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疵魂の聖人は異世界に眠る  作者: 怠惰
幼少期編
6/12

4/CONTRACT(前)


 私が七つの誕生日を迎えてから半年ほどが経過した。

 姉も無事誕生日を迎えとうとう年齢を二桁とし、ますますお姉さん顔をして私に接するようになってきた今日この頃、皆様はいかがお過ごしでしょうか。アドル・スロウスです。

 子ども扱いするのはいいのですが、赤ちゃん言葉を使うのは流石に違うだろうと。というかなんで退化したのかと。そんな高度なプレイは求めておりませんお姉様。


 ちなみに姉の誕生日の朝も唐突にユーゼリカが私の部屋に突入を仕掛け、私を拉致していきました。

 とはいっても季節はすっかり冬を迎えていたため外で遊ぶということは無く、男爵家にお呼ばれされたわけですが。

 初めて入った貴族の家は、思っていたよりは質素な感じでした。まあそりゃそうである、前世の一般市民の生活レベルが高すぎた。

 壁紙とかカーペットとか絵画とか普通に目にするし手に入る環境にありましたからね。むしろちょっと懐かしく感じる程度のものでしたよ。

 ただ、姉に関してはガチガチに固まっていて私の腕を離せない状態にありましたが。友人の家に遊びに来たくらいの事で緊張することは無いでしょうに。


「あ、あたしたちが遊ぶときはいっつも他の子の家とか広場だったから。ユーゼリカの家になんて入ったこと無かったんだよぅ」


「まあ習い事とかから抜け出して遊んでたからね。友達なんて呼ぶに呼べないわよ」


「おいお前の親父さん苦笑いしてるけどいいのかそれで」


 とまあ男爵様に対する私の歯に衣着せぬ物言いに姉が土下座をかましそうな勢いで謝罪するというような騒動も一部あったものの、楽しい一日であった。

 涙目で私をにらむ姉さんも可愛かったなぁ。

 いやそれはともかく。

 今日は一年の始まりの日、前世で言うところの正月に当たる日である。

 ヨーロッパはクリスマスを盛大に祝うかわりに新年はそれほど盛り上がらないという話をどこかで聞いた覚えがあるが、こちらではそうではないらしい。

 というか、クリスマスと正月がごっちゃになったようなのが今日、神誕祭と呼ばれる日なのである。

 始まりの神と呼ばれる最も偉い神様がこの世界そのものと数体の神を生み出し、神階の深遠にて眠りについた日であるとされている。

 その最高神が自らの手で生み出した神というのが現在大陸で広く信仰されている六大神と呼ばれる存在である。


 炎を司る戦神イフェル。

 水を司る慈母神アルハー。

 地を司る豊穣神クーロン。

 風を司る旅神フェルム。

 樹を司る知識神アルテア。

 金を司る芸術神ポロヌア。

 以上六柱を六大神と呼び、最後に力の調和のために生み出されたとされる闇を司る魔神ヴェダを同列に数える。


 大陸で大きな力を持つ七大国はそれぞれの神を国教として信仰しているが、ヴェダ以外は他の国々でもある程度の信仰を得ており、大きな都市であればそれぞれの教会と神殿が少なくとも一つは建立されている。

 ちなみに始まりの神に関してはその司るものは光であるとする意見もあれば、運命であるとかいや生命であるとかいう意見もあり、今のところ決定的な論は出ていない。


 閑話休題、毎年神誕祭の日には大陸中の神殿にてとある行事が行われる。

 それは神官を目指すものたち、あるいは神の祝福を求める者たちがその加護を得るために行う特別な儀式である。

 神聖魔法を扱うために必要不可欠とされるその儀式は一年に一度、この神誕祭の日にしか効果を表さない。

 前年儀式をしても加護を得られなかったものが、一年後さらに信仰を深めて再度儀式に挑んだ結果無事に加護を得ることが出来たという事例もあるから、一度失敗したらそれまでというわけではないらしい。

 また、この儀式は六大神のうち特定のどれかを対象に行われるわけではないため、信仰していた神以外からの加護を得たり、もしくは複数の神から加護を得るような事も稀にだが起こるのだそうだ。

 儀式を受けるのに年齢や職種などといった制限は無いが、年始めのおみくじ代わりになんて軽い気持ちで受けられるような代物でもない。

 少なくない寄付金が要求されるというのと、そして敬虔な信者であってもその加護を得られるのは二割から三割程度であるためだ。

 案外簡単に得られると思うようでは少々認識が甘い。毎日朝晩欠かさず祈りを捧げ、信仰する神の教えに忠実に従った生活を何年と続けても三割足らずの成功率である。

 ちょっとかじった程度の信仰心ではとてもではないが神に届くようなことは無いだろう。

 そんなセコい存在だというのに利益が無いなら神なんて信じるものか、なんて人がいないのを不思議に思うのは私が前世でも世界的に見れば珍しい無宗教の人間であったためであろうか。

 もしかしたら神を信じていないと治癒の効果が現れないなんて設定があるのかもしれないが、そのような話は今のところ寡聞にして聞いたことは無い。


 そして前述した通り、この儀式を受けるのに年齢の制限はないが、儀式を受けるのは早くとも10歳を過ぎてからの方が良いとされている。もちろん40過ぎの年配の方が受けることもあるし、そんな方々でもちゃんと加護を得ることはできる。だが、あまりに若い子供では加護を得られる可能性が極端に低い。

 信仰というのは一朝一夕で認められるようなものではない。規律に従った生活を己の意思で着実に、勤勉に行い続け、そしてその結果が加護という形で表れるのが丁度それくらいの年齢からということなのである。

 しかしそれもあくまで目安でしかない。実際儀式を受ける人というのは成人を済ませた大人が大半であり、よほど熱心な信者でなければ子供の頃から儀式を受けるような者はいない。信仰はその密度、熱意だけでなく期間でも評価されるものなので、長年信仰していればそれだけ加護も得やすいとされている。


 というわけで。


「ねえアドルちゃん、どうかな? 変じゃない?」


「大丈夫、似合ってるよ姉さん」


「胸元がちょっと苦しそうだけどね」


「うっ、そういうこと言わないでよぉ。だけどユーゼリカも似合ってるよ」


「はいはい、ありがとね」


 私の部屋の中で純白のローブのような神官服を身にまとい、くるりと回ってみせる姉と賞賛を軽く流すユーゼリカ。姉さんとユーゼリカは今年丁度十歳となったということでその儀式を受けることとなったのだが、正直不安としか言い表せない。

 前述したとおり10歳というのは最低ラインであって加護を得られることを保証するものではない。むしろ加護を得られない可能性のほうがよほど高く、万全を期すのであれば今年は見送るべきであるといえる。

 毎年受けられるといっても、一度失敗したという意識が残ればそれは傷となるからだ。

 ちなみに神官の子であり自らも神官を目指している姉はともかくなんでユーゼリカまで儀式を受けるのかと聞いたところ、私じゃ加護なんて得られないとでも思ってるのかと何故かキレられた。私が何をしたというのだ。

 彼女は確かに毎週休みの日には家族連れで教会に足を運び祈りを捧げるような、熱心なイフェル信者である。しかしだからといって加護を求めるような人というのは少ないものだ。

 ユーゼリカは神官を目指しているというわけでもないし、加護を得たところで何に活用するというのだろう。領地経営の役には少なくとも立たないと思うのだが。

 それについても聞いてみたら今度は無言で顔を真っ赤にして殴られた。だから私が何を以下略。


「ユーゼリカはイフェル様の、姉さんはアルハー様の加護が欲しいんだよね」


「そうだね。おかあさん達には申し訳ないけど、イフェル様の教えはあたしにはちょっと大変かなって……」


「まあアリサの好きなようにすればいいんじゃない? 神官を目指そうとしてるだけでご両親も喜んでくれていると思うわよ」


 二人が着ているのは儀式のため普段神官が身にまとう衣装に少し手を加えたものである。神官服には通常胸元に信仰する神のシンボルが刺繍されているのだが、彼女たちのものにはそれがない。

 通常神官服を着ることが許されるのは神官として教会に所属する者のみとされるが、神殿で神に謁見するための礼も尽くさねばならないということでこのような簡易式の法衣をつけることとなるのだ。

 ちなみに教会と神殿は別物である。教会は普段市民たちが祈りを捧げる場所であり、神殿は神官が儀式を要する特殊な神聖魔法を行使する際に使用される。まあ併設されている場合が多く教会の片隅に神殿があるという認識でいいのだが。

 王都にある神殿は神官が何十人と集まって儀式を行えるような広大な代物であるそうだが、我が家の隣にある神殿は物置小屋を二回り大きくした程度のものである。

 儀式を行わねばならないような神聖魔法なんてそうそう使われることはないし、神誕祭時以外で使用許可が下りるのも司祭以上の地位の高い神官だけである。

 そのため、無くては困るがあっても日常的に使うものではないからあまり大きなものを作っても無駄ということで大体この位のものが普通のサイズであるようだ。

 理に適ってはいるけど、外聞とかそういうのは大丈夫なのだろうか。神との謁見にも用いられる施設をケチるってどうなのだろう。


「さてと、じゃあそろそろ神殿に行こうか」


 窓の外を見やり、片手で開いていた寓話の本を閉じる。神殿前にずらりと並んでいた儀式を望む者たちの列は大分その数を減らしていた。

 神殿から出てきた者たちはやはり暗い顔をしている場合が多かったが、四五人に一人くらいの割合で誇らしげに胸を張る者がいた。

 加護を得た者たちの将来は大きく分けて二つ。一つはその足で教会に向かい、面接や筆記などの軽い試験を受けた上で見習い神官となること。

 もう一つは冒険者のパーティーに入り、世界を旅することである。


 冒険者という職種はこの世界においてそれなりに人気が高い。仕事はいくらでも転がっているし、腕さえよければその稼ぎは一般的な職とは桁違いである。子供に将来何になりたいかと聞けば男の子の大半は冒険者と答えるくらいだ。

 実際冒険者として名を馳せた者は歴史上にいくらでもいるし、強い冒険者というのは下手な貴族よりもよっぽど権力もあるし庶民からの受けもいいのだ。

 そして彼らは基本的に五六人でパーティーを組んで役割を分担し仕事をこなすわけだが、そこで必要とされるのがマジックユーザーの存在である。

 武器を持って前衛に立つ戦士、フィールドワークを専門とし弓を用いた後衛を担当する狩人は、パーティーの基本構成員とされ求められる仕事も多い。だがそれらの役割を担う人材は常に供給が過多であり、余程の腕が無ければパーティーには誘われにくい。

 街の中で役立つ追跡術や鍵開け、罠解除といった技能を持つシーフもパーティーによっては必須だが、使われない場合には全く必要のない存在となる。

 それらに対し魔術師や神官、精霊使いといったマジックユーザーはどんな状況でも必ず必要とされる存在でありながら、その絶対数はとてつもなく少ない。

 治癒や神撃などの基本的な魔法しか使えない神官であっても冒険者の間では物凄く需要が高く、パーティー内ではまさしく神様仏様とちやほやされるのだ。


 そんなわけでこの神誕祭の日には一か八かくらいの勢いで儀式を受けに来た冒険者もいれば、教会前に見張りを立て加護を得られたと思われる人物に次々と声をかけまくるパーティーなんかもいる。

 当教会では前者はともかく、後者に関しては毎年我が父を始めとした優秀な神官勢により丁重にお帰り願っているので問題は起きていない。

 そこまでして神官を欲しがるパーティーというのは大概の場合新米なので、他の教会ならともかく選び抜かれた神の戦士たるイフェル教徒の前では死あるのみである。

 第一の教えが『強くあれ』なのは伊達ではないのだ。


「待ちなさい」


「あ、ちょっと待ってアドルちゃん」


 と、部屋を出ようとした私のことを彼女たちは遮った。


「ん? 何かあったかな?」


「あったかな、じゃないわよ。あんたも儀式受けるんだから早く着替えなさい」


「は?」


 さも当然といった様子で言われたユーゼリカの言葉に私は疑問符を浮かべる。いや、ちょっとまて。聞いてないぞそんなことは。

 不思議そうに小首を傾げる私の様子に、姉もまた鏡に映したようにこてんと首を傾けた。


「え、おとうさんたちから聞いてなかったの? 今日は私たちと一緒にアドルちゃんも儀式を受けるって」


「あんたの分の着替えも用意されてるのよ、ほら」


 そう言って手渡されたのは私のサイズに合わせられた純白のローブ。

 いやしかし、私はまだ七歳だぞ? 加護を得られる可能性などほとんど無いに等しいというのになんでまた儀式など受けなければならんのだ。


「司教様がお父様は普段良く働いてくれてるからそのお礼にって、一人分の寄付金であたしとアドルちゃん二人が儀式を受けられるようにしてくれたんだって」


「まあ加護を頂ける可能性は低いだろうけど、折角だしやるだけやってみたらいいじゃない」


「そうなのか。だけど僕、まだ身を清めてもいないければ他の準備も何もしてないんだけど」


「大丈夫、手伝ってあげるから!」


 きらんと目を光らせた姉を見て思った。あっやべえ、今ミスったわ私、と。

 私の腕をがっちりとホールドし怪しげな笑みを浮かべながら何処かへと連行してゆく我が姉に、また始まったかと呆れ顔でその後ろをついてくるユーゼリカ。抵抗? 出来るわけ無いじゃない。虚弱体質舐めんな。


「それじゃいっしょにお風呂いこっか! うふふー、アドルちゃんと入るのも久しぶりだなー♪」


「ちょ、姉さん、それくらい一人でできるから! ユーゼリカも何か言ってくれよ!」


「いやもう、好きにすれば? 待ってるから早くあがってきなさいよ」


「えー、待ってるの? どうせならユーゼリカも一緒に入ろうよ」


「!? い、いやいいわよ! アドルと一緒になんて何されるか分かったもんじゃないわ!」


「姉さんの半分も無い胸に欲情なんてするかよ、浴場だけに」


「淑女キック!」


「尻が割れる!?」


 淑女はそんな腰の入った蹴りなんてしねえよ。

 白。


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