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5.魔宮の回廊

 残り1日。ランバルトまで10日の距離である。


 今日はガルに乗ったデニスが先頭に立っていた。

 一行は藁にもすがる思いで、デニスの夢予言に賭けていた。


 そして出発して半時あまり。


「ここね!」

 デニスがガルを止めた。


 岩が剥き出しになった地形。その一角に亀裂の入った場所があった。

 縦に入った亀裂は大きく深い。

 確かにレムが入れるほどの大きさ。なのに気をつけなければ見逃ししまいそうな存在感の無さ。


 奥はコントラストの強い影になっているが……、影と言うより闇と呼んだ方がしっくり来る黒さ。

 薄ら寒い恐怖を感じる。

 本当に足を踏み入れて良いのだろうか?

 一同は、本能から来る怖さにより、一歩を逡巡していた。 


『ここですか? 魔宮の回廊の入り口は?』

 興味半分で覗き込むレムである。


『今日のこの時間帯の入り口はここだ。昼過ぎにはここの入り口は畳まれる。次にここが入り口になるにゃぁ新月を待たなきゃならねぇ』

 ガルがレクチャーを垂れる。


『なんか複雑なんですね。出現の時間帯とか場所とか制限があるんですか?』

『まあな。てぇして難しい事じゃねぇ。一回潜りゃ、大体わかる。そのうちレム君にも出現のカンが付くだろうさ。そんなことより……』

 ガルが後ろを気にしている。


『めんどくさいのがやってきた様だぜ』

 その頃には、レムも気配を察していた。


 レムの視界はほぼ全天360度。後ろを振り向かなくとも見る事が出来る。

 汚い成りをした騎士が一人。こちらに向かって馬を飛ばしていた。


「きさまら! 待てい!」

 馬上の男はだれあろう、サリアの策に嵌まり脱落した部隊を率いていたビトール・コルデロである。


「リデェリアルの魔獣使いデニス! 私に覚えがあろう?」

 デニスは固まったまま目を泳がせていた。

 ちょっと記憶に無い模様。


「あ、キュウヨウにいたおっさん! 名前は……」

 指をさすジム。名前までは思い出せなかった模様。


 デニス、お前はどうだと待つビトール。

 しかし、デニスはまだ思い出さない。首をかしげたままだ。


「くっ! ここであったが百年目! 我が主、ベルド様の仇をここで討たせてもらう!」

 このままでは間が持たない。

「おっさん一人かい?」

「ぐっ!」

 何気なく放ったジムの一言がビトールの胸を抉った。


 まさか食中毒で部隊が行動不能になったとは言えない。

 おまけに、給仕していた美人に金目の物をゴッソリ持って行かれ、軍事行動が不可能となり、解散せざるを得なかった事など口が裂けても言えない。美人局と大して変わらない詐欺なのだから。


「だまれっ!」

 ビトールは、馬上のまま剣をすらりと抜き放つ。


「待ちたまえ! レディに対して狼藉はランバルトの騎士、ゴットフリート・バウムガルテンの名において見過ごすわけにはいかぬ!」

 活動時間の関係で鎧こそ着用してないが、ゴドンも騎士の端くれ、腰砕けながら愛剣を引き抜いた。


「邪魔立てするなら切って捨てる!」

 まともに戦えば、ゴドンは真っ二つである。


 ここに至り、冷静さを取り戻した人物がいた。

 デオナである。


「そこな騎士。こちらは名乗りを上げたのです。礼儀として名を名乗りなさい!」

 凛とした口調。さすが姫君である。


「申し遅れた。私はスリーク王国ベルド将軍配下のビトール・コルデロ」

 ビトールが名乗りを上げた。


 デオナはうっすらと笑い、勝ちを拾いに行った。


「私の名はリリス・デオナ・ランバン・ランバルト。ランバルト公国第三王女にして外遊遠征軍を預かる身」

 堂々と胸を張り、名乗りを上げるデオナ。外遊遠征軍とは魔獣三体をつれた、とある少数精鋭部隊のことである。


 ランバルトの王女と知り、ビトールは失礼の無いよう馬を下りた。


「情けない話ながら、軍事行動中にゴルバリオンに不覚を取り、身柄を拘束されていたところを配下の者に救助された。そしてゴルバリオンの調査結果を本国へ持ち帰る最重要使命遂行という公務の最中」

 デオナはたたみ掛ける様に言葉を繋いでいく。


「リデェリアルの魔獣使いデニスは、配下の者が戦力補強のため、正式に冒険者ギルドを通して雇い入れたもの。時限的であるが正式にランバルトのため働いてもらっている」


 頭の良いビトール。その顔に失敗感が広がっていく。


「スリークの騎士ビトールよ。私は軍事行動中である。そなたが国と所属を名乗ったうえ邪魔立てするというのなら、スリークが我がランバルトと、事を構えると解釈してよろしいか?」

「い、いや、それは……」

 大事になりそうな気配に、ビトールの腰が引けた。


「デニスに危害を加えるという事は、我が部隊に危害を加えるという事。ならば我らは持てる戦力を総動員して――」

 デオナはその場を囲むようにして立つ三体の魔獣を手で示した。

「――ランバルトはスリークに宣戦を布告する!」


 ビトールは敗北を悟った。


 なにせ、ビトールはスリークを離れての単独行動である。スリークに責任は無いが、ランバルトに軍事行動を起させる口実を与えてしまう。

 そんな事になれば、ベルドに合わす顔が無い。

 命一つで補える失態ではない。


 だが、一度言った言葉を引っ込めるわけにはいかない。それこそベルド隊の名に泥を塗る事になる。


 ビトールの逡巡をデオナは見逃さなかった。


「ビトール。ここはこのまま行かせてはくれぬか? 事が終わったら、そなたの言い分を聞いてやってもよい」

 先送りにしようというのだ。


「ゴッドフリート様、ここは剣をお下げください」

 デオナの命により、ゴドンは渋々といった感じを醸し出しつつ、内心ホッとしながら剣をおさめた。


「致し方あるまい」

 渡りに船。ビトールも剣をおさめた。


「ビトール。我らはこれより、リデェリアルに伝わる秘密の回廊を抜けます」

 デオナは、ビトールにとって不思議な事を言った。


「10日の距離を1日で抜ける魔法の回廊です。興味ありませんか?」

 ビトールはその内容に心を奪われた。興味があるなんて物ではない。


 これは軍事上、とんでもなく貴重なものだ。是非とも企てに参加したかった。

 これがビトールを引き込むデオナの策とは知らず、一も二も無く参加を申し出た。


「ならば、ランバルトとゴルバリオンの戦いに決着が付くまで、手出ししない事を誓いますか?」

「誓います。今は亡き我が主、ベルド様の御霊に誓って手出しは致しません」   




『ほー、あの姫さん、なかなかやりやがるな。うまく丸め込みやがった』

 ガルが感心していた。


『争い事が回避できて結構ですが、……いいんですか? 関係ない人間を魔宮の回廊に連れ込んで』

 心配性のレムである。


『かまいやしねぇ。どうせ人間ごときが自由に出来る代物じゃねぇしな』

『そうなんですか?』

『入いりゃわかる』

 ガルは悪戯小僧の様な目をしていた。



 さて、一行は仕切り直しをした。

 デニスを乗せたガルが先頭。以下、デオナとゴドンを乗せたライトニングボルト。ジムを乗せた黒皇先生。ビトールが後ろに続き、レムとサリアが最後を詰めた。


 入り口は闇である。

 いや、闇というより「黒」であろうか?

 闇は闇なりに立体感があるものだが、この黒いモノにそれがない。


 まず、緊張するデニスを乗せたガルが黒に飛び込んだ。

 意を決したゴドンが馬を前に進ませる。その後に続いて、残りの者達が魔宮の回廊へと入っていった。


 デニスは一呼吸の短い間だけ、上下左右の間隔を無くしていた。すぐに目が薄暗がりの中で景色を捕らえた。


 そこは巨大な洞窟だった。ひんやりとしている。

 左右に洞窟が伸びていた。断面が四角い洞窟だ。天井がひたすら高い。

 何者かの手によるものであろうか? それとも自然に出来たものであろうか?

 どちらとも言えないし、どちらとも言える。


 光源は見当たらないが、目は見える。明るくはない。影の中を歩いている。そんな場所だった。

 どうやら魔宮の回廊への侵入に成功した様だ。


 後ろの「黒」から、仲間達が現れた。デニスと同じ反応をするのがおかしかった。

 レムとサリアが入って来て、黒が消えた。

 出入り口が消えた。

 回廊に密封された状態となる。


 ガルが歩き出した。彼には道が解るのだろう。

 足下は、ほぼ平ら。今朝まで歩いてきた山道とは比べものにならない。


 時折、両方の壁に不思議な文様が刻まれているのが見て取れる。だとすると、ここは意図的に作られたものとなるが、そうと断定できない不思議な違和感がぬぐえない。


 しばらく進むと、六角柱のモノリスが目に入った。


 それの声は唐突に聞こえてきた。

「初めての者を1体確認」

 まったく抑揚の無い声が回廊に響く。


 全員が足を止めた。周りを見るも、壁以外なにもない。

 このモノリスのある場所に来たから反応があったのだろうか?

 誰の声か? どこから聞こえてくるのか?


「登録の儀式を受けねばならぬ。準備は良いか?」

 感情のこもらない声は、事務的に事を進めようとしていた。

 男の声だろうか? 子供の声だろうか? どうにも認識しづらい声だ。


「巨神レム。準備は良いか?」

 声が指名したのはレムだった。


 デニスを始め、人間が全員レムを見上げる。

 レムはその声に無反応だった。


 知性を持たぬ魔獣故、意思ある声に反応のしようが無い。

 皆そんな風に思ったが、デニスだけが違う考えを持っていた。


 ――レム君は、何かに心を奪われている?――




 やあ、レム君だよ!


 俺たちは、魔宮の回廊に足を踏み入れた。

 感激であり、かつ不安である。なぜか心が騒ぐ。

 初めて目を覚ましたところも洞窟だった。それだからだろうか? それだけじゃ無い気がする。


「うう、先輩、なんか怖いです。なんか試験みたいなのあるんでしょ?」

「ちっ! だらしねぇな。てぇした事ぁーねーって! ちくっと痛いだけだって!」

「痛い? 痛いんですか? そんな事聞いてないですよ! 騙しましたね! やだよー! 昔から予防接種って苦手な口だったんですよぉー」


「な、なんだその『ヨボウセッシュ』って? 聞くからに不気味な言霊を持ってるじゃねぇか」

 さすがガルである。

 相変わらず、メタ情報に対する勘が鋭い。

 しかし今回は、その鋭い勘が裏目に出た。

 犬族故に、予防接種に対する恐怖は尋常ではないのだろう。


「ジフテリア予防接種」

 ガルはビクンと体を震わせた。


 よし、これは効いている。一人だけ恐怖を感じているのもアレだ。ここは一つ、物わかりの良い先輩として後輩に付き合ってもらおう。


「狂犬病予防接種」

「うぐっ!」

 ツベルクリン反応……は、犬じゃないし、日本脳炎もちょっと違うし……。


 ……注射のネタがそこで尽きた。




 俺はキョロキョロと辺りを見回している。とはいっても全天視界を持つ体である。視覚としての意識をあらゆる方向へ飛ばしているだけだから、顔はさほど動かす必要はない。

 こういう時、便利である。


「おや?」

 あれは何だろう?


 壁に彫り込まれた文様? かな?

 規則性がある様で、規則性が無い。同じパターンの繰り返しで、所々が違っているだけ。文字とは思えない。


 別の面には全く正反対の文様が刻まれている。

 パターンが全て違っている。規則性が無い。

 これらから推測するに、とても文字には思えない。


 こういう時は物知りに聞くのが一番だ。


「先輩、これって文字ですか?」

「レム君には、これが読めるのかい?」 

「いいえ。読めません」

「だったら文字じゃねんだろうさ。オイラも読めねぇし。第一、文字らしく規則性があるかい? ねぇだろ? オイラが思うにこれは前衛絵画だ。そこはかとなく気品に溢れているだろう?」


「なるほど。奥ゆかしい絵ですね。色使いも非ビビッドで、暗い感じに好感が持てます」

 納得して感想を述べてみたが、……どうも腑に落ちない。


 文字でないとしたら、誰が何のためにここへ刻んだのか?

 それとも、ガルが言う様に前衛絵画なのだろうか?

 それは違うな。


 そんな事を考えていたら、六角柱の黒いモノリスのある場所に出た。

 六角柱に顔の前面を向け、視線を合わせると……。


 突然、視覚に意味のある情報が現れた。

「なんだこりゃ?」


 それは3Dのだまし絵に隠された絵が、いきなり見えたような感覚。

 俺の全天視界が、……全天視界であるが故、モノリスを中心に据えることにより、周りの壁に刻まれた文様が合わさって意味を成したのだ。


「こ、これは、いったい!」

 俺はこの世界の文字を読めない。だいいいち、これは文字じゃない!

 むしろ……データー?

 プログラム? アプリケーションインストール?

 な、なんだ? 妙ちきりんな概念が……空間? ゆがみ?


 俺の頭というか、体が何かを得体の知れないモノを体得し始めている?


 



 ビトールは腰の剣を抜き放ち、隙無く構えた。

「さあ、相手は何者だ?」


次話「認識」

お楽しみに!

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