9.バースト・ジャベリン
フーランの丘の前。
大地が広範囲に渡り、沸騰していた。
沸き立つ泡の中。人が人の姿を保っていられない。
主の体を守る為だけに作られた鎧は紙の様に引き千切られていく。
鋼をも断つ大剣が、爪楊枝の様に折れて砕ける。
そこに死体は残らない。
フーランの丘が抉れ、三分の一の低さと変わり果てていた。
ゴルバリオンの新兵器、バースト・ジャベリン集中砲火の威力である。
「な、何だあれは?」
新兵器の威力を目の当たりにし、バザムの顔色が徐々に悪くなっていく。
「あれは……あれじゃあ……」
手まで震えてきた。
「やったぜー!」
「ランバルトは全滅だ!」
「見ろよ! 災害魔獣級だぜ!」
「バースト・ジャベリンがある限り、ゴルバリオンは無敵だ!」
ゴルバリオンの兵達が歓喜の声を上げている。
そのなかで、喜んでない者が二人。
「その方、味方が大勝したのに喜んでおらぬ様だが?」
一人目はハンネス皇帝。
「これでは、騎士が……」
二人目はバザム。
「……そうだ。お前の考えている通り。この戦い方が定着すれば、重い鎧や長い剣は必要なくなる。歩兵と軽装騎馬隊と工兵隊だけで戦争ができる」
「そうなっては――」
「そうなっては、お前が困るのだな? 騎士が必要とされぬ世界で栄達は望めぬか? だが、それが世の理想とすれば、その方どうするね?」
騎士の存在価値が無い世界。騎士のいない世界。それがゴルバリオン皇帝ハンネスの理想という。
「騎士のつまらぬプライドが無くなって、良い世界が出来るとは思わぬか?」
バザムは自己主張と権力の挟み撃ちに、答えを出す事ができず、押し黙っていた。
そんな様子に、ハンネス皇帝は、気をよくしていた。
「お前の名は?」
「……バザム・マール」
「お前は世の周りにいる者より利口そうだ。新兵器出現による価値観の変化にいち早く気づいたのは、バザムが初めてだ。これより、直接、世に仕えよ」
「あ、ありがたき幸せ」
バザムに断る術は無い。デッド・オア・アライブなのだから。
「あまり緊張するな。世の周りにいる者は、皆バカばっかりだ」
ハンネス皇帝は、自分で言って面白くなったのか、笑い声をかみ殺していた。
今ひとつ、釈然としないものがあるが、バザムは現状を受け入れる事にした。
――これはこれで良いのかもしれない。出世には違いないのだ――
「全滅した?」
ダフネ大将軍が率いるランバルトの主力が、一発で消えてしまった。
長らく見慣れたフーランの丘が姿を変えた。
その様子は、ランバルトの要塞・デッドヒルからも見えていた。
要塞の守備隊長は、自分の目で見ていながら、それが信じられずにいた。
「い、いかん!」
衝撃から立ち直れないが、何かしなければならない事だけは頭に浮かんだ。
「防備を固めよ! 全ての門を固く閉めよ! 迎撃準備!」
取り決められた命令を発する。
どんな目標でも与えられれば人は動く。
後は目標に向け、配下の者達が細かい命令を出していく。
弓兵が城壁に陣取り、大量の矢が上げられる。
落とすための石が用意され、まき散らすための油が煮られはじめる。
門は固く閉じられ、頑丈な閂と補助器具が添え付けられる。
城壁の高さは50メットル。厚さは10メットル以上。門の近辺は20メットルを越える厚みを持たせている。
周囲5キロメットルの大要塞。
生半可な攻城兵器を打ち込んでも、逆に攻城兵器が壊れてしまう。
守りは完璧だ。
敵の不思議な攻撃にも耐えられる。築城の粋を集めて作られた最新鋭の大要塞。落ちるはずがない。
そう思いたかった。
遮る者がいなくなったゴルバリオン軍は、悠然と陣を敷設していた。
量産型バースト・ジャベリンは一基50発発射を可能としている。
それが横一列に50基も整列した。2500発のバースト・ジャベリンだ。
ダフネ率いるランバルト主力1万5千を吹き飛ばしたのは、20基・1千発。
その2.5倍の数が勢揃いした。
これだけで終わらない。
この後方に、もう一列並びつつある。これで5000発のバースト・ジャベリン群。
5倍の火力が整いつつある。
それだけではない。
部隊の後方に、戦場へ到着しつつあるバースト・ジャベリンの発射台が列を成している。
魔槍の補給部隊はその倍できかない。
ゴルバリオン帝国は――ハンネス皇帝は、この兵器にどれだけの金をかけたのだろうか?
要塞デッドヒルとして、バースト・ジャベリンが整列する前に、何とかして無力化しようと撃って出るのが正解だったろう。
要塞を任された守備隊長は、それをしなかった。
バースト・ジャベリンの威力を目の当たりにし、消極的な戦法を選んだ。
敵の新兵器が何なのか解らない。真の威力が解らない。数も運用方法も。
見た事も聞いた事も無い、姿すら知らない新兵器。
正体の分からぬモノに対して人間は恐怖する。
夜に出会う魔物と同じ恐怖を与える。
極端な守りに転じた事を責めてはいけないだろう。
彼らは、敵と未知の恐怖という二者と戦ったのだから。
ゴルバリオン軍は、慌ただしく動いてる。
彼らにしても、これほどの数を運用するのは初体験なのだ。
「照準合わせ! ジャベリンを拡散させるな! 密集させすぎて自爆させるな!」
「仰角合わせ! 左右展開範囲2番!」
ギア音を鳴り響かせ、微調整が繰り返される。
この時がバースト・ジャベリン運用時における最大のウイークポイントなのだ。ここへ重装備の騎士に突っ込まれたりしたら、手が付けられなくなる。
しかし、その騎士はもういない。
先の戦いで、全滅した。
ゴルバリオン軍は、何も恐れる事なく、新兵器の用意に集中できるのだ。
「陛下! バースト・ジャベリン発射準備が整いました。ご命令を!」
「思ったより時間がかかったが、まあよい」
ハンネス皇帝は、戦場に似つかわしくない豪奢な椅子より、悠然と立ち上がった。
戦場にかかわらず、鎧のたぐいを装備していない。
『陛下は鎧が必要でない事を体現しているのだ』
斜め後方で鎧を装備して立つバザムは、言われなくとも皇帝の真意を理解している。
いや、皇帝の皮肉を理解している。
その気配を察した皇帝は、口の端を吊り上げて笑いとした。
「では行くか。者共! 準備は良いな!」
「オオーッ!」
皇帝のかけ声に、勇ましく答えるゴルバリオンの兵士達。
「バースト・ジャベリン、全弾発射!」
5千発の魔弾が打ち上げられた。
各自が触れ合って自爆する事ないよう設定された弾道を描く魔弾。
放物線を描きながら、敵が誇る大要塞へ向かって飛びゆく。
視界に納まる限りの空が、黒いジャベリンに覆われた。
風切り音を立て、新鋭の大要塞へと落ちていく。
厚さ10メットルの壁が粉末になる。堅牢な石造りの楼閣が消し飛んだ。何百トソの重さに耐える土台が掘り起こされた。
まるで高波に掠われる砂の城。
その光は、ランバルトの首都ブラストからも観測された。
ランバルトの国民が沸き上がる雲を見た。
遅れて届いた雷鳴に似た音を、恐怖の心が拾った。
偵察に出した部隊が報告するまでもない。
厚い城壁も、大規模な迎撃装置も皆、塵と化した。
ランバルトが誇る大要塞、デッド・ヒルは、跡形も無く消し飛んだのだ。
これでランバルトを守る軍隊も、要塞も無くなった。
残ったのは、ランバルトという名の政治システムだけだった。
ランバルトの窮地は続く。
「あれが敵の新兵器? まるで災害魔獣級の戦力!」
次話「デオナ」
お楽しみに!




