第9話『先輩、俺…この仕事向いてないです』
その日の事故は、相馬にとって“心を折る一撃”だった。
夜の雨。
視界の悪い交差点。
車とバイクの接触事故。
バイクの男性は意識があり、命に別状はない。
だが、血の匂いと雨の音が混ざり合い、現場は重かった。
相馬は震える声で言った。
相馬「先輩……俺……ちょっと……無理かもしれません……」
先輩「無理か」
相馬「即答しないでください!!」
先輩は淡々とバイクの位置を確認しながら言う。
先輩「無理だと思うのは普通だ。
新人はみんな一度は折れる」
相馬「折れたくなかったです……
俺、白バイに乗りたくて……
かっこいい警察官になりたくて……
でも、現場って……こんなに……」
先輩「重いぞ」
相馬「また即答!!」
相馬は雨の中で膝に手をつき、うつむいた。
相馬「俺……向いてないですよね……
怖いし、焦るし、泣きそうになるし……
白バイなんて、夢のまた夢で……」
先輩は相馬の横にしゃがみ、静かに言った。
先輩「相馬。
向いてるかどうかなんて、どうでもいい」
相馬「どうでもよくないです!!」
先輩「向いてる奴なんていない。
“必要とされるかどうか”だけだ」
相馬は顔を上げた。
相馬「……必要……?」
先輩「お前、今日もちゃんと怖がった。
怖がるってことは、命を軽く見てないってことだ。
それだけで十分だ」
相馬「……でも俺、全然落ち着けないし……
先輩みたいに冷静じゃないし……」
先輩「俺だって昔は震えてた。
今でも震えることがある」
相馬「えっ、先輩が……?」
先輩「当たり前だ。
震えなくなったら終わりだ」
相馬は息を呑んだ。
先輩「相馬。
お前は“怖い”と言える。
“無理だ”と言える。
それは強さだ」
相馬「強さ……?」
先輩「強がる奴より、よっぽど強い」
相馬の目に、雨とは違う涙がにじんだ。
相馬「……先輩。
俺、本当に……この仕事、続けられますかね……」
先輩「続けられるさ。
お前は、ちゃんと“人の痛み”が見えてる」
相馬「……」
先輩「白バイに乗りたいなら、なおさらだ。
白バイは“人の人生の分岐点”に一番早く着く。
そこで震えずに立てる奴なんていない」
相馬はゆっくりと立ち上がった。
相馬「……先輩。
俺……まだ怖いですけど……
でも、逃げたくないです」
先輩「それでいい」
相馬「俺……もう少しだけ……頑張ってみます」
先輩は小さくうなずいた。
先輩「よし。
じゃあまず、三角コーン置け」
相馬「またそこからですか!!」
先輩「全部そこからだ」
相馬は雨の中、三角コーンを握りしめた。
白バイへの憧れは消えない。
だが、今日またひとつ――
**“向き不向きより、必要とされるかどうか”**
という現実が胸に刻まれた。
こうして相馬の9日目は、
挫折と向き合いながらも、
確かな成長の一歩となった。




