3.ビトール独立部隊・第二作戦
アンティー山地を勇ましく進む巨大な影が二つと小さい影が二つ。
折り重なる山々の間を抜けていくのは、我らがデニス戦隊DGL。
率いるのは天才魔獣使い少女。人呼んで魔女っ子デニスちゃん。
中でも際だつ高貴さと強さを醸し出しているのは、神を狩る狼、フェリス・ルプルであ-る!
「先輩、勝手なナレーションを入れないでくださいよ!」
「すまん。暇すぎてつい」
「暇だったら少しは手伝ってくださいよ!」
「いや、ほら、オイラってレム君みたく前足でもの掴めねぇだろ? かまったって足手まといになるだけだって。代わりに全神経を使って周囲5キロメットルを警戒してやっからよ。敵を見つけたら真っ先に教えてやっからよ、怒りはそこへぶつけようよ」
「むー。仕方ないですね。必ず教えてくださいよ。ぶっ殺してやるんだからね!」
やあ、レム君だよ。
無謀神を退け、敵の作戦を予想し、難なく回避した俺たちなんだが……残務処理に追われているんだ。
狭い谷間にミッシリ詰まった岩、岩、岩。
このままじゃ前には進めない。
一旦分岐点にもどって迂回しようかという案も出たが、目の前の障害物を除去する方が早かんべ? という結論に至った。
ガルが言うには、俺が休みなく腕を動かせば、4時間で通行可能となるってことだ。
今から4時間つったら、日が暮れてちょうど良いあんばいに夕食の時間となる。
4時間の遅れだけですむ。
たかが4時間。されど4時間。
愚痴っても仕方ないので、手を動かすことにした。
今は、作業を開始して1時間経ったところだ。
手掛かりの良い岩なら、俺の体の3倍程度の大きさまでなら運べる。それ以上大きいと、岩の自重で崩れるのだ。
でかい岩は拳で砕いてから運び出す。
ずいぶんと重労働に見えるけど、じつは大したことない。
俺の体は筋肉で動いているわけじゃない。だから無呼吸運動なんかしない。疲れることもない。
感覚で言えば、ピン球を右から左へ運んでいるようなもの。
ただ、時間の経過だけが辛いだけで、疲れは全く感じない。
2時間を過ぎたあたりで、作業の先が見えてきた。
早速ガルがかまってきた。
「思ったより早く片づきそうじゃねぇか。さすがだな。前世の知識ってやつか? ほら、前に言ってた『作業の効率化』とか『断捨離』とか?」
ちょっと違うけど、ここは1つ、勘違いを利用して、転生者の知識チートということにしておこう。
「そっすね! 『カイゼン』とか『5S』とか呼ばれている工場経営の基礎っすね。俺たちの世界じゃ、これ基礎っすわ!」
「おお、さすがレム君、難しい言葉知ってるな! 言霊にすげースピードを感じるぜ!」
「ハッハッハッ! 軽いっすよ! こんなの現代知識の前じゃ軽作業っすよ!」
「おおぅ! そりゃすげぇ! まだ時間短縮できるってかい? すげぇぜレム君!」
「ハッハッハッ! 任せてくださいよ! 前倒しで作業終了させてやりますよ!」
「そりゃ頼もしいや! 任せたぜレム君!」
五行エンジン全開。回れ俺の腕! 走れ俺の足!
そして作業は30分早くおわった。
終わってから、ガルの口車に乗せられたことに気づいた。
俺は、真っ赤に染まった西の空を泣きそうな目で眺めていた。
一方、こちらはビトール率いるベルド隊の生き残り部隊。
森の中でキャンプを張っていた。
髭面の野郎共が、そこかしこで目を光らせていた。女っ気がないので、空気が酸っぱいことこの上ない。
一番大きなテントの中、ビトールを囲んで作戦会議が開かれていた。
テントの中は、贅沢にも太い蝋燭を何本も使って明かりを供給している。
「今日の攻撃は小手調べのようなもの。まだまだ策はある」
ベルドの知恵袋と呼ばれていたビトールである。今日の作戦で、危うく出しそうになった損害を未然に食い止めたビトールである。
言葉より行動。幹部達一同の尊敬の念がビトールに集まった。
ビトールは、人心の掌握に成功した。ビトール独立部隊の誕生である。
彼は枯れ葉の束を手にしていた。
「明日、リデェリアルの魔獣共を罠にはめる。二つ目の作戦を発動する」
テーブルに乗った地図の一点を枯れ葉の束で指し示した。
「物見の連絡から推測するに、日が落ちるまでに崩落現場は片付けられているだろう。連中は遅れを取り戻そうと、早くに出発するはずだ。よって、第二号作戦は、予定を早め、明日早朝に決行する」
説明に頷く幹部達。
「手順を確認する。連中の進行方向に大きくて深い洞窟がある。そこを山向こうへ抜ける連絡路と偽る偽情報を与える。与えるのはこの者である」
ビトールに紹介されたのは、旅の商人姿をした愛想の良さそうな男である。
「自分は商人の出です。剣を振り回すより、口を動かすのが得意です。洞窟の向こうからやってきたとして、連中を誘い込みます」
商人姿の男は、商談用の笑顔を浮かべてそう言った。
「先を急ぐ連中は一も二もなく食いつくだろ。洞窟に入ったら、今日と同じく入り口を崩落させる」
ビトールは、手にした枯れ葉で地図の一点を叩いてみせる。
「ビトール殿、その枯れ葉は何ですか?」
幹部の一人が疑問を口にした。
「この葉は――」
ビトールが葉を蝋燭に近づけた。
たちまち火は燃え移り、濛々と白い煙を吐き出しはじめた。
「この煙は――ゴホッ! ゲホッ!」
その場にいる全員が涙を流しながら咳き込んだ。枯れ葉に着いた火を靴で踏み消したが、もう遅い。テントの中は刺激臭で一杯となる。
たまらずテントの外へ逃げ出した。
「ゲハッ! ゴハッ! この草は辛み成分のゲハッ!」
咽せ込みながら説明するビトールである。
「解りましゴハッ! 洞窟へ誘い込んで外から煙をゲホッ!」
幹部の一人が説明を端折った。
「そうだゼーゼー……、午前中は風が洞窟の中へ入っていく。どこかに通じている証拠だが、ゴホッゲホッ! この煙で追い込んで入り口を塞ぐゴホッゴホッ!」
いい大人が揃いも揃って目に涙を浮かべ、ゼイゼイと肩で息をしている。
「あー、死ぬかと思った」
「これは効くな」
「とりあえず一旦休憩としよう」
目を布切れでぬぐうビトール。作戦会議は、そこで小休止となった。
「ちょうど夕餉の時刻だ」
日はすでに西の山に沈んだ。辺りには美味しそうな匂いが漂っている。
すでに兵士達は食事を受け取るため、列を作っている。
炒めた獣肉は辛めの味付き。ざっくり切った野菜と共に、切れ目を入れたパンに挟む。
それに、熱々の湯気をあげる濃厚なスープが付いている。
実にうまそうだ。
配膳しているのは、若く美しい女性である。
「おい、あのレディはだれだ? 見覚えがないぞ。ってか、この部隊に女はいないはずだが?」
ビトールが人事を受け持つ幹部を問い詰めた。
「あ、お昼すぎでしたかね。道に迷ってた所を助けたんです。そしたら、給仕を買って出てくれまして」
幹部の鼻の下が長い。
「身元不明の人物は……」
ビトールと視線が合った。にっこりと笑う美女。
明るい金髪に翡翠色の瞳。出る所は出て、窪む所は窪む。すらりとした高身長。時折、白い太股が長いスカートのスリットから覗く。
「ま、まあいいか」
ビトールの鼻の下が伸びていた。
「私も並ぶとしよう」
いそいそと列の最後尾へ並ぶビトールと幹部連中。みんな鼻の下が長い。
「ちなみに、あのレディの名は?」
「はい、サリアさんです」
闇の様な黒いスカートがよく似合う女性であった。
そして翌朝。
ゴドンを先頭に、行軍が開始された。
「みんな! 夕べは襲撃がなかったが、その分、今日が危険だ。気を引き締めていこう!」
ゴドンの合図でデニス達一行は出発した。
「昨日の今日だからな! 四方八方、上空にも気をつけ……あっ!」
ゴドンの叫び声に合わせ、全員が顔を上に上げた。
空の彼方より黒い点が近づきつつあった。
「え? どこどこ?」
デニスが見当違いの方向を眺めている。
「対空防御!」
ちょっと意味がわからない命令を出し、ゴドンは馬上でランスを抱えた。
「どこよ? どこ?」
デニスが反対方向を一生懸命探してるあいだにも、黒い飛行物体はどんどん近づいてくる。
『あれ……サリアの姐さんみたいですよね?』
『ちげーねー』
レムとガルは、慌てまくる人間共を尻目に、のんびり空を眺めていた。
「あ、アリッサムさんだ。お帰りなさい!」
謎の飛行物体をスイートアリッサムと認識したデニス。手を振ってお迎えしている。
あれが真のドラゴン。
それと心を通わせているデニス。なんて凄い技だ。
ゴドンとデオナは、改めて天才魔獣使いを見直していた。
サリアことベノムドラゴンのスイートアリッサムが、ふわりと着地した。黒皇先生の前に。
『やあ、お帰りサリア。お疲れ様。もう用事は済んだのかい?』
『ええ、簡単に血の海……もとい、済みました。魔宮の回廊を使わせていただいたので、大して疲れていません事よ』
おしとやかなサリア。恥じらう乙女である。
二人きりの空間に、ガルが割り込んできた。
『おう、毒竜さん、ちょっと聞いてくれよ! せこい敵が――』
『うるっさいわね! ちょっとは気をきかしなさいよ!』
『おぉう!』
吠えるサリア。尻尾を股に挟むガル。
『でも姐さん、敵がどこからか狙ってるんだ。気をつけてくださいよ』
もう一人、空気を読めない男・レムが、くちばしを挟んできた。
サリアは奥歯をギリギリ鳴らしながら、殺人的な眼力をレムに飛ばしている。
「デニス君の戦力が揃った所で、出発しよう。敵の襲撃に気をつけて、四方八方に気を配りながら先を急ぐぞ!」
ゴドンは勇気をもらった。
新たに空を飛ぶ魔獣が加わった事に、戦いの幅が広がった。
戦力は整ったのだ。敵よ、来るなら来い。どこからでも来い。
デニスさんの魔獣が迎え撃ってくれるだろう。
『……安心なさい。敵はこちらに手を出す余裕なんてなくなったから』
『え?』
『え?』
レムとガルが変な声を出した。
『今頃、本拠地は修羅場よ修羅場! オーホッホッホ!』
声高らかに笑うサリア。魔女みたいである。
『な、なにやったんですか? 本拠地にブレスでもブチ込みましたか?』
『まさか。ちょっと晩ご飯にね。腹痛と下痢でね。あ、これ以上は言えないわ』
顔を見合わすレムとガル。
『ウソでしょ?』
『んなこたぁねぇ。真実は面白い』
『これで敵の追撃がなくなったんだから、良しとせざるを得ませんね』
先頭を進む、細心の注意を払うゴドンに、全く無防備な魔獣達が付き従い、一行は前へ前へと進むのであった。
「戦力に心配はなくなった。だからといって行程が短縮できたわけではない」
ゴドンはライトニングボルトを急がせるが、ここは山道。そう簡単に速度は上がらない。
さりとて、他の道は、アンティー山地を迂回する遠回りの道。一月弱を要する。結局、この道が一番の近道なのだ。
残り5日でゴルバリオンは攻撃を開始する。
ランバルト到着まで14日。
その差9日は埋まらず。
さぁ、次の話、次の話、と。
次話「お告げ」
ゆめゆめ疑う事無かれ
お楽しみに!