第2話
案内された客間は、華美ではないものの綺麗にまとまった雰囲気の良い和室だった。窓越しに屋敷の前の集落の様子が望める。
澪は荷物からパソコンを取り出すと、伊原に聞いた歴史について記録していくことにした。話を聞きながら取ったメモとスマホの録音を参考にまとめていく。一通りまとまり記憶の整理もできたところで顔を上げると、外はすっかり暗くなっていた。通りを行く人はおらず静かな夜が訪れていた。虫の声だけが途切れずに聞こえていた。
そのとき、廊下から伊原の声がした。
「開けてよろしいですか?」
澪が応えると静かに戸を開けて伊原が顔を覗かせた。
「お風呂の用意ができたので、よければどうぞ。それと食事はどうされますか?」
「ありがとうございます。食事は用意があるので、お気遣いいただかないで大丈夫です。お風呂だけありがたくいただきます」
澪の返答に頷き了解の意を示すと、伊原は風呂の場所を告げ、静かに戸を閉め廊下を歩き去っていた。疲れの溜まった肩を回し、荷物から着替えを取り出すと、澪は教えられた風呂へと向かった。
屋敷の風呂は、古民家らしい和風で落ち着いたものだったが、運転や取材で疲れた澪の体を癒すには十分なものだった。汗と疲れを流し終えた澪が部屋に戻ると、外は一層暗さを増しているようだった。他の家の灯りはちらほらとあるものの、街灯のない通りは都会の街では見ることのない暗闇だった。家や木々の輪郭が闇に溶け込んでいた。聞こえてくるのは虫の声だけだった。
スマホで時間を確認すると外の暗さから思うよりは早い時刻だった。夜型の澪にとってはいつもより早い時間だが、用意してあった夕食を食べることにする。何日か集落に滞在することも見越して、食料は十分に買い溜めてきていた。
夕食を終え、そろそろ眠りにつこうかと思ったころ、澪はふと虫の声が途切れていることに気がついた。先ほどまで聞こえていた音がなくなったことで、世界から音が消えたように静かだった。窓から外に目をやるが何かが変わった様子は見られない。澪は確かな違和感を覚えつつも、何もできずに落ち着かない気持ちでいるだけだった。
窓の外の暗闇をじっと見ていると、ふと何か動くものが見えた気がした。灯りがないため、何が動いているのか、そもそも本当に何か動いているのかすら断言はできない。しかし、溶けて混ざり合った暗闇の世界で動く影を見た気がした。その影は歩く人のように思えた。影は通りを進み、集落の外れへと向かっていくと、いずれ澪の目には見えなくなった。
澪は目にしたものが現実か確かめたい気持ちでしばらく窓の外を眺め続けたが、影を再び目にすることはなかった。途切れていた虫の声もいつの間にかまた聞こえていた。翌日に影が向かった方を調べることを決意すると、布団に入り目を閉じた。




