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6.認識

「巨神レム。準備は良いか?」

 無感情の声が、抑揚を殺してレムの名を呼んだ。

 対して、レムは無反応。黒いモノリスに顔を向けたまま微動だにしない。


「待て! 声の主よ!」

 大きな声を出したのはビトールである。


「登録の儀式なら、まず人間である私が受けようではないか!」

 声がどこから聞こえるのか解らないが、一行の前に出て、存在をアピールしていた。


 この空間は距離を縮める不思議空間という。それを軍事利用できれば世界征服も夢ではない。軍師として、何としても手に入れたい回廊だ。


「声の主よ! 答えよ! そなたは何者だ!」

 ビトールの声が空洞に木霊する。


 やっとの事で、抑揚の無い声が答えてくれた。

「そこに人間がいるのか? あまりにも魂が小さいため、我では感知する事が困難なのだ」

 ずいぶんと失礼な物言いだ。


「我は回廊の支配人。だがそれに意味は無い。それよりも、確かに存在するのだな? 人間よ」

 声の主、回廊の支配人を名乗る者は、人間であるビトールを認識できないでいる様だ。


「声が聞こえないのか!? 私は存在する! 私の名はビトール・コルデロ! スリーク王国、ベルド様配下の参謀長だ!」

 ビトールは、己の存在を声高らかに宣言する。


「人間を5体認知。人間ビトールよ。儀式は、巨神レムだけが受けるべきもの。人間ビトールは、儀式を受けずとも今回に限りこの回廊の通行は許可される」

 抑揚の無い声が洞窟に渡る。


 ビトールにとって、それでは意味を成さない。永久的な通行許可と、魔宮の回廊へ入る道筋を見分ける目が必要なのだ。


「いいや! 是非とも受けさせてもらう!」


 回廊の支配人はすぐには回答しなかった。何かを考えているのか、誰かと相談しているのか、しばしの間があった。


「よかろう。登録の儀式を受けてみるがよい。ただし、**の弱い人間故、試験形式とする。試験に合格すれば、登録してやろう」

 **の部分が聞き取れなかった。人間の言葉ではないようだ。人間がボキャブラリーとして持っていない概念なのだ。


「恩に着る! 早速始めよう」

「ならば、ステージに上がれ。戦ってもらう」


 戦いと聞き、ビトールは我が意を得たりとほくそ笑む。

 こう見えてビトールはギオウ流王級の腕前を持っている。

 目の前に闘技場並みに広いサークルが現れた。どう考えても回廊の横幅より大きい。この空間はどうなってるのだろう?


「ルールを聞こうではないか」

 ビトールは迷う事無くサークルへ足を踏み入れた。中央へ向かって歩いて行く。


「真剣勝負である。勝てば永久通行の許可を出そう。我が見るのは人間ビトールの**である」


 サークルの中央は明るかった。

 ビトールは腰の剣を抜き放ち、隙無く構えた。


「さあ、相手は何者だ?」


 抑揚の無い声が、ビトールに対戦相手を告げる。

「人間ビトールの相手は、人間ビトールが絶対に勝てないと自ら信じている存在である。健闘を祈る」

 祈ると言いながら、まったく祈ってない声だった。


 大きなサークルを取り囲む景色は、いつの間にかスリーク形式の闘技場と化していた。

 不思議な出来事に怖じ気づくどころか、逆に猛るビトールである。


 ビトールの目の前、2メットルの位置に、光の円盤が現れた。

 円盤は中へ上がっていき、2メットルの高さを持つ円柱となった。

 見る間に円柱は消え、代わりに一人の男が立っていた。


 黒い甲冑に黒いマント。見るからに鍛え抜かれた体つき。

 その男は――。


「ベルド様……」

 ビトールは惚けていた。


「い、いやそんなはずはない! ベルド様はキュウヨウで……」

「久しいな、ビトール」

 その声は紛う事なきベルドであった。

 その目の輝きはベルドのものであった。


「遠慮はせぬぞ」

 黒い鞘よりベルドは長剣を引き抜き、片手で構える。

 両手剣を片手で振り回す腕力を持つ。ベルドは豪剣タイプであった。


「いや、お待ちくださいベルド様!」   

 およそ闘技場に上がって、待てと言われて待つ剣士はいない。


 ベルドは無呼吸で剣を一閃させた。

 かろうじて剣で受けたビトール。剣を持つ腕が痺れた。


「ほ、本物だ!」

 ベルドの第二撃がやってきた。剣を合わせる事無く、ビトールは逃げた。


「逃げるな! ビトールっ!」

 ベルドが吠える。黒衣の将軍が、身も凍る殺気を放って、剣を振り回す。


 ビトールは震撼した。

 尊敬して止まないベルドが、自分を殺すつもりで豪剣を繰り出してくる。


「死ねっ! ビトール!」

 叩き付けられる殺気。


 ビトールは動けなかった。なにも考えられない。無とは正反対の境地、雑念の固まりとなり棒立ちになっていた。

 そこへ激烈な殺気と共に、ベルドが豪剣を振り下ろす。


 かろうじて脳天直撃は避けられたが、肩口にがっちり剣の根元が食い込んだ。

 ベルドの放った斬檄は、鎖骨を断ち切り、肋骨をぶつ切りにし、内臓を引き裂いて、下へと抜けた。


 袈裟懸け、一刀両断。


 血しぶきを上げ倒れるビトール。

 ビトールの意識は、どこかへ行ってしまっていた。


勝者(ウイナー)、ベルド。敗者、ビトール」

 相変わらず感情を微塵も感じさせない声である。

 闘技場が消え、ベルドが消えた。


「ビトールさん! ジム! 二番の荷物! サラシと傷薬を黒ちゃんから下ろして!」

 大慌てで駆け寄るデニス。

 ジムも慌てて荷物をほどく。


「なぜ……ベルド様、なぜ……」

 うわごとの様に呟くビトール。


 鎧は砕け、体から川の様に血が流れ出ている。

 デニスは血で汚れるのも厭わず、ビトールの体に取りついた。


「しっかりして! あれ?」

 ビトールの体を起こしてみると……、傷が無い。血も滲んでない。

 それどころか、鎧や服が壊れても破れてもいない。


「安心せよ。これは全て幻覚だ。ただし、当の本人にとって経験した事柄は事実と何ら変わりはない。人間ビトールの永久通行権利は失われたが、今回に限り通行は可能である」

 相変わらず何の感情も無い声で、事実のみを淡々と伝えてくる。


『あれは痛いよな。オイラんときもそうだったけど』

『人間ごときに耐えられるかしら? 精神が壊れてなければいいんだけど……』

 魔族が人間を心配していた。


「では、本来の目的、巨神レムにおける登録の儀式を行う」

 もうビトールに関心は無いのだろう。本命であるレムを指名した。


「巨神レム、ステージへ進め」


 その場にいる人間と魔族、全員の視線がレムに集中した。

 レムは……なんか違う方向を見てボーっとしていた。


『おい! レム君! お呼びだぞ!』

 ガルが声を荒げた。

『え?』

 そこで初めてレムが気づいた。


『なにボーっとしてやがる! 早く丸い輪っかん中へ入れ! そこで戦え!』

『ああ、はいはい!』

『返事は一回!』

 そんなこんなでレムがサークルの中へ入った。


『よーしどんと来い!』

 切り替えの早さがレムの特技の一つである。腰を軽く落とし、戦闘態勢は整った。


「巨神レムの相手は、巨神レムが絶対に勝てないと自ら信じている存在である。健闘を祈る」

 抑揚の無い声でビトールと同じアナウンスが流れた。  


『え? 勝てないと思う相手って、まさか魔神さん?』

『いや、あれは例外だ』

 ガルが電光石火で突っ込んだ。


 ビトールの時と同じく、レムの目の前の床に光の円盤が現れた。

 それがゆっくり上がり、レムの頭を越すほどの高い円柱となった。


『レム君が勝てねぇ相手って……どんな野郎だ? オイラや毒竜さんじゃあるめぇ。かと言って魔王さんや触手さんにゃ会った事ねぇし。バライト・ゴーレムバージョンはすでに勝ってるし、どんなけ凄い相手なんだか――』

『犬! うるさい!』

 サリアの一言でガルが黙った。


 そうこうしている間に円柱は消え、代わりに一人の男が立っていた。

 巨人がレムを見下ろしていた。

 レムより頭二つは高い位置に顔がある。


『だっ! 駄目だ! 勝てねえ!』


 それを見るなり、レムが叫ぶ。そして後ずさる。


 レムが恐れる相手とは……


『あ、あんたは、いや、あなたは!』


 レムの動揺が激しい。

 

 目の前に立つ者の名は……





 や、やあ、レム君だよ!

 俺の目の前に立っている、赤い服を着た戦士の名前は――



ガルが言った。

「まさかレム君、あの方に勝とうって考えてんじゃねぇだろうな?」

次話「絶対無敵」

おたのしみに!

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