9/閑話:リュカ・エーツ・アルツフェイドの困惑
入学式の日に見かけた少女たちは同じ新入生であり、クラスメイトとなった時アタシは内心でとても喜んだ。三人とも気にはなっていたが、その中でも特にアドラは特に私の歓心を引く存在であった。
式も恙なく終わり教室での自己紹介の時、彼女らの口から齎された身の上にはとても驚かされたけれども。
まず、出席番号が一番であり真っ先に自己紹介を始めたアドラ。椅子を引いて静かに立ち上がった彼女の容姿に男女問わずクラス中から感嘆の息が漏れたが、彼女の口にした話は一声目からして色々と滅茶苦茶な内容であった。
『アドラ・スラッカスと申します。最初に申しあげておきますが、私は貴族でもなければ商家など権力のある家の者ではありません。ごく普通の神官の子です』
その言葉にクラスの半数が反応した。この学校に通うものの多くは貴族であり、そうでなくとも何らかの権力を持つ者の子であることが多い。
その中で平民であるということは決して利になることはないというのに、彼女はそれをまず口にしたのだ。隠しておいて後から事が知れると余計厄介な事になると判断したのかもしれないが、それだって随分と思い切りの良いことだ。
実際彼女に向けられた視線には好奇心だったり侮蔑だったりと様々な物が含まれていたが、彼女はそれらを委細気にすることなく話を続けていく。
『私は未だ七歳と若輩であり、ここで学ぶには分不相応な立場かもしれません。しかしこうして皆さんと席を並べる以上、少なくとも遅れを取ることの無いよう精一杯努力を重ねていきたいと思っております』
彼女の年齢にまた一部の者が驚きを表す。この学校に入学する目安は十二歳とされているからだ。
私もまた随分と小柄だと思ってはいたが、まさかほんの七歳とは思わず驚いた。そして彼女の話し振りはその年齢通りに幼い外見とは裏腹に、落ち着いた深い知性を感じさせる毅然とした物であった。
『そして一つ、皆さんにお伝えしておかねばならないことがあります。私は身体に問題を抱えており、急に体調を崩すことがしばしばあるかと思います。もしそのような事態になった際には担任か保険医に連絡の上、私の姉であるアリサもしくは知人であるユーゼリカに報告して頂きたいのです。迷惑をお掛けしますが、宜しくお願いします』
ぺこりと一礼して彼女は席に着いた。教室が僅かにざわめくが担任の教師が注意をして静粛にさせ、それから次の生徒が立ち上がる。
今しがた着席した少女とどこか似たような風貌の黒髪の彼女は、同じく門の前で見かけた姿の一人だ。
『今挨拶したアドラの姉の、アリサです。年は十になります』
その言葉にざわりと、主に男子を中心とした反応が起こる。あのおっぱ、いや、体格で十歳だと? そんな馬鹿な、ありえん、等々。
思わずクラス中の視線が彼女の胸元でたわわに実るそれに向かう。確かにその疑問には同意せざるを得ないが、もう少し声を押さえろよ男子諸君。
しかしまあ幸運にも彼女はそれらの視線にも声にも気づいた様子はなく、やや緊張したような様子で自己紹介を続ける。
『えと、あたしはアルハー様の加護を持ってるので、治療が必要な時はいつでも声を掛けてください。これから三年間宜しくお願いしますっ』
彼女は腰を直角に曲げて礼をした後、恥ずかしそうな顔で席に着いた。加護持ちという言葉に、これまた一部の生徒たちがざわつき始める。
アドラが自分を神官の子であると言っていたのだから、アリサも同様にそうなのだろうことは分かる。だがほんの十歳で加護を得るというのは、その者に高い才能があるということを示唆している。
彼女たち姉妹をただの平民の子と侮りを見せていた者たちも、少し見る目を変えることだろう。
それからしばらくは他の子たちの自己紹介が続いたが、それらはみな自分はどこの家の者でありその歴史だとか自領の特産品だとかどうでもいい話であったので割愛する。
精々が子爵程度であったし、彼らの御機嫌取りなんていちいちする気もなかったのでほとんど聞き流していて覚えていないというのもあるが。
そしてとうとうあの時の三人組の最後の一人、長い金髪の少女が立ち上がる。
『ユーゼリカ・ロウ・マイアラストです。男爵家の長女ではありますが、領地はありませんので皆様から見れば木端のような者かもしれませんね』
それを聞いて私はぎょっとした。マイアラスト家といえば、かつての大侵攻における多大な貢献により平民から貴族へと成り上がったことで有名な貴族である。
故にこそ家の歴史は浅いものの武家や軍に広く伝手を持っており、軍事の分野に関してはそこらの伯爵など軽く凌ぐほど。下手をすれば侯爵にすら意見することが可能なまでの発言力を有しているとまで言われている。
実際、戦時のマイアラスト家の武勲に関する報告書を調べようものなら、何故男爵の地位に甘んじているのかが不思議に思えるほどの凄まじい活躍が散見されるのであった。
つまりマイアラスト家とはとてもではないが木端などと言われる存在ではなく、王国内でも最有力の一つに数えられる大貴族の家系である。
『クラスで最初に自己紹介したスラッカスの姉妹とは長らく家全体での付き合いを続けており、彼女たちを学校に推薦したのも私の父です』
ややざわついていた教室が、その一言で完全に静まり返る。それは要するに、アドラたちはマイアラスト家の庇護の下にいるということを告げている。
だからもしも平民だからと言って侮辱し、あるいは攻撃するようなことがあればその時は黙っていないぞと、言外にそのような意味を含めていた。
男爵家一つ敵に回したところでと思うような輩ももしかしたらいるかもしれないが、それは無知による命知らずと言い切ってしまって構わない程の愚行といえよう。
マイアラストの力というのは、それくらいの規模なのである。
『とはいえここは学び舎。身分など関係なく私や彼女たちとも忌憚なく付き合って頂けましたらと思います』
それから気品ある礼をして着席すると、担任が次の生徒の名を読み上げる。やや気後れしたような様子で男子が自己紹介を始めるが、それはもはやどうでも良かった。
磨き上げられた珠玉の如き美しさと脆弱さを持つ、七歳の平民。
その姉であり神官としての才を秘めた、豊満な体つきの少女。
そして彼女らを庇護する立場にある、特殊な大貴族の令嬢。
アタシはこれからの学生生活に波乱の気配をひしひしと感じながらも、口元には小さな笑みを浮かべていた。
*****
それから一週間後、波乱の前兆は唐突にアタシの元へと訪れた。
交流会と称してアドラを含めたお茶会を開こうと、アリサとユーゼリカが言い出したのである。
学校生活が始まってから最初の二、三日はみんなこの奇妙な三人組に対して尻込みしていた部分があったのだが、ユーゼリカの気取らない態度とアリサのほんわかした人当たりの良い笑顔に惹かれて周囲には多くの人々が集まっていた。
アタシもその内に漏れない一人ではあるのだが、それでも彼女たちとは他の子たちよりもやや親密な付き合いであるとは思っていた。そもそも二人の友人一号はアタシである。ちょっとした自慢だ。
しかし、最後の一人であるアドラとは全く親交を得ることが出来なかった。授業が終わると声を掛ける間もなくすぐにどこかへと立ち去ってしまうのだ。アタシはアドラとも友達になりたいと思っていたので二人に相談したが、彼女らも現状を宜しく思ってはいなかったようで今回のような場を設けることとなったのである。
アリサたちに声を掛けられたのは私含め七人。姉妹とユーゼリカが合流すれば丁度十人となる計算である。会場は最初食堂の一角でも借りようかという話もあったが、折角だから気兼ね無く騒げるように誰かの部屋で行うこととなった。
これだけの人数が集まるとなると狭い部屋は難しいということで、選ばれたのはアタシの部屋だ。といってもアタシは他の子より広い部屋を宛がわれているわけではなく、単に物が少ないだけである。
家具はベッドに机、それにクッションがいくつかと小さな棚があるだけで、クローゼットは備え付けのもの一つで容量は十分に足りている。あまり外見や服装を気にしないアリサにすら女の子っぽくないと言われたいわく付きの部屋である。
……べ、別に気にしてなんかないけど。
放課後に集まるんだし学生服なのも味気無いとそれぞれ私服に着替えて集まっているが、やはり皆貴族の子女ということもあって華美な服装を見事に着こなしている。
そんな中アタシはそれなりに品良くまとまった花柄刺繍の入ったチュニックにプリーツスカートと、これからちょっくら夜会にでも繰り出せそうな格好をした面々に囲まれて一人だけ逆に浮いたようになっていた。
というか、この場合おかしいのはこいつらじゃないのかと思うんだけど。なんでちょっとしたお茶会で完全武装してんだよ、絶対に見栄を張るような状況じゃないだろこれ。
そんな風に考えていた時期がアタシにもありました。
がこんと小さな音を立ててドアノブが下がり、開いた扉の向こうからアリサとユーゼリカの二人に手を引かれて入ってきた彼女の姿を見てアタシの思考は一瞬完全に停止した。
これは、やばい。
見る人が見れば涙を流して拝み出しかねないレベルの代物である。かわいいは凶器になる、あるいは狂気になると真面目に納得してしまうほどに目の前の存在は超越していた。
小柄な背丈に子供らしい愛らしさの感じられるピンクのワンピースドレスにはふんだんにフリルがあしらわれ、もこもこふわふわとしたそれは抱きしめたらどれだけ柔らかなことだろうか。
漆黒のニーソックスを纏う華奢な足はどこか色気があり、同じく黒に揃えられた長手袋とドレスの袖との隙間からは砕いた真珠を塗したかのごとく白く滑らかな肌が覗く。その黒と白の対比が年齢と釣り合わない程の背徳的な妖艶さを匂わせる。
可愛らしさと美しさ、そしてなによりもそそるのがそれを装う少女の恥じらいに満ちた表情である。頬を僅かに染め、困ったように顰められた形の良い眉。所在なさげに宙をうろつく潤んだ瞳に、何か言いたげながらも口に出せず小さく開閉するだけの艶やかな唇。
思わず押し倒してしまいたくなるような、魅力に満ち溢れたその姿に部屋中の少女たちが見入ってしまっていた。
とはいえこうしていても何も始まらないということで、お菓子を並べた机を全員で囲んだところでユーゼリカが交流会の開始を宣言した。
それと同時に物凄い勢いでアドラに対して質問がぶつけられ始め、彼女は目を白黒させる羽目となっていた。まあこれがこの会の本来の目的である以上我慢して貰う他ないだろう。
あわあわと向けられる質問に一つずつ答えていくアドラを尻目に、アタシは部屋の隅のベッドへと移動していた。紅茶とマドレーヌを始めいくつかのお菓子をちゃっかりと頂戴しつつ。
アドラを中心としたあの輪の中に入り込みたいという欲求は当然ある。だが、アタシの心の中身は既に失敗したという気持ちで一杯になってしまっていた。
きゃあきゃあと楽しそうに話す彼女たちを見て、それから自分の姿を見る。
「あー、もうちょっとおしゃれしとくべきだったかなー」
視線の向こうのクローゼットの中には彼女たちの着ているような綺麗な衣装も用意されている。それは学校行事にはパーティーなども含まれているので当然の準備である。
しかし、今からそれに着替えるというのは無理である。綺麗な女性たちの中に含まれた一点の異物、それが現在のアタシである。第一印象としては宜しくない、寧ろ悪い部類に入るであろう。
これでこれから先一切の友好関係が築けなくなるというわけではもちろん無いが、彼女たちには一歩出遅れた形となる。それが酷く残念だった。
紅茶を行儀悪く啜り、はぁーと長い溜息を一つ。本当に、着飾っておかなかったことが悔やまれる。
「なに一人で溜息なんて吐いてるの」
もさもさとジャムの塗られたクッキーを半ばヤケ食いしているとベッドの隣にアリサが腰かけた。彼女の手にも紅茶のカップと、ポケットにはお菓子が入っているであろう膨らみが見て取れた。
「おーうアリサ、心の友よー。そのポケットに詰め込まれたお菓子でアタシを慰めておくれー」
「お菓子ならまだ自分のぶんあるじゃない、ってこらっ! それはお菓子じゃないよっ!」
むぎゅんと目の前の膨らみを鷲掴みにすると、アリサはカップを持っていない方の手で頭をぺしんとはたいた。猫耳がぺしゃりと潰される感覚がする。
「むむう、これは確かにお菓子にあらず。これはもっとこう甘く、夢の詰まった素敵なものだね」
「リュカ、なんだかおじさんくさいよ……」
花の乙女に何を言うか。仕返しに一度ふにゅんと揉みこんでから手を放すと、アリサはぺしぺしと頭を再度はたいた。
「で、折角のお茶会なのにそんな暗い顔してどうしたの」
「いや、ほら。みんな綺麗な服着てきたのに、アタシだけこんなんだから。ちょっと気後れしちゃってさ」
「あたしもこんなんだけど?」
そう言ってアリサは地味な柄が気休め程度に入っているだけの麻のスカートを摘みあげる。上もシャツに薄手のカーディガンを羽織っているだけで、確かにお洒落といえるような服装ではない。
「アリサは神官志望だし、普段から贅沢しないってみんな分かってるからそれでいいだろうけど。でも彼女たちと同じ貴族としては、なんというか負けたような気分になってさ」
「こんなので勝ち負けなんて無いでしょ、別に」
「まあアタシは女らしさとかどうでもいいと思ってる方だけどさ、それでも多少は周囲の目とか気にするわけよ」
「んー、でもその服も可愛いと思うよ。ねえアドラちゃん?」
「そうだね、悪くないと思う」
「褒め言葉になってないよっ! そういうのはもっとちゃんとした言葉で言うの!」
「今までのやりとりでもう綺麗とか可愛いとかのボキャブラリーは尽きたよ……。でも、本当に似合ってると思うよ」
「そうかなー? ありがと、二人とも」
行儀悪く口内に放り込んだマドレーヌをぐびぐびと紅茶で流し込む、ってあれ? なにか今後ろから声が……。
振り返ってみると、いつの間にやら優雅に紅茶のカップに口を付ける桃色のふわふわした物体がすぐ横に座していたのだった。
「……ええと、さっきまで向こうでみんなに囲まれてなかった?」
「うん、逃げてきた」
目を細めてにこりと微笑むアドラ。その無垢な笑顔が眩しい、ってなんか言ってることが滅茶苦茶なんだけど。
「事ここに至って抵抗するつもりはないけどさ、あんな勢いで質問責めされたらちょっと距離を置きたくもなるよ」
「それでこっちに来たの?」
「ん、姉さんもいるしゆっくり話が出来そうだったからね。私はアドラ、貴女の名前は?」
「リュカよ。リュカ・エーツ・アルツフェイド。宜しくね、アドラ」
アドラは七歳とは思えない泰然とした口ぶりで理由を話すが、結局のところ面倒臭くなって身内の元に駆け込んできたということだ。
「うん、宜しく。ところで、リュカって獣人だよね。その耳とか、尻尾とか」
「アタシはワーキャットよ。この学校だと他の獣人は教師くらいしかいないし、珍しいかもね」
そもそも獣人の貴族自体の数が王国では少ないので、貴族に限って言えば私だけと言ってもいいだろう。
しかし、見れば分かることをわざわざ問うということは、彼女はアタシに関して何か思うところがあるのだろうか。獣人差別主義者とかだったら、ちょっと嫌だな。
出来れば友達になりたいと思っていたので何を言われるのかとちょっと緊張していると、アドラはアタシの耳を見て何やら恥ずかしそうにもじもじとし始めた。
「? えーと、何?」
「あー、そのね……いや、でも、いきなりそういうこと頼むのも変だし、やっぱり何でもない」
視線をきょろきょろと彷徨わせたあげく、歯切れ悪くそんな事を言う彼女にアリサが話しかける。
「アドラちゃん、言いたい事があるならちゃんと言った方がいいよ」
「でも、ちょっと失礼なことだし……」
「それでも口にしないと何も伝わらないよ。そんなんだからアドラちゃんは何時までたっても友達が」
「その話題はダメぇぇぇ!」
仲の良い姉妹のやり取りと本気で涙目になっているアドラの様子に、思わず笑いが込み上げてくる。
アタシはいつの間にやら彼女が遠い存在であるかのように感じてしまっていたけど、実際目の前の少女は一人の小さな子供でしかないんだ。そう思うと、すっと心が軽くなったような感じがした。
「取りあえず言ってみてよ。変な事だったとしても怒ったりしないからさ」
「うぅ、それじゃ、嫌だったら嫌って言ってくれていいからさ」
彼女は両手の指を絡ませながら、おどおどとした様子で口元を僅かに動かすようにしてぽしょぽしょと話す。
「その、耳と尻尾を触らせて欲しいかな、なんて」
じっとこちらを上目づかいで見つめながら頬を赤らめた。なんだこのナマモノ、抱き枕にしたい。
それには特に異を唱えることなく許可を出し、まあ、手つきがやけにえっちだったりそれで思わず喘ぐような声を上げてしまったりと一悶着あったりもしたが、しばらく楽しく談笑して過ごした。
なんでこんなお願いをしたのかと聞けば、学校に来る前の友人には獣人の子がいなかったので、前々から触ってみたいと思っていたものの機会がなかったのだそうだ。
アリサにそもそも友達自体ほとんどいなかったじゃないと突っ込みを入れられてまた涙目になっていたのはご愛嬌である。
アタシの服装も見慣れないドレスに囲まれるより緊張しないし、なんだかほっとすると悪い印象では無かったようでこちらも一安心した。
その後集団からまたお呼びがかかったためその日アドラと個人的に話すことは無かったが、次の質問責めにはアタシも参加して色々と弄り回してやった。
そして、それを切っ掛けにアタシはアドラと友人付き合いを始めることとなるのであった。
*****
だが。最近になって少し妙な事になった。アドラのことが、やけに気になるのだ。
いや待て落ち着け。これは恋愛感情とかそういったものではない。アドラは子供だし、常識はあれど変人だし、なによりアタシと同じ女の子だ。
いくら本能に忠実気味な獣人であるといっても同性愛の趣味などアタシは持ち合わせていないし、アドラと話したいと思いはすれどもキスだとか、ど、どど同衾だとか、そういうことを望んではいないのだ。
だが時折、ふと肩がぶつかったり手が触れたりした時、あるいは授業中に彼女の真剣な表情を見たりすると思わず胸がどきりとする事がある。彼女の事を考えると恥ずかしい気持ちが湧いてくる。
最近では自分でも感情に整理が付かなくなっていて、先日魔術の授業でいたずらされた時には過剰な仕返しで泣かせてしまったりもした。
その涙を見て一気に心が冷えて、なんだかもう自分が頭のおかしいやつになったように思えて、嫌われたかもしれないと思った時はまるでこの世の終わりみたいな気分になった。
でもアドラは、気にしてないって、アタシたちは友達だって言ってくれて。仲直りしようって言われた時は、いつもアリサが彼女にしてるみたいにぎゅってすればいいのかなと思ってそうしてしまった。
いや、違う。アタシがアドラを抱きしめたかったからそうしたんだ。その後アドラはしばらくの間耳まで真っ赤にして机に突っ伏していたけど、そこまで恥ずかしがらなくてもいいと思う。
抱きしめたアドラの体は小さくて、細くて、だけどどこかしっかりと芯のある体つきだった。女の子に芯のあるだなんて褒め言葉じゃないかもしれないけど、なんだかほっとするような感じだった。
……これだけ並べ立てておいて今更と思うかもしれないが、本当にアタシは同性愛の趣味なんてない。
なのにどうしてか、アドラだけは特別なのだ。彼女という存在はアタシの心を簡単に掻き回して、不思議な気持ちを植え付けていく。
アドラが男の子だったらこんなに悩む必要は無かっただろう。この顔の火照りも、胸の疼きも、浮き立つ心も……
相手が異性であれば、間違いなく恋だと言い切れるものなのだから。