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prologue/I Was The One(後)

 時間の感覚も無くなり、夢と現実の境界を往復する日々の中。

 父と交わした最後の会話は、なんとも味気ないものであった。


「俺が死んだ後は、葬式とかいらないからな」


「ああ」


「貯金とかあまりないけど、その辺りは父さんに任せるよ」


「ああ」


「それと……うーん、死んだ後の事なんてあまり考えたこと無かったからな、言っておくことが思いつかん」


 元々父は寡黙な人で、家でもあまり会話をすることはなかった。

 見舞いに来るのもいつも母と一緒であり、私の世話をしたり会話の相手をしてくれるのは母だけ。父は傍に立っているだけであった。

 だがその日は何故か、母を連れずに一人で私の病室を訪れたのだった。

 それを不思議に思う反面、好都合であると私は考えた。母は私が死んだ後の話をしようとするとそれを遮り、無理にでも違う話題を持ち出そうとする。

 だからそのような話をするには今しか無いだろうと、死に掛けの体に鞭打って父と会話を続けている。

 掠れたような声で途切れ途切れに言葉を紡ぐ私のことをベッドの横に座って静かに見据える父の瞳は、いつもと変わらぬ無色の感情を湛えていた。

 たどたどしい私の遺言を聞き終えた後、父は私の名を呼び、静かに話し始めた。


「最後に、何か望みはあるか」


「ん……そうだね。望みか」


「何でもいい。外に出たいならどんな場所にでも、医者を振り切ってでも行かせてやる。旨いものが食べたいなら好きな料理をいくらでも食べさせてやる」


 そう告げる父に、私は少なからぬ驚きを抱いた。父が本気で言っていると分かったからだ。

 私のイメージしていた父であれば決して言わないような台詞だと思った。だが、だからこそ父らしいとも感じる。

 この人は無口で、無愛想で、それでもって不器用な人なのだ。

 そう思うとなんだか面白くなって、嬉しかった。だから少し、いっぱしの大人として恥ずかしいことかもしれないが、ちょっと甘えたくなってしまった。

 鉛の芯が通ったように重く、既にろくに動かすことも出来なくなった腕を上げる。父はそれを掴み、どうしたと私に問いかける。


「抱きしめて、くれないか。最後に父さんを感じたい」


 私の腕を掴む父の手に、わずかに力が入るのを感じた。

 父は一度顔を伏せ、唇を小さく動かして何事かつぶやくと、そのまま目を閉じて黙り込んだ。

 私は腕を握られたまま、父の姿をこの目に焼き付けていた。


 それからしばらくして、父は背と後頭部を支えながら私を起こし、すっかり痩せ細った体を腕の中に収めた。

 還暦を目前にした父の体は子供の頃の思い出の中の姿よりも衰えていたが、伝わってくる温かさはどこか懐かしく、優しかった。

 力を振り絞って父の体に腕を回し、私からも抱き返す。その時の私は入院してからの間で最も心落ち着く時間を味わっていた。

 ぱさぱさの髪を撫でられながら父の胸に耳を当てる。力強い鼓動を感じ、ふっと心の中に安らぎが生まれた。


「すまない」


「何を謝ってるんだよ、父さん」


「お前には何もしてやれなかった」


「それは俺も同じだよ。父さんから貰ったものを、俺はまだ何も返していない。返せずに、逝こうとしている」


「お前には好きなことをたくさんして欲しかった」


「わがままならいくらでも言ってきたさ。楽しいこともたくさんあった」


「長く、生きて欲しかった」


「…………」


「今まで一度も言えなかった。だからこそ、今、正直に言おう。私は、お前の事を愛していた」


 それからは言葉にならなかった。

 ただ二人、静寂に包まれた病室で涙を流し続けた。




*****




「両親とはもう、別れを済ませた。前世で遣り残したことは無い」


 その後母にも別れを告げて、それから一週間もしない内に私は息を引き取った。

 親孝行な息子では無かっただろう。恩に報いたとも言えないだろう。

 だが、最後の最後に思いの丈をぶつけることが出来た。両親に愛を告げ、愛を授かることが出来た。

 ならばこの記憶を胸に秘め、私は更に先へと進まなければならない。父の望むように、好きな事をたくさんしながら。

 それがきっと、一生を懸けての孝行となるのだから。


『分かりました。それでは転生の準備を開始します』


 その女性の言葉に続いて、私の手元にSF映画でよくある宙に浮かぶスクリーンが開いた。

 そこには【基礎設定】【特殊設定】の二項目、それと右上には小さく数字が表示されていた。

 ただし、【特殊設定】に関しては赤字で表示されており、打ち消し線まで掛けられている。


『そちらの端末を操作して望むように転生後の能力を設定してください。

 設定に必要なポイントは右上に表示された数字になります。そちらは選んだ項目により増減し、不足する能力に関しましては入手不可能です。

 基礎設定では身体能力や精神構造、転生先の世界や誕生時の地位についての設定が可能です。

 まずは転生先を決定し、それから他の設定を行うことをお勧めします。

 特殊設定では転生先の世界に合わせたスキルを習得することが可能です。こちらにある能力は大半が修練で身に付けることが困難であり、稀有な才能となっています。

 ただその代わりに消費するポイントも大きい為、必要な物だけを厳選して選ぶ事をお勧めします』



 画面を操作し、【基礎設定】の項目を選ぶ。すると画面が切り替わり、【転生先設定】【身体能力設定】【精神構造設定】の項目が新たに表示された。

 一通りその内容を確認してみると、【転生先設定】では文字通り転生先についての設定をすることが可能なようである。

 しかし、デフォルトでは世界設定・危険度・身分・家族構成・出生地などが全てランダムに設定されていた。

 それを例えば危険度の項目を10段階のうち丁度真ん中である【5:日常にも危険は潜むが、注意すればそれらの回避も難しくない】にすると僅かながらポイントは減少した。

 それを【2:安全が約束されている。大きな怪我をすることはまれ】にすると更にポイントは減り、逆に【8:死が身近に感じられる。自衛能力は必須】にするとポイントは消費しなかった。

 更に【10:常に生命の危機に晒される。実力と何よりも強運が無ければ生きてはいけない】にするとポイントは上昇した。

 要するに、ポイントは消費するだけでなく不利な条件を付ければ増やすことも可能であるということらしい。

 それを含めて思考した結果、以下の設定だけ弄り、他はランダムのままとすることにした。


【世界設定:剣と魔法のファンタジー】【身分:神官の子】【危険度:8以下でランダム】


 ざっくりしすぎな感じもあるが、一応考えた上での結果である。

 どうせこの後自分の能力に関しては弄ることが可能であるので、危険度に関してはそこまで考慮する必要は無い。

 私の夢の一つである本と自然に囲まれた悠々自適な生活のためには自然の残る、ある程度文化的な世界でなければならない。剣を作ることが可能なレベルの文明があるのであれば、書物に類するもののひとつくらいあるだろう。

 そして本を読むための能力を身に付けるのに必要な身分として、平民よりはある程度余裕のある地位に生まれた方が良い。

 何より、【剣と魔法の世界】で【神官の子】という組み合わせには多大なメリットが発生する。それは治癒系統の魔法を修得できる可能性が高まるということだ。

 いつのことになるかは分からないが、私の魂に刻まれた病は確実に発症することになる。

 もし幼少期など私自身で対処できない状況で発症したとしても、両親またはその伝手を用いて治療すればいいのである。

 家族構成でもし孤児になったりしたら崩壊しかねない策だが、危険度8以下であればその可能性は低いだろう。


「一先ず設定完了だ」


『了解しました。ではこの条件で転生先の世界を決定します』


 画面が消えて僅かにロードを行った後、スクリーン上には新たに何やら文が表示された。


【転生先決定:カーネリンシェル(危険度7)】


【一つの大陸と七つの大国、そして無数の小国家により構成される世界。

 人間種の他にドワーフ、エルフ、人狼族など多くの知的生命が協調して文明を築いている。

 また国家ごとに六大神と呼ばれる神々を信仰しており、宗教の力も少なからず国家運営に影響している。

 各国家間の関係は基本的に友好的であるが、闇の神を信仰する魔族による大陸最大の国家・シェイグレイヴのみ建国当時より一切外交が行われておらず、他国家全てから警戒を受けている】


【都市内部・主要街道は安全であるが、野には多くのモンスターが蔓延り、郊外の集落などでは今もそれらによる被害が後を絶たない。

 世界各地にはダンジョンと呼ばれる謎の地下迷宮が数多く存在しており、冒険者たちが日々探索を行い日銭を稼いでいる。

 過去に大攻勢と呼ばれる知能無きモンスター達による各都市への一斉攻撃が行われたことがあるが、それはシェイグレイヴが魔法により引き起こした災厄ではないかと囁かれている】


【文明としては製紙・製鉄・牧畜などである程度のレベルに達してはいるが、機械化技術に関しては未発達でありその兆候も見られない。

 魔法文明が栄えており、多少高価ながら一般人でも魔法による恩恵を受けることが可能である。

 魔素と呼ばれるエネルギーの存在が知られ、それを取り入れることで肉体の構造的限界を超えた身体能力を持つ者たちが多く存在している】


【王侯貴族を始めとした身分制度はどの国家でも見られ、差別的な言動などもある程度容認される社会である。

 平民から貴族になることは基本的に困難ではあるが、国家によっては多大な貢献や金銭の献上による成り上がりを認めているところもある。

 奴隷は人として扱われず主人の所有物と看做される最低ランクの身分ではあるが、高価な代物であるため虐待を受けるようなことは無い】



「……ん? これだけか?」


『基本的な情報は以上になります。更に詳細な情報が必要な場合はポイントの消費が必要です』


 言われてみれば、一番下には【詳細情報の入手】【基礎再設定】【世界再検索】の三つの項目が並んでいた。

 出来れば各国家の情報や平均的な能力値なども欲しいところなんだが、とりあえずやめておこう。

 まだまだ設定する項目は多く残っている。大まかに決めた後でポイントが残りそうであればそのときに考えればいいだろう。


 そして問題の転生先の世界についてだが、危険度7というのが少々厳しいかもしれない。

 確か先ほど設定の際に見た説明では【安全は無償ではない。危機管理能力が問われる】といったものであった。

 だが、他の部分に関しては何の文句も無い。特に神官が力を持っていそうな世界観であるというのが重要である。

 ということで、基礎再設定を選択して出生地を【安全が保障される場所・やや大規模な都市など】を選ぶが、そこで違和感に気づく。


「先ほどよりポイントの減りが大きいようですが」


【はい、後述での改変にはペナルティが発生します。ちなみに世界を再検索する場合は現在のポイントにしておよそ1/3ほどが必要となりますので注意してください】


「むっ」


 そのような事は聞いていないと言いたい所ではあったが、聞かなかった私にも問題があった。ここは引き下がろう。

 第一、出生地に関して考慮しなかったのは私の落ち度でしかない。危険度の低い世界を引き当てれば問題ないだろうという楽観的な思考がどこかにあったのであろう。

 仕方ないのでやや高めのポイントを消費し、出生地を選択する。国家に関しては情報が全く無いため、ある程度安全でさえあればそれ以上の要求は無い。


「このようなペナルティは他の項目に関しても発生するのですか?」


『基礎設定と特殊設定に関してはペナルテイが発生することはありません。

 一度取得した能力を放棄する場合は、消費時と同じポイントが戻ってきます。それを再度取得してもポイント消費量が増えることはありません。

 何通りか組み合わせを試してみた上で自分の望む能力を取得なさるようお勧め致します』


「成程、了解しました」


 では続いて身体能力の設定に移ろう。といっても私の案ではここはほとんど弄る必要は無い。

 病に備えてある程度生命力を強化する程度に留め、筋力や持久力といった項目は全て平均値のままにしておく。


「ん? というか、こちらでは【平均値】がデフォルトなのか」


『はい。こちらも危険度のようにデフォルトをランダムにした場合、自由度は上がりますが設定の難易度が高くなりますのでこのような仕様となっています。

 ちなみに平均値ではなくランダムにした場合もポイントの消費はありませんが、計画立てて生涯を送りたいのであればお勧めは出来ません』


 まあそうだろう。特殊設定との兼ね合いも考えれば、基礎能力の部分に運を絡めたくは無い。

 スポーツ選手を狙うから知力はランダムでいいやとかやったら1引いて、引退後詐欺に遭って無一文になりましたとか馬鹿らしすぎる。

 しかし、この設定に関してはポイントの消費はあまり多くないようだ。流石に最高値の10にすればもりっと減るものの、6や7にする程度であれば微々たる物である。


 続いて精神構造の設定だが、なんだか色々とアレな設定が多くて弄る部分が少なかった。自制心とか高くしても低くしても不都合が出そうだし、何事も程々が大事である。

 感情表現や感受性などは弄ってみても面白そうではあったが、芸術家志望というわけでもないしノータッチ。

 ちなみにこちらの場合はデフォルトが【引き継ぎ】になっており、多くの項目で平均値という選択肢が存在していなかった。

 とりあえず精神力を10に設定し、同様に魔力も10にする。

 この魔力だが、世界を設定するまではどこにもなかった項目である。魔法の存在する世界ということで追加されたのだろう。


「というか、魔力は精神の項目なんですね。身体の項目にあってもおかしくないと思ったのですが」


『それに関しては詳細情報の取得をお願いしたいところですが、そのくらいならいいでしょう。

 魔法は各世界ごとにその様式が異なりますが、貴方の転生するカーネリンシェルでは魔力で精神力を加工することで発動します。

 魔力が高ければより強力な魔法を扱う事ができ、精神力が高ければより多くの回数魔法を行使できます。

 そして精神力は体力とまた別の力ですので、使い切れば意識こそ失うことになりますが直接命に関わるような事態に陥ることはありません。ただし、精神力が減少していると体力も減少しやすくなりますので注意が必要です』


 つまりは魔力は魔法攻撃力、精神力はMPと思っておけばいいってことだろう。身体で言うところの体力と筋力の関係にも似ている。

 MPが切れてもHPは残ってるから死なないけど、残り少ない状態だと疲れやすくなりますよと。OK、把握した。


 とまあ、来世なりたい職業である「魔法使い」らしくなるように色々と弄ってはみたが、とりあえずこんなところであろうか。

 このポイント制度というのは、生前の功徳を元にして評価されていると言っていたが、私の前世というのは30年にも満たない。おまけに大半は学生として遊びまわっていただけである。

 文武両道な英雄プレイに憧れない訳ではないが、それに必要なスキルや基礎能力値を考えれば足が出るのは試算するまでもないことである。そもそも大成したいという思いがあるわけでもない。

 私の来世での目標は好きな事を好きなようにすることである。過剰な地位や名声など枷になるだけで必要無いのだ。

 だからといって小さくまとまった人生を送るというのも味気なかろうということで、マジックユーザーに必要な最低限の部分は突出させつつ汎用性も残した構成としたつもりだ。




 では最後、一番重要な【特殊設定】についての設定に移ろう。

 とりあえず魔法関係の項目を開くと、うむ、出るわ出るわ。

 各種魔術の素質を始めとして詠唱破棄、追加詠唱、消費精神力緩和などのサポートスキルまで満載である。

 目移りしそうな魅力的な単語の羅列だが、まず一番に取らなくてはならないのがこれである。


【神聖魔法適正Lv.1】


【神の力により発動する神聖魔法を行使する為に必要な素質。

 前提として神々からの加護を得る必要があるため、神殿で儀式を行う必要がある。

 見習い神官として初級魔法をいくつか扱うことが可能となる】


 まあ、自身の命に関わる以上これを取る以外無いのであるが。

 見た目が派手で内容も多岐に渡る詠唱魔術にも興味はあるが、試してみたところLv.1ですら大量のポイントが要求された。

 転生先では詠唱魔術の使い手が希少であるということなのだろうか。Lv.2や3にすると更に莫大なポイントが必要で、私の所持ポイントでは4にすることもできなかった。

 ちなみに精霊魔法適正という項目もあるにはあったが、詠唱魔術以上にポイントの消費が激しいことが分かったため即座に諦めた。


 しかしである。魔法関係では最も消費ポイントが少ない神聖魔法であったが、それでもLv.5にするには僅かにポイントが不足してしまった。

 さてどうするかと思ったところで、ふと思いついたことがあったので一つ質問をしてみる。


「ポイントを増やせるようなスキルがあれば一覧にして出してもらえますか?」


『了解しました』


 基礎設定と同様であればもしやと思ったのだが、予想通りそのようなものもしっかり存在していたようだ。

 画面が切り替わり、ずらりと赤文字のスキルが並ぶ。しかしまあ、そのどれもこれもが凶悪な字面をしている。

 隻眼などの身体部位欠損に始まり、精神障害、日光弱点、人類種の天敵、極めつけは薄命なんてものまである。


『マイナススキルに関しましてはそのLvに応じてポイントの取得量が変化しますが、他にも効果を限定することでデメリットを減少することが可能なものもあります』


 ぐぬぬぐぬぬと一人で唸っている様子を見かねたのか、女性はそんなアドバイスを私に与えてくれた。


「限定、ですか?」


『例えば【アレルギー体質】というスキルでしたら、通常ランダムで選ばれるアレルギー源を指定することが可能です。

 そうしますと増加するポイントは目減りしますが、合わせてアレルギー発症時の症状を重くすることである程度の量を確保することも出来ます。

 また、自然治癒の可能性の付加や逆に発症する年代の指定を行うことも可能です』


 ただし改善の可能性がない事に関しましてはこのような妥協策はありませんので留意してください、と女性は言う。


「となると、ひとつ質問があります。私の病がいつ起こるかというのは今から予知することは可能でしょうか」


『いえ、それは不可能です。貴方の病は魂に刻まれた定めであり発症は避けられませんが、それがいつになるかというのは貴方の日々の過ごし方により変化します』


「では聞き方を変えますが、前世と同じような日常を生きたのであれば同じような時期に発症することになるのですか?」


『なるほど。ではもしまったく同じ生活習慣で日々を過ごしたのであれば、そのような結果となるとお答えしましょう』


 となれば、先ほどの中で一つ気になっていたものがあったので確認してみる。それは、【虚弱体質】というスキルだった。


【身体能力全般、特に体力に関してペナルティを受ける。野外活動に大きな制限がかかると考えたほうがよい。

 精神面に対しての影響は少ないが、外出する機会が少ない人生を送るのでなければ取得することは望ましくないだろう】


 これに体質改善の可能性を付与し、代わりに重度を二段階引き上げる。そうすることで神聖魔法適正Lv.5の習得に必要な分のポイントを得ることが出来るようになった。

 病の発現因子を持った状態で更に虚弱体質を得るというのは無謀に見えるかもしれないが、実際生活を送る上ではしっくり馴染むようにも思えるのだ。

 最初から体が弱いのであれば普段から健康に注意を払うようになるので病の早期の発見が可能になるであろうし、それに加えて部屋に引きこもっていても不自然では無くなる。

 私は常識や言語を初めから習得するスキルを取得するつもりはないので、幼少期はそれらの学習に費やすつもりなのである。

 子供らしくない生活を送ることになりそうだが、むしろ子供らしい生活を送るほうが私の精神年齢的な問題もありストレスが溜まりそうなので逆に望むところである。

 そしてこれは希望的観測に過ぎないが、私の病は魂に原因があるために起こるとのことであれば発症する時期は前世と同じ年齢の頃になるとは予想できないだろうか。

 ある程度前倒しになる可能性も考慮しなければならないものの、20代に入るくらいまでは心配無いものと考えても良いだろう。そうであれば発症に至るまでに治療法が見つからずとも虚弱体質に関しては改善が可能である。

 


 さて、そうして目的のスキルを入手したところで、後は余ったポイントで便利そうなスキルをいくつか見繕ってみる。

 まずは【記憶能力】。実際持っていても役に立つのか微妙な気もするが、個人的に取っておきたい能力である。

 次に【観察眼】。一見すると戦闘用の能力に思えるが、使いようによってはヒーラーや学者として身を立てる上で大きな助けとなるだろう。

 そして【天運】。実力ではどうしようもない部分もある程度補うことが出来るという点が気に入った。

 最後に【応報】。効果範囲がよく分からない能力なのだが、基礎設定で泣く泣く切り捨てた筋力などの部分を補助するのに使えそうである。


 余ったポイントで選んだ割にはそれなりのスキルが手に入ったが、実のところこれらは全てもっと上位の能力が存在している。

 そのためどれも安価で取得できたが、その分効果に関してはあまり期待できない部分がある。

 たとえば【観察眼】であれば、【心眼】という対象の能力全てを見抜く上位スキルがあるし、【応報】に関しては【成長補正付与】【成長限界解除】なんてものまである。


 スキル習得も終えたところで、残ったポイントを何につぎ込むかと考える。

 いやはや、しかしもうこれ以上上げるようなステータスも特にないしな。

 とりあえずあまりいじらなかった身体能力でももう一度見てみよう。

 うーん、やっぱり特に気になる項目はないなあ。てきとうにえらんじゃおうかな。

 それじゃいまぐうぜんにもカーソルがあってる【容姿】にでもつぎこもうかな!

 まったくきょうみはないけど、ぐうぜんだからしょうがないなー!

 よーし、のこりのポイントぜんふりだー! おや、ぴったり最高レベルになっちゃった! ぐうぜんのちからってすげー!」

 

『そんなに無理をしなくとも、今くらい自分に正直になってもいいと思いますが』


「安西先生……女の子にモテたいです……!」


 途中から口に出ていた私の惨めな自己弁護に対する慰めの言葉に私は膝から崩れ落ちる。いや体とかもう無いけど心情的なアレが、こう、ね。

 はいはいああそうだよ、計算しましたよ! そりゃ容姿なんて項目があるなら最高にする以外無いだろうさ!

 これ弄らなければ虚弱体質の重度を一つ下げても大丈夫だったけどそういうわけにもいかないだろ!

 モテたいんだよ!

 恋したいんだよ!

 エロ……いちゃいちゃしたいんだよ!(迫真)


「ということで設定は以上です」


『了解しました。では、最終確認の上で転生先の世界のゲートを開きます。内容に間違いが無ければ【決定】を押してください』


 私の奇行を目の当たりにしても一切キャラがブレない炎ちゃんマジ天使。ペロペロ! ペロペロ!

 いやそんなマジキチなうえに駄目人間丸出しで親にスライディング土下座をしたくなるような発言、略してマダオはともかく。

 手元のスクリーンが切り替わり、確認画面が表示される。これが転生後の私の能力となるわけである。


――――――――――――――――――――――




【基礎設定】


・転生世界……カーネリンシェル(危険度7)

・出身地 ……安全が保障される場所・やや大規模な都市など

・身分  ……神官の子

・身体能力……平均的だがスキルにより弱体化。容姿は極めて優美である

・精神構造……傑出した魔力、精神力を保有




【特殊設定】


・神聖魔法適正Lv.5

 経典や伝説の中で語られる聖人に比類するレベルの素質を持つ。

 杖を振れば海を割り、祈りを捧げれば天に虹の橋が架かるとされる。

 神器の作成・ありとあらゆる神との契約・神階への進入・降神術の行使などが可能となる。


・虚弱体質Lv.3(limited)

 他者の手による補助なくして生活を送ることが極めて難しい、重度の身体能力の欠如。

 立てば貧血座れば眩暈、歩く傍から不整脈。

 ただし加齢による改善の可能性があり、少なくとも20代前半には完治する。


・記憶能力Lv.2

 秀逸な記憶力を得る。理解力とはまた別であるため、単純な丸暗記にのみ適用される。

 意識して見聞きした情報であれば自由に引き出すことが可能。

 

・観察眼

 対象を観察し、その能力や生態を推測する能力。鑑定眼とは別のため、物品の価値や用法を知ることは不可能。

 あくまで推測であるため正確性はそこまで高くなく、また何らかの手を用いて能力を秘匿された場合見抜くことは困難。

 だが、モンスターなど知性の低い相手に対しては有効な技能となりうる。


・天運

 同じ結果に辿り着くまでに複数の過程があり、そこから無作為に一つを選択した場合、より良い過程を選び取る可能性が高くなる。

 また、同じ過程を通ってもより良い結果を得やすくなる。


・応報

 行為に応じた成果を得る。あくまで相当量の対価しか得られないので、より多くを得るような補正はかからない。

 この力を持つものに無駄な努力というものは存在せず、向上心ある限りその成長は限りなく続く。



――――――――――――――――――――――



 見れば見るほど地味な設定である。神聖魔法適正がキラリと光る以外は我ながらなんとも微妙な能力を揃えたものだ。

 しかし、それでこそ面白いというものだ。不揃いであるからこそ、長所と短所があってこその人間である。

 では、はじめの一歩を踏み出すとしよう。決定を選択すると、背後に石造りの無骨な扉が現れた。


『この扉を開けた瞬間から貴方の新しい人生は始まります。

 そこは貴方にとって希望をかき集めて創り上げた理想郷の如き世界でしょう。

 祝福された未来が、心躍る運命が貴方を待っています。

 夢見た楽園の中で、抱えきれぬ幸福に浸った生を謳歌することでしょう。


 ですが、私たちはそのような事を望んではいません。


 この扉を開けた瞬間に貴方のこれまでの人生は終焉を迎えます。

 そこは貴方にとって煮え滾る地獄の釜の中が如き世界でしょう。

 絶望に沈んだ未来が、悪意に満ちた運命がその先には待っています。

 夢見た栄光を掴むことなく、こんな筈ではなかったと失意の内に命を落とすことでしょう。


 ですが、私たちはそのような事を望んではいません。


 私たちは望んでいます。貴方が何も求めず、何も拒まず、ありのままをありのままに受け入れることを。

 成功も失敗もその世界には無いのです。あるのはただ、貴方の行動とその結果のみなのですから。

 自らを偽らず、自らを騙らず、自らを律さず、ただ心のままに生きてください。

 私たちの助力はここまでです。この先を拓くのは貴方自身の意思そのものです。


 我らは世界の観察者、我が名は「内包するもの」ヴァル=カスティール。では、素晴らしき人生を』


 


 扉が開き、視界が白く染まっていく。

 浮遊感の後、体が霧散するような感覚。

 意識が赤熱し、心の底に爆発的な感情が宿る。

 力が漲る。精神が滾る。魂が震える。

 私はそれに逆らわず、ただ只管に全力を以って


 ――産声を上げた。


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