした。
表門はゴルバリオンに塞がれている。ならばと裏門や横門に殺到したが、すでにそこはゴルバリオンに押さえられた後だった。
ネズミ一匹漏らさぬつもりらしい。
国を守る騎士や戦士はもういない。
ランバルトに戦う力は残されていない。
人々は、自分たちの運命に絶望した。
町のあちらこちらで暴動が起きる。残された警備兵では全てを押さえきれない。
「城門を開くべきです!」
「貴様、陛下を危険にさらす気か!」
「陛下のお命を保証する交渉をしてからだな――」
「そんな時間あるかーっ!」
「全員が死ぬんだぞ!」
ランバルト王を前にして、大臣による会議は紛糾した。
もはや会議ではない。ただの罵り合いとなっていた。
王はその様子を見て、うんざりしていた。
考えてる事は次の二つ。
デオナの話を真剣に聞いておけば良かった事。
ダフネを失ったのは痛かった事。
国王自身の命については、少し前に整理がついていた。
こんな時、頼りにならない王子達の身も諦めがついた。
いつまでも過ぎた事を考えていても仕方ない。
せめて神に愛された娘、デオナの無事を祈ろう。
前向きに考える事。
それは降伏か、徹底抗戦の二つ。
国民が死ぬと解っていて、さらに後世まで恥を残す降伏か……。
……名誉を守り、城を枕に討ち死にするか。
……デオナなら……
「静まれ!」
王が声を張り上げた。
騒音は波が引くようにして静かになった。
「方針は決まった」
皆が王を見る。ゴクリと唾を飲み込む音が聞こえてきそうな程、静かになった。
「都の門は開けぬ。徹底抗戦だ!」
オオーッ!
行き先がどうであれ、方針が決まった。
難しい話は、国の最高責任者である王が決めてくれた。
後は進むのみ。気だけは楽になった。
ゴルバリオン本陣で、ハンネス皇帝は良い香りの酒を嗜んでいた。
「そろそろ時間ではないか?」
皇帝は、時間を気にしているくせに、ランバルトの動きは眼中に無い様であった。
幕僚の一人が進み出た。
「バースト・ジャベリンの準備は整っております」
原始的ではあるが、カートリッジ式とも言える装填装置が開発されているため、次段発射までの時間が短いのだ。
「ふむ……」
ハンネスは、手にしたグラスを脇で控えるバザムに預けた。
「一気に踏みつぶすのも趣がない。ここは考えどころだな」
ハンネスは顎に手を当て、しばし考えていた。
「まず、帝都を囲む城壁の、こちら側だけを崩せ」
何のために? 幕僚はそう聞きたかった
バザムだけが目を泳がせている。
それをハンネスだけが気づいている。
「そうすれば、自分たちを焼き滅ぼすバースト・ジャベリンが飛んでくる光景がよく見えるだろう?」
「なるほど!」
幕僚達は、その光景を思い描き、サディスティックに笑った。
「帝都の住民に、自分が死にゆく道程をその目で見てもらおう」
席を立つハンネス。右腕を伸ばす。
「巨大な劇場を作ろうではないか!」
ハンネス皇帝は、大声で笑った。
そして急に真顔になる。
「切り崩せ!」
攻撃命令が下された。
ランバルト首都ブラスト。
いまさら地方駐在の騎士隊を呼び戻せない。
内部に残された軽装備の警護官と、国王親衛隊。それだけがランバルトに残された戦力であった。
帝都の北に位置する正面門広場に、少ない全戦力を集結させた。
指揮をとるのはランバルト国王。馬をかって駆けつけつつある。
二人の王子は連れてきていない。青い顔をして震えている者は、この場にいらない。
約束の時間まであと少し。撃って出るなら今しかない。
王は、高い城壁に向かって馬を走らせている。
ランバルト建国以来、一度も敵の侵入を許さなかった城壁が心強い。
王が部隊の先頭に出た。
馬ごと振り返り、訓辞を述べようとした時である。
40メットルを超える厚みを誇る城壁の向こうから、風切り音が聞こえてきた。
「下がれ! 後へ下がれ!」
部隊が移動する前に、轟く轟音。
目に見える限りの城壁が、大きく揺れた。
揺れたと思ったら、雪崩の様に崩れた。
バースト・ジャベリンの第一斉射により、北側の城壁が綺麗さっぱり崩れ落ちた。
城壁近くの建物が、瓦礫の下敷きになって壊れていた。
外と中の境目が無くなった。
遙か向こう。フーランの丘に陣取るゴルバリオン軍。
その前に、同じ形をした大型の機器が、ずらりと並んでいた。
遠い。弓が届く距離ではない。
「あれが敵の新兵器? まるで災害魔獣級の戦力!」
ランバルトが誇る15万の軍団を一撃で全滅させ、ランバルトが国力を傾注して作った最新鋭の大要塞を一撃で破壊し、今また帝都の城壁を一撃で崩落させた新兵器。
王は何も命令を出せなかった。
出した所で何も変わらない。
出す前に敵が動いた。
数えるのが嫌になるくらい並んだ新兵器より、破壊の投げ槍が射出されたのだ。
白い筋を引いて、何千もの魔槍が空へ駆け上がる。あの一本一本が、騎士百人に相当する戦闘力を持つ。
もし、目で見ただけで数を知る能力を持った者がいたら、魔槍の数を7千5百本だと申告しただろう。
「もう……だめだ」
親衛隊長が剣を落とした。
現実を受け入れず、何も考えられない者がいる。
神に祈る者がいる。
「どの神に祈るというのか?」
その実、王も全てをあきらめていた。
――すまないデオナ――
――狩りと戦と死を司る月神の娘、デオナよ――
――父を許せ。あの時、そなたの意見を聞き入れ、ゴルバリオンに対処していれば、別の結果があっただろう――
視界いっぱいに広がった魔槍が空の大半を覆った。
――せめて、生きていてくれ――
王は目を閉じようとした。
閉じようとして、ふと気づいた。
視野の端より、黒い点が一つ。しかりとした足取りで空を駆け上がってくる。
それは、ランバルトの人々が――金持ちも貧乏人も犬も全て空を見上げていた人々が――目に焼き付けた光景。
「あれは何だ?」
王が言葉にするのが先か、黒点が魔槍の群れに飛び込むのが先か?
空で光が生まれた。
太陽の何百倍もの火球が出現した。
轟音はその後からだった。
巨大な手で押しつけられた様な烈風に襲われたのはその次だった。
打ちのめされ、ひれ伏したランバルトの人々。
だが、死者はいない。
ゴルバリオンが放った魔槍は、全て空中で爆発したのだ。
総重量60トソの爆発物質量体を消滅させてしまう威力。どこからやってきたのか?
――何がいったい――
人々は見た。
崩れた城壁の向こうに、人ならぬ者の姿を。
変形させた左腕を空に向けて、そそりたつ巨人の姿を!
「ホーッホッホッホッ!」
少女の声と思わしき甲高い笑い声が聞こえてきた。
「助けに来てあげたわよ!」
声の位置を特定した。
黒金の巨神の足下。堆く積み上げられた瓦礫の頂上で、胸を反らして少女が笑っていた。
「デオナ!」
ランバルト国王が歓喜の声を上げた。
頭の悪りぃー連中に、蹂躙って言葉の意味を教えてやるがいいぜ!
次話「滅びを与えしモノ」
お楽しみに!