転生
轢かれた。
字は合ってるかな?
ま、そんなことはどうでもよろしい。現在の俺にとって些細な事だ。
目の前は光溢れる世界。たぶん、あの世のエントランスだろう。
どうしてこうなった?
普通に青信号で横断歩道を歩いていたら、森の妖精と同じ名の大型トラックに跳ね飛ばされた。
強烈な脳震盪。痛みより先に痺れが来た。
「予定よりちょっと早かったが、まあいい。おまえ転生したかねぇか?」
……、気のせいだ。
念の入った事に、飛ばされた先の対向車線にはフルブレーキ決行中の特大型戦車運搬車。タイヤ三つ目から痛みが無くなり、五つ目で意識が無くなった。
どう考えても誰が見立てても立派な交通死亡事故である。
享年二十九歳、若すぎる死。親もいず、家もなく、不幸と理不尽にまみれた人生。
プロレス名勝負DVD鑑賞だけが趣味の行き詰まった人生に別れを告げ、あやしぃ風水師養成の専門学校に通い始めたところ。
そんなつまらぬ男の終わり方にしては上出来――。
「てめぇオレをシカトしてんじゃねーよゴラァ!」
意識して無視していたんだが、さっきから聞こえてくるこの声は?
「……どちら様で?」
「どちら様って、神様に決まってんじゃねぇか、べらんめぇ!」
「天使だとか予言者だとかの方で?」
「八百万の方だ。それより周りを観てみろ」
言われて周囲を見てみる。
光に溢れたセカイ。
そうだ、俺はトラックに轢かれて……身体はどうなった?
身体を見ようとして気がついた。見えない。
俺に身体が無い。そもそも、身体を見る為の目が無い。見ているというより、感じている、または認識しているといったイメージだった。
視界というか、意識の視野域全体に広がるのは、どこまでも広がる光の世界。
自分という存在を感じるだけ。まさに「観る」。
「そうそう、お前は死んだんだ。今のお前は魂だけの存在。自発的に考えていると思っているだろうが、ただの残留意思だ。気を落ち着けてオレの話を聞け。お前に残された時間は少ない」
青いイメージの存在が、俺の目の前に回ってきた。目は無いけど目の前に回ってきた。
「お前は特異点なんだ。人類の種としての運を高める為、意図的に選ばれた個に不幸がのしかかる仕組みだ」
いや、言ってる事が解らない。それ以前に文法がおかしい。てか、言ってる事を理解したくない。
理解すれば俺の人生が、俺の命が……。
「落ち着け! そして気を確かに持て! 神のフォローは完璧だ。神フォローだ。神故に! うまい事言えた!」
ちっともうまくないばかりか、妙に神経を苛立たせるばかりであった。
「そこで転生だ! どうだ?」
「いや、どうだと言われても……」
「焦れってぇな! お前らの社会にもあるだろ。ほら、あれだ、払いすぎた税金と利息とかが帰ってくる制度!」
……なんだか意識的に解りたくない。
「どんな種の生物であろうと、運は大事だ。それを疎かにして絶滅、もしくは絶滅の危機に瀕している種は多い。恐竜しかり、有袋類しかり。アノマロカリス……あ、オレは個人的にアノマロカリス好きなんだよね。バージェスなんとか? お前もかっこいいと思うだろ?」
「いえ、特に。俺って節足類ダメなタイプの人間ですから」
「うわ、つまんねぇ男!」
目の前の気配が、唾を俺の足元に吐いた気がしたが、たぶん気のせいだ。
「いいか! 隕石がブチ当たってレックス共が死滅したのも、サーベルタイガーの牙が伸びすぎたのも……サーベルタイガーって人間にしてはいいネーミングだよ――」
「あの、すいません! それでお話の趣旨は何なんですか?」
この全然神様らしくない神様らしき存在、脱線が多すぎる。情緒不安定なんだろうか? それとも惚けて判断力が無くなっているのだろうか?
「あ、わりいわりい! つまりよ、人類の種としての好感度……もとい幸運度を上げるため、生け贄が作られるんだよ。お前みたいな運のないヤツ! 不運を集める体質を持ったヤツ。男限定で」
「え? 俺の不運って仕組まれたものなんですか?」
だとしたら最悪だ。……いや、心当たりは溢れるほどある。
俺は孤児だ。
親の顔も、本当の名前も知らない。
ミッション系の施設で育ったが、そこの自称牧師は、助成金を横領し、私腹を肥やす鬼畜だった。
俺たち孤児はろくな教育を受けず、未成年のまま社会へ放り出されたんだ。
「拾う神もあれば捨てる神もある」
「それ逆です」
「……捨てる神有れば拾う神もある。どちらも同じ神だが。オレら神のアフターフォローは完璧だ。お前ら特異点の今生の生は偽り。つまりダミーだ。不幸を集めまくり、あげくに死んでしまった者には次の生が用意さる。本来、お前が受け取るはずだった普通の人生だ。もちろん希望者だけにだが!」
それは……それは素で嬉しい!
「本当ですか?」
「うむ、ホントだ。不幸だった割合に合わせてボーナスをつけてやってもいい。どうだ? ここはいっちょ転生してみっか?」
断る理由がない。
「よしよし。だが、アレだ。お前、予定より早くおっちんじまったんで、ポイントが貯まってねぇんだ。デフォ能力は別として、転生ボーナスポイントは二個しかねぇ。アノマロカリスが好きなやつだったらオレ判断でもう一個サービスしてやろうかと――」
「実はアノマロカリス大好きなんです! 三葉虫の化石持ってるんですよ(嘘だけど)。サーベルタイガーの鋭い牙に憧れるっ。そこにシビレル!」
俺は精一杯のヨイショをした。必死でヨイショした。死んでるけど。
「オオ、そう来なくっちゃ。さすが男の子。あのとき酔った勢いで人類を滅ぼさなくて良かった」
この神様、名前なんてのかな?
「よーし、じゃぁお願い事を言ってみそ。何でも叶えてやらぁね!」
「俺のパソコンに入ってる『ロッキー』と名の付いたファイルを全て消してください!」
「そのファイル、中身はロッキーじゃねぇだろ! 三つの願いの内の一つをそんな事に消費するのかコノヤロウゥ!」
「特に『ロッキー4』から『ロッキー24』までを念入りに」
「おいおいおい、ロッキーを何歳まで戦わせる気だだだ? やめてあげてあげてててて」
あれ? なんだか?
神様の声がエコーがかって聞こえだした。
「あれ? ちょっと意識が……」
夢と現実の狭間を漂ってるイイ感じ。二度寝に似た心地よさ。なんだかどうでも良くなってきて……。
「やべぇ! 転生が始まってる! つい話し込んじまって時間を掛けちまった。おい、手早くすますぞ! 残り二つの願いを言え!」
要望……それは……。
「……この世界は嫌だ。大嫌いだ。……別の世界に転生したい」
俺が生きた世界は間違いの世界。間違いだらけの薄汚い世界。
こんな世界に再び生を受けるのは願い下げだ。
「別の世界かよ! うーん。よ、よし、オレの昔のパシリ……もとい、旧友に、別世界へ隠れた神がいる。そこへねじ込んでやろう。あと一つ聞けるぞ!」
……あと一つ。そういえば俺は小さい頃から体が弱かった。
病気ばかりしていた。
……トラックに轢かれて死んだのも体が弱かったからだ……違うような気がする。
「早くしろ! 死ぬ気で……死んでるけど、答えろ! うぉーちくしょうこんなけ焦ったのは久しぶりだぞ!」
俺は……プロレスラーに憧れていた。
「丈夫な体と腕力が欲しい……」
「えっとね、うんとね……あった! ピッタリの体があった! こいつにカチこんでやろう!」
俺の意識が無くなる。
一滴の意識を残して、残りは消えていた。
「岩のような鉄のような、なんかその辺の適当なボディを付けてやらあ! 努力次第でいくらでも頑丈になれるぞ! なにせ人間の体じゃねぇからな!」
何を言ってるかな?
そうして俺の意識は、深くて暗いどこかに消えていった……。
……ちなみに俺は誰に向かって語ってるんだろう?
やあ、どうも!
新しくお話しが始まりました。
全体として明るいお話しです。
どぞ御贔屓に。
神様の性格設定がテンプレになるのが嫌だったんですが、かといって新しい神様像を造るのも面倒くさかったんで、アレを代用しました。
すげー書きやすかった。反省はしていない。