第5話
翌朝の澪を起こしたのは、またしても朝の日差しと鳥の声だった。眠りから目を覚ましたばかりだというのに、朝日を認識した澪は、全身の強張りが解消されるように思えた。
身支度と朝食を済ませ、伊原との朝の会話を終えると、澪は屋敷を出て小屋へと歩みを進めた。噂について明らかにしたい、昨夜の影について知りたいという気持ちが澪の足を早くする。一方で、小屋についてのそこはかとない恐怖や、昨夜の体験が、どこか足の進みを鈍らせる。
相反する感情のせめぎあいを感じながら、しかし確かに歩みを進めた澪は、小屋の前へと辿り着いた。小屋の前で澪はカメラを取り出し、録画ボタンを押した。無駄かも知れないと思いながら、動画投稿者としての矜持がそうさせた。
カメラを構えながらあと数歩の距離まで小屋に近づいた澪は、昨日との明らかな違いに気がついた。小屋の扉は薄く開いていた。
扉を目の前にして立ち止まると、澪は息を止めた。体が勝手に強張っていた。風の音と鳥の声だけが聞こえていた。深く息を吐き、息を吸い、もう一度吐いたところで、澪は覚悟を決めた。扉に手をかけぐっと開く。小屋の古びた外観とは対照的に、扉はあっけないほどすんなりと開いた。
カメラを構えたまま中に進む澪を出迎える人はなかった。窓のない小屋は日中だというのに薄暗い。小屋の中には地面が露出した、しかし踏み固められた土の床が広がっていた。小屋の一角には古びた、しかし確かな太さがあり丈夫な縄が転がっていた。何度も擦れたような、黒く汚れた縄だけがある異質な空間だった。
小屋の内部をカメラに映し終えた澪は、そこで、小屋の中に広がる臭いに気がついた。うっすらとした、嗅ぎ慣れない、しかし嫌悪感を覚える臭いだった。
澪はカメラを止めると、小屋の外へと歩み出た。小屋の外には驚くほど澄んだ空気が漂っていた。
澪はそっと扉を閉めた。
小屋をあとにした澪は屋敷へ戻ると荷物をまとめ、伊原に別れを告げた。
「ありがとうございました。おかげで調査は済みました」
慌ただしく出ていく澪に、伊原は少し驚いた表情を見せたが、顔を落ち着かせると澪を送り出してくれた。
「ご苦労さま。また何かあったらいらしてください」
まとめた荷物を積み込んで車に乗り込んだ澪はそのまま集落を後にした。集落を出るころ澪はふとバックミラーに目をやった。遠くに伊原の屋敷が見える。その手前、通りの中央に人の姿が見えた。確かめる間もなく、道が大きく曲がり、屋敷も通りもミラーの視界から消えた。山間の道が段々と舗装路になり、携帯が繋がるようになっていった。




