豚兵の襲撃
「うっ」
脇の下を撫でられて飛び起きた。
すぐさま状況を確認する。
少女が俺の顔を覗き込んでいる。思わず睨みそうになった。どうしてここを触ったのか問いただしたくなった。
同時に、向こうの奥深い暗闇から気配を察知した。特有の腐臭を放つ、怪物の気配。
集中して感覚を研ぎ澄ます。馬の蹄の音。豚の顔をした太った人型がいる。黒い灰鎧を纏っていて、徒党を組んでいる。
周辺を探っているようだ。ヤツらは獣臭いくせに鼻がきく。
少女に合図して離脱にはいる。
「あっ」
少女がバランスを崩して倒れた。
豚兵の動きが硬直した。
三体が剣を抜いて接近してくる。その背後からも弓兵が二体迫っている。
俺は少女を隠し、単独で茂みに身を潜める。
一体の豚兵がこちらの攻撃圏内にはいった。
飛び出して懐に飛び込み、喉に短刀を突き刺す。断末魔の呼吸音を聞きつつ、その豚兵を支えて盾にする。
両脇から豚兵が迫る。豪腕を誇る一撃が繰り出され、盾にしていた仲間の死骸を吹っ飛ばした。
俺は弓兵の射線を避け、左の豚兵に迫る。扱いにくい大剣を軽々と振り回している。隙は大きいが、当たれば致命傷になりかねない。
剣を受け流しつつ機会を見計らうが、ヤツらもバカじゃない。弓兵の位置を考慮して巧みに陣形を変えてくる。
弓兵が距離を詰めてくる。長引けばこちらの致死率が高くなる。
大剣を受け流したとき、短刀が嫌な悲鳴をあげて折れた。
予備を取り出す。これで耐え切れるか。
強化体術を想起する。短時間、己の肉体能力を向上させる術。しかし、術後は重篤な傷を残す。通常行動ならば一日中活動しつづけられるのに対して、強化体術は効率が悪すぎる。この技はあくまでも、その場限りの緊急用だ。
一本の弓矢が放たれた。すかさず回避するが、もう一体の弓兵が回避先を狙っている。
危険を承知の上で、強化体術の発動に移る。
初期段階の呼吸圧縮に入ったとき、異変が起こった。
空間を貫く弓矢の勢いが、ゆるやかに減速していく。
同時に、自分の全神経が異常なほどに活力を増した。
魔法の支援効果だ。
背後の少女が魔法を唱えていた。
そして、豚兵たちの動きに迷いが現れている。視力の低下現象だろう。逆にこちらの視界は良好。少しの集中で暗闇の隅々まで認識できる。
少女の魔法は複数の効果を同時発動させ、かける相手を選別する上級のものだった。
一気に優勢に転じた。
俺は、まだ滑空していた弓矢を払いのける。豚兵の剣をかいくぐり、その腕を足場に頭蓋を蹴り飛ばす。骨の砕ける音がして絶命した。
反動でもう一体の豚兵に飛びつき、脳天深く短刀を刺し入れる。絶命。
着地すると、すでに弓兵は逃走していた。追いつくことは可能だが、深追いはさける。
すると、急激な虚脱感に襲われる。魔法効果がもう終わった。
生臭い腐った体液が、辺りに立ちこめている。
森が興奮に包まれていた。獣たちが新鮮な食事を求めて我先にと殺気立っている。
隠れていた場所に戻る。
少女は斜面に体をあずけ、目を閉じていた。軽く頬を叩いてみたが、まともに声が出せない。限界まで知力を酷使したせいで、混濁状態に陥っている。
未熟だと侮っていたが、魔法学校を卒業しただけはあるか。
こちらは睡眠をとったおかげで体調はいい。
少女をおぶって森を離れた。