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疵魂の聖人は異世界に眠る  作者: 怠惰
幼少期編
8/12

6/NEW SENSATION

 背負わされた期待はアタシにとって重荷でしかなかった。家の都合なんてアタシにはどうだっていいのだ。

 王国内では数少ない爵位持ちの獣人。だからどうした。将来の為にと通わされることとなった学園にアタシは夢も希望も抱いてはいなかったのだ。

 そもそもこんな場所に一体何がある。礼儀作法は身につけた、読み書きに簡単な計算だって小さい頃から習っている。第一そんなことに興味など無かった。

 どうせ入学するのであればこんなお坊ちゃまお嬢様ばかり集めた貴族向けの学校ではなく、騎士や冒険者を育成するための施設に入りたかった。

 そう伝えもしたが、しかし父様はそれを野蛮であると一蹴した。我々獣人は確かに身体能力に優れ、その様な職に就く者の数も多い。されど、それは市井の者たちの話であると。

 お前のような貴族がわざわざ剣を握ることは無いのだ。顔を泥で汚すことなく、掌に傷跡を刻むことなく、我々はその身をいつでも清らかなままで生活する権利を有しているのだ。

 何度も口にされ、耳にした言葉。そして常に心の中で否定し続けてきた言葉である。

 汗を流すことなく手に入れた金銭で、夜な夜な客人を招いては盛大な会食を楽しむ父。でっぷりと贅肉が乗り嫌らしく肥満したその肉体のどこが清らかなものか。

 幾人もの召使や奴隷に身の回りのことを全て任せ、金勘定と権力者との関係の構築しか頭に無いその有様が貴族らしさだというのであればアタシにはそんなもの必要ない。

 そんなことを学ぶくらいなら、獣人らしく泥に塗れて獲物を求め何も考えずに野を駆け回っているほうがよほど魅力的であった。

 父とその周囲の者たちを見て貴族というものについて知ったつもりでいた私は、これから押し込められることになるこの箱庭に対しすでにうんざりとした気持ちを抱いていた。

 子供とはいえ貴族の端くれ、己の利のことしか頭に無いような薄汚い連中の巣窟なのだろうとしか思っていなかった。


 だから入学の日、それを見たときにアタシはとても驚いた。

 門前に列を成す馬車の群れ、その中でアタシの後ろに並んでいた見慣れぬ家紋の馬車から現れた三人の姿。

 始めに降りてきたのは、思わず目を細めるようなきらきらと輝く金色の髪を腰まで伸ばした少女。

 やや釣り目気味の大きな目にきりりと整った眉は強気そうな印象を与えそうだが、瞳に宿る曇りの無い深い青色が生意気な感じを打ち消している。

 この地方で一般的な褐色気味の肌には漲るような活力を感じ、すらりと美しい曲線を描く輪郭の中に小さく存在を示す桃色の唇が可愛らしい。

 学校指定の制服を嫌味にならない程度に着崩したその姿からはアタシの知る貴族らしさとは違う、身の内から自然と溢れた気品に満ちていた。

 続いて珍しい黒色の髪をした少女が金髪の少女に手を引かれて出てくる。

 彼女は実に肉感的な体つきをしており、胸元やスカートの臀部を内側から大きく押し出しているのが離れていても確認できた。

 しかし彼女からは色気といったものは感じられず、むしろ母性とでもいうべき温かな気配に満ちている。性的な目で見ることにどこかしら忌避感を覚えさせる、そんな女性だ。

 くりくりとした丸い目とふんわりと弧を描く口元は常に微笑を絶やさず、一挙一動に至るまで柔らかなその物腰が彼女の全てを表しているかのようだった。

 そして最後に現れたのはとても小柄な幼い姿だった。

 しかしそのたおやかな外見とは裏腹に、その人物こそアタシに一番の衝撃を与えた存在である。

 最早形容する言葉すら思いつかないような、一片の嫉妬すら抱く余地のない別次元の美。

 それが身に着けているのが同じ学園の制服であると気づいたとき、それはアタシの方へと目を向けた。

 こちらを見やるその顔がふっと笑顔に変わった瞬間、アタシは心臓が大きく高鳴るのを感じた。


 これがこの退屈なものになるはずであったアタシの学園生活が、予想外に刺激的な日常へと変わる発端となった出会いだった。




*****




「王都に移動することになったわよ」


「オエエー!」


「下らないことやってないで真面目に聞け!」


 嘔吐と聞いて。

 お約束だと思ったのだけどユーゼリカはお気に召さなかったようで普段の三割増しなツッコミに私の鳩尾が割とピンチ、アデル・スロウスです。

 神誕祭から早くも三ヶ月が過ぎ、最近では春らしい陽気が感じられるようになってきました。

 まあこのブラスネイ王国は七大国の中でも最も南にあるので、冬でも雪どころか毛皮のコートも必要ない位の寒気しか訪れないわけですが。

 そして春らしい陽気というのももちろん南国特有の緩やかな表現であり、実際にはなかなか刺激的な暑さとなっております。まあ湿度が高くないのが救いではありますが。

 こんな場所でよく分厚い鎧を着込む騎士なんかが特産品になったもんだと思ったりもしましたが、実際は風や水の魔術を刻み込んで暑気を払っているらしいです。

 それに戦神イフェルの齎す神聖魔法には熱気軽減なるものもあるそうで、併用すると甲冑姿でも意外と快適なのだとか。

 話が逸れたが、この三ヶ月の間に私の加護に関して色々な動きが起きていた。六大神の加護を一度に得るなど前代未聞の出来事であったが為である。

 現場に居合わせた者達には余計な騒動を避けるために緘口令が布かれたが、人の口に戸は立てられぬという言葉の通り、噂が街中に広まるのにそう時間はかからなかった。

 私の順番が最後であり他の受験者たちはほぼ教会内から立ち去っていたこと、問題の瞬間は神殿内で起きたため外部からは何が起きたか分からなかったことが幸いして詳細な情報が流布されなかったのは不幸中の幸いであると言える。

 しかし『儀式の最中に何かが起きた』ということと『教会が情報を秘匿するような出来事である』という確定事項から色々と尾鰭がついて一時は大変なことになった。

 いわく「儀式の際に神の怒りに触れるような事をしたため神官たちに神罰が下った」

 いわく「魔素が暴走して全く別の魔法が発動した」

 いわく「闇神の加護を得たものが現れた」

 いわく「これが第五の力だよ!」

 そのような根も葉もない与太話に感化され、我が家は大量の信者やら近隣の住民やらに押しかけられる事となり、しばらくは一歩も外に出られないような生活を強いられることとなった。

 まあ私にとっては何も変わってないようなものであったが、当事者である身としては大変だねの一言で丸投げして事を済ませるわけにもいかない。

 とりあえず各教会のお偉方たちに今回の出来事に関して報告を行った後、事の沈静化のために今回の事件は何ら危険性のあるものでは無いということを口添えして頂いた。

 それから街の権力者たちにある程度事情を話して理解を求め、凶事に類するようなものではないということを納得させた。

 最後に私のこれからの身の振り方に関してだが、ここで少々ややこしいこととなった。

 なにせ私は未だ七歳の子供である。まだまだ親の手の内で管理されるべき存在であり、自身の事であっても私個人で決めるわけにはいかない立場である。

 六大神の加護を持っているということはどの神官となる資格をも有していることになるが、複数の教会に所属した神官というのは今までに存在していない。つまり、所属する教会をどれか一つだけ選ばなくてはならないのである。

 特例として複数の教会に所属することを認めてもらうのは、特別な権限など一切持ち合わせていない一市民に過ぎぬ我が一家では限りなく不可能と言えるであろう。

 そして教会側からすれば全ての神々の恩恵を一身に受ける私のことは是が非でも手中に収めたいところであろうことは容易に想像がつく。

 私の実力に関しては未だ未知数だが治癒も満足に扱えないようなレベルだとは少なくとも考えないだろう。むしろ六大神全ての加護を得られるような人物ならば才能ある稀代の法師と看做すほうが自然である。私だってそんな奴が他にいたらそう思うに決まっている。

 というわけで、各教会から次から次へと心付けの品々がまあ届くわ届くわ。私ではなく父宛ての物が大半であったため対応にあまり困らなかったのは良いが、父は困惑を通り越して死んだ魚の目をしていたのが印象的であった。

 まあなんというか、正直すまんかったとしか言えない。

 父はそのような事で判断力を失うような人ではなく、特に私に対してもどこの教会に所属しろと頭越しに言うことはしなかった。だがこのままいつまでも宙ぶらりんの状態でいるというわけにもいかない。

 しかし、まだこちらに転生してからほんの数年である私にはそうすぐにこの先の身の振り方を決めることもできない、と一種の悪循環に陥っていた。

 そこへ冒頭のユーゼリカの言葉である。


「王都にって、いきなりどうしてそんなことになったんだよ」


「教会の目から逃れるためよ」


「逃れるって……どこに行ったところで教会はあるだろ。それに王都といえば教皇様のお膝元でもあるじゃないか」


「ああ、言い方が悪かったかしらね。とりあえず一から説明するわよ」


 彼女は私の今置かれている状況とその対抗策について所感を語る。

 ご存知の通り私は今ありとあらゆる教会から熱烈なラブコールを受けており、それによって日々の生活もまともに送れていない状態にある。

 それは私の現住居が教会の敷地内であり、神官たちが頻繁に出入りしても周囲に違和感を抱かれないということも助長している。

 情報規制が行われているため派手な活動は行われていないが、それでも新聞の契約も裸足で逃げ出すようなねちっこい勧誘は日常的にあり、父もまともに仕事に取り組めていないようなことになってしまっている。

 とにかくここにいてはいつまで経っても状況が改善されないということで、ならいっそ別の街に移住するかということになった。

 では実際どこに移動するか、移動した後はどうするかという話になったところでユーゼリカの父であるマイアラスト男爵が一つ提案なされた。

 娘を王都の学校に入れるので、一緒に入学されてはどうかと。

 学校にいれば少なくとも数年間は教会関係者以外の手が伸びてくることはない、その間に私自身が望む進路について考えればいいだろうと。

 ユーゼリカの入学する学校は貴族や豪商など有力者の子弟が通うような場所であるので後の人間関係についても何らかの足しになるであろうとも付け足した。

 それ以前に私は交友関係については極めて限られたものしか構築できていなかったため、父も学校に通わせるというその案に乗ったのだそうだ。


「しかし、学校か。一体そこではどんなことをしているんだ?」


「大した事じゃないわよ。貴族向けの学校だから教育内容は多少偏ってはいるけど、一般教養や礼儀作法を始め簡単な魔術なんかも習うことができるわね」


「へえ、魔術まで習えるのか。それは面白そうだな」


「といっても光源や念動みたいな初歩的なものだけどね。流石に魔術師専門の学校と同じように危険性の高い魔術は教えてくれないと思うわ」


「貴族は荒事に携わることはないからか」


「というか、そんなもの覚えたら無用に人を傷つけるようなことをしそうで危ないからでしょ。貴族には傲慢な人も少なくないし」


 私は違うわよとユーゼリカは私を一瞥するが、そんなことは知ってるよと私も軽く返した。


「入学に年齢制限はないし組み分けも年齢は一切関係しないから、同じ年度に入れば同じクラスで学ぶことになるわ」


「僕くらいの子供は珍しいんじゃないの? 変な目で見られないかな」


「まあ確かにそうはいないでしょうけど。でもアリサも一緒に入学するから、姉にくっついて入ってきたとでも思われるんじゃない? 心配するほど奇異の目は向けられないと思うわよ」


 それから彼女は年齢に関してはだけどね、と何故か遠い目をして小さく呟いた。

 言外にそれ以外の面でどうせ面倒事を起こすんだろうなと言っている様に感じられたが、気にしないことにしておいた。

 私はトラブルメーカーなどでは決してないのである。周囲が勝手に騒ぐだけであって私は後ろめたいようなことはいつだって何一つしていないのだ。


「入学に関する手続きはもう済んでるし、ご両親の新居の手配も終わってるわよ。私たちは学校の寮で三人一緒に暮らすことになるわね」


「寮なんてものもあるんだ」


「ええ。遠くの領地からやってくるような人もいるし、多くは学校の敷地内にあるそこで在学中の期間を過ごすんじゃないかしら」


 それなら通学の手間も省けるし万が一体調を崩しても安心できそうだと思ったところで、今の会話の中に一つ引っかかるものを覚えた。

 何か今不穏な言葉が混じっていたような気がする。


「えーと、ユーゼリカ? 僕の聞き間違えだとは思うんだけど一ついいかな」


「あら、なにかしら」


「今、『三人一緒に暮らす』って言わなかったか?」


「言ったけどそれが?」


 彼女は腕を組み頬に片手を当てたまま心底不思議そうな顔で逆に聞き返してきた。

 くそう、無駄に尊大なポーズなのにちょっと可愛いと思ってしまったのが悔しい。


「……いや、普通学生寮って男女別になってるものでしょ。僕がまだ幼くて体が弱いとかそういうのを別にしてもさ」


「ええそうよ。管理者側に要求しても普通なら間違いが起きたらうんぬんかんぬんで却下されるでしょうねえ。

 でも、アリサが寮でもあんたと一緒にいたいっていうし、事情についてよく知ってる私たちが傍にいたほうが都合がいいからちょっと小細工させてもらったのよ」


 そう言ってユーゼリカは笑う。それはとてもとても楽しそうな、隠そうともしない底意地の悪さが全面に滲み出ている微笑であった。

 私はこの笑顔をこれまで何度も目の当たりにしている。そう、これは彼女が私を玩具にして弄び、嗜虐の快楽に満たされた時こそ見せる捕食者の笑みだ。


「なぁに、簡単なことよ。男の子と女の子が一緒の部屋で生活しちゃいけないって言うなら……」


 彼女は一着の服を取り出した。臙脂色のプリーツスカートに控えめながら秀麗な装飾が施されたブレザーに似た可愛らしい上着。

 前世でもよく見かけた女性用の制服に類似するその衣服は、姉はもちろん彼女のものにしてもサイズが明らかに小さく作られていた。


「ま、まさか」


「ええ、そうよ。規則を変えられないのなら、規則に合わせて変わればいい。女の子のいる部屋で暮らすのなら――女の子になればいい!」


 今日からあんたの名前はアドラ・スラッカスよ!


 善意というにはあまりにも稚気と故意に満ちたその言葉に、私はか弱い女性のような金切り声を挙げたのであった。


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