7.絶対無敵
巨人、ジャイアント・番場が立っていた。
広い肩幅、うっすらと浮いた肋骨。
そう、俺の目の前には、赤いちゃんちゃんこに赤い大黒頭巾をかぶった、ジャイアント・番場が圧倒的に凄まじい迫力で立っていたのだ!
「だめだ! この御大に勝てるわけない!」
心の底から恐怖が湧いて出てくる。
俺が生まれた時からプロレスラーだった男。プロレスを体現している男。俺の憧れ。
ステージはプロレスのリンクとなった。
ちょっと待て。番場のセコンドについてるの、アントニオ伊波木じゃないのか?
あっ! 縞柄のシャツ着て……レフリーはテリー・ファンク・ジュニアか?
ききき、き緊張するっ!
ゆったりとした動作で、リングロープに身を預ける御大。一見隙だらけだが、騙されてはいけない。この動作、すでに試合は始まっているッ!
「おいレム君! なにビビってんだ! 相手はデカイが、レム君が敵わぬ相手じゃないだろう?」
セコンドに付いたガル。喧嘩腰である。
「あの人は昔こう言いました『プロレスとは「プロレス」である』どうです? すごいでしょう?」
「いや、すまねぇ。何言ってるかサッパリだ」
すげー無表情なのが、すげー気に障る。
「ちょっと犬さん! 何これ? レム君、戦う前から負けてるじゃないの。あんたが何とかなさいよ!」
サリア姐さんが何か言ってるみたいだが、頭の中で意味が構築できない。
「……そうか、あの人はレム君の憧れか。うむ」
ガルが、なにやら一人ブツブツ言っているが、気にしている時間はない。
「おいレム君!」
ガルがキャンバスに前足を乗せた。
「まさかレム君、あの人に勝とうって考えてるんじゃねぇだろうな?」
「なに言っんすか! 勝てるわけないでしょう!」
「じゃ、なんでビビってんだ?」
そしてガルは、横を向いて小さく呟いた。
「あーあ、……こんなチャンスもう無ぇかもしれないだろうに」
「え?」
「だってそうだろ!」
今度は大きな声で。
「レム君憧れの人だろ? タダで戦えるんだろ?」
「え? よく考えればそうですね」
そういやそうか。
「レム君のお隣さんは、あの人と戦った事あるか? お友達は? もっと広げて知り合いの中にいたかい?」
「……いませんねぇ」
いるはず無いだろ。
「だったらこのチャンス、生かさなきゃ失礼だろ? 勝てるわけないなら、勝つ気なんか持たなきゃいい。自分の持ってる技を全力でぶつけて負けてこい。いい思い出になるぜ!」
「それもそうですね」
「よーし、最初から全力出してブチ当たれ。あいつに捕まるまで走り回れ! 連続技を仕掛けていくんだ。そしてあいつの攻撃を食らって潔く負けよう! 思い出作りだ!」
「よーし! 俺、やっちゃうよ!」
なんか、やる気出てきた。
「よく言った! では、無謀神降臨せよ!」
「無謀神降臨完了! いくぜ!」
俺は、青コーナーに体を預け、リラックスを心がけた。
普通は選手双方が中央へ出てきて、ボディチェックから入るんだが、ここはそんな悠長な事をしている場所じゃないようだ。
レフリーがリング中央へ出てきて両手を挙げている。
試合開始用意の合図。
ちゃんちゃんこを脱いだジャイアント番場が、怠そうに両手を挙げ、戦闘態勢を取る。
見た目に騙されてはいけない。これは脱力。力をフルに出す前の準備であるっ!
そしてレフリーが手を振った!
「ファイッ!」
ゴングが鳴った!
俺はいきなりダッシュ。ホバーも使ってダッシュ。
体を低くして、ジャイアント番場の膝上に、全体重を乗せたタックル炸裂! 成功!
ゴキン!
変な音がしたけど気にしない! 後ろへ倒れ込む番場はそのまま。勢いが死なないうちに駆け抜ける。
一息に赤コーナーを駆け上がり、トップロープからジャンプ!
後方伸身で一回転。ジャイアント番場に敬意を表し、五体投地状態でボディプレス!
めきゅぼきょ!
変ナ音ガシタガ、キニシナイ!
まずは、そのままの姿勢でフォールを宣言!
すぐ返されるだろうけど、俺はジャイアント番場をフォールに持ち込んだ!
すげーぜ! こんな俺のショボイ攻撃を全てワザと受けてくれた。なんて懐の深い人だ!
「ワンッ!」
マットを叩く音。カウントが入る! テリーのカウントが入るゥッ!
「……ツゥーッ!」
二つ目のマットを叩く音。
なんか、ゆっくりめのカウント2が入るッ!
「……」
3つめは滞空時間が長い。
カウントを取るテリーの腕が、垂直に上がったままだ!
「……」
長い! 長いぞ! なんて滞空時間の長いカウントだ!
「……」
まだ入らない! 3カウントとはここまで重く遠い道のりを要するのか!
「スリーッ!」
入ったーっ! 3カウント入ったーっ!
カン、カン、カン、カン!
「試合終了。試合終了。9秒08、巨神レム選手、フォール勝ちです!」
場内アナウンスが入る。
「やった! やったぞレム君!」
ガルがリングへ飛び出してきた。
な、なんかわからねぇけど、お、俺、か、勝ったのか?
「勝っちまいやがった! レム君、初めてだぞ! 認証試験で勝ったヤロウは!」
そうか! あのジャイアント番場にフォール勝ちしたのか!
「ウィーーッ!」
俺は勢いよく右腕を上にあげ、勝利の雄叫び上げた。もちろん、牛の角に見立てたて、お母さん指と赤ちゃん指の二本を立てている。
「勝者、巨神レム」
抑揚の無い声が耳に入った。
リングが消えていく。
もう一度番場を見たい。
振り向いた。ジャイアント番場が消える刹那だった。一瞬、赤い液体っぽいのが見えたけど、ジャイアント番場は消えてしまった……。
さようならジャイアント番場。さようならバンバ・ザ・ジャイアント。
俺はこの思いでだけで一生、生きていける……。
洞窟の主が喋っている。
「ま、まさかっ! 登録の検査でっ、勝利を収める者がいるとはっ!」
セリフの中身はともかく、全く抑揚のない声である。
何食ったらここまで冷静でおられるのだろうか?
「……コホン!」
しつこいようだが、抑揚に乏しい声で喋っているのである。
「巨神レム、登録完了。通行を許可する」
そして、声と声の気配が消えた。
……思うに。よく勝てたと思う。これは奇跡だ。
世界最強のプロレスラー、ジャイアント番場になんか、絶対勝てないと思っていた。
……拳神、マス・オオヤマにも勝つ気がしないが……。
「な、なんか凄い戦いだったわね」
デニスが額に汗を浮かべていた。
「た、確かに。最後はスプラッタだったけど、巨神の抜きんでた強さを再確認する戦いでしたわね」
デオナも額に浮かんだ汗を拭う。
「ゴドンさん、ビトールさんどうしよう?」
ジムは比較的冷静だった。
すっかり魂の抜けてしまったビトールの心配をしてる。
「騎士の情け。せめて魔宮の回廊を抜けるまでは世話をしてあげよう」
ゴドンも冷静だった。
既に素っ裸となっていた。これ以上脱げないので、冷静にならざるを得ないのだ。
ジムはビトールの体を彼の愛馬にくくりつけ、曳いていくことにした。
「よし、あらためて出発!」
服を着直したゴドンの命令により、一行は再出発をした。
果たして、ゴルバリオンの侵攻に間に合うのであろうか?
デニス達一行が去っていった、ステージ近くの回廊。
また抑揚のない声が聞こえてきた。
「巨神レム。初めて登録検査で勝利した魔獣。やはりあの体は特別であったか」
小さい小さい声だった。誰にも聞こえない独り言の声であった。
「あのお方に用意された……いや、それは言うまいぞ」
抑揚のない声は続く。
「勝ってしまってはデーターが取れない。対策を練るのに大きなハンデを負ってしまったが、あの体では仕方あるまい」
それっきり、声は消えてしまった。
残り1日も半分を切ってしまった。ランバルトまで10日の距離である。
誰が何と言おうと、あのお方とダイナマイトキッドは別格です!
「誰が見ても、もはやこれまで」
ダフネが笑った。
次話「ゴルバリオン強襲」
話が走り出す。
お楽しみに!




