第1話『先輩、俺…白バイに乗るんですよね?』
警察署の交通課。
朝の空気は、妙に静かで、妙に重い。
新人警察官・相馬隼人(22)は、胸を張ってドアを開けた。
胸ポケットには、子どもの頃に交通安全教室で撮った白バイの写真。
スマホの待ち受けも白バイ。
警察学校の卒業論文も白バイ。
人生のすべてが白バイに向いている男だ。
相馬「今日から俺も…白バイの一員か…!」
その瞬間、奥のデスクから声が飛んだ。
先輩「お前、事故処理な」
相馬「……はい?」
先輩は、無表情で書類をめくりながら続ける。
先輩「白バイは“選ばれし者”だ。新人が乗れるわけないだろ」
相馬「え、でも俺、白バイ志望で…」
先輩「志望は自由だ。現実は事故処理だ」
相馬「現実、厳しすぎません?」
先輩「警察はいつも現実だ」
淡々とした声。
だが、その言葉には妙な説得力があった。
相馬は気を取り直し、周囲を見渡す。
机の上には、三角コーン。
反射ベスト。
交通事故現場の図面。
白バイの“し”の字もない。
相馬「先輩、俺のバイクはどこですか?」
先輩「そこにあるだろ」
指差した先には――
三角コーン。
相馬「……これ、バイクじゃないですよね?」
先輩「現場で一番使うのはそれだ」
相馬「俺、走るんじゃなくて、走らされる側ですか?」
先輩「気づくの早いな」
相馬の夢は、開始5分で崩れた。
そのとき、無線が鳴る。
『交通課、至急出動願います。交差点で事故発生。負傷者あり』
先輩は立ち上がり、反射ベストを相馬に投げた。
先輩「ほら、ヒーローになりに行くぞ」
相馬「ヒーローって、こんな泥だらけのベスト着るんですか?」
先輩「ヒーローは汚れる。汚れないのは観客だ」
相馬「名言っぽいけど、納得したくないです!」
二人はパトカーに乗り込む。
サイレンが鳴り響く中、相馬は窓の外を見つめた。
相馬「先輩…俺、本当に白バイ乗れますよね?」
先輩「努力すればな」
相馬「じゃあ、いつかは…!」
先輩「ただし、まずは事故処理を完璧に覚えろ。
事故は“人の人生の分岐点”だ。
そこに立ち会う覚悟がない奴に、白バイは似合わない」
相馬は息を呑んだ。
夢より重い言葉だった。
パトカーが急停車する。
事故現場に到着したのだ。
車は大破。
泣き叫ぶ声。
呆然と立ち尽くす人。
野次馬のざわめき。
相馬の足がすくむ。
相馬「せ、先輩…これ、俺…無理かも…」
先輩は静かに言った。
先輩「大丈夫だ。
お前が怖いと思うのは、ちゃんと“人の痛み”が見えてる証拠だ」
相馬「……」
先輩「行くぞ。
今日からお前は、誰かの“もしも”を背負う仕事をするんだ」
相馬は震える手で三角コーンを握りしめた。
相馬「……はい!」
その瞬間、彼の中で何かが変わった。
白バイへの憧れは消えていない。
だが、それよりも――
“今、目の前の人を守る”という現実が胸に刺さった。
相馬は走り出す。
泥だらけの道路へ。
泣き声の中へ。
人生の分岐点へ。
先輩は小さくつぶやいた。
先輩「よし。
まずは三角コーンの置き方からだな」
相馬「そこからなんですか!」
先輩「全部そこからだ」
こうして、
白バイに憧れた男の“現実の警察官”としての第一歩が始まった。




