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第3話 森の番人と竜姫の好物

──森の番人。


「……で、その“森の番人”ってのは、どんな魔獣なんだ?」


 焚き火の燃え残りを片付けながら、俺は隣の竜姫に尋ねた。


 リュシアは銀髪を風に揺らし、顎を軽く上げる。


「この地に棲む古き魔獣よ。全身を苔と枝で覆い、森林そのものと同化しているわ。動かなければ巨木と見紛うわ」


「それ、食えるのか?」


「食べられるわ。けど、癖が強いのよ。肉には樹脂のような香りがあって、脂は濃厚。素人では調理しきれないのよ」


 俺は口の端を吊り上げた。


「俺に捌けるか?」


「フ……さっきの朝食で分かったわ。アレンの腕が信用に値するって」


 小さく微笑んだ彼女に、その美貌に思わず見とれてしまいそうになる。だが、すぐに首を振った。


(だめだ。見た目は年頃の美少女でも、中身は数百年生きてる竜姫だ。うっかり気を抜いたら丸焼きにされる)


 気を取り直し、俺たちは北東の森へと足を向けた。


* * *


 鬱蒼とした樹々の中、苔むした地面はしっとりと湿っている。

鳥の鳴き声も消え、耳に届くのは──軋むような木の音だけ。


「この先よ。“森の番人”は、森の守護者として長くこの地に在るわ。慎重にいった方がいい」


 リュシアがそう言った時──


 ズゥン……!


 地面が揺れ、巨木のような影がぬるりと動いた。


 そして──


 バキィィッ!


 古木が割れて飛び出したそれは、まさしく“森そのもの”を纏った魔獣だった。

 四足で立つその姿は、クマとヤギを混ぜたような異形。背には苔とツタが垂れ、牙の代わりに樹皮のトゲが突き出ている。翡翠色の目が、じっと俺たちを睨んだ。


「グゥゥ……オォォ……」


 怒りとも、威嚇ともつかない声。地の底から響く咆哮。


「よし、仕留めるぞ」


 俺は背負っていた調理用小太刀を抜く。元は解体用だが、鍛造品だ。刃はよく通る。


 リュシアが前に出る。


「私が動きを封じる。アレンは急所を狙って」


「了解。“火入れ”は任せてくれ」


 風が止まる。

 次の瞬間、竜姫の足が閃いた。


* * *


 リュシアはまさしく疾風だった。巨大な身体からは想像できない速度で翻弄し、魔力を帯びた蹴りで“森の番人”の脚を薙ぎ払う。


「ッ!」


 番人が呻いた瞬間、俺は地を蹴った。


(筋肉の付き方……動きの癖……このへんか!)


 どうやら俺の身体は《竜の紋章》が刻まれた事で、竜の加護が発動し、身体能力が大幅に上昇し、動きがわかるようになったみたいだ。

 小太刀を振り抜く。刃が柔らかい腹部に食い込み、重たい手応えとともに血があふれ出す。


グアアアァッ!!


 番人は咆哮し、数歩後ずさって倒れ込む。地響きとともに、森の静寂が戻ってきた。


 ──仕留めた。


「よし……やったな!」


 息を整えながら、俺はその巨体に近づく。確かに香りは独特だ。湿った木の匂い、発酵した果実のような香り。


「香草と果実の煮込み……いや、炙ってベリー系ソースを添えれば──いける」


「……戦いながら料理のことしか考えなかったの?」


「そういう性分でね」


 リュシアは呆れたようにため息をついたが、どこか楽しそうに笑っていた。


***


 神殿跡に戻ると、俺はすぐに調理を始めた。


 切り出したロース肉を香草塩と砕いた木の実の果汁で揉み込み、しばらく寝かせる。ブイヨンを取るため、骨を細かく割って鍋にくべる。


「臭みを飛ばすには低温の炙り。火力は……これくらいだな」


 炙られた肉がじゅう、と音を立てる。脂が焼け、甘く濃厚な香りが風に乗って広がっていく。


「もう……もう我慢できない……!」


 リュシアが椅子を倒して勢いよく立ち上がった。鼻をひくつかせ、獣のような目つきで皿を睨んでいる。


「できたぞ。森の番人の炙りロース、ベリーハーブソース添えだ」


 肉はミディアムレア。赤紫色のソースが彩りを添え、付け合わせには骨出汁で炊いた古代麦のピラフ。


 リュシアは無言でナイフとフォークを手に取り、ひと切れを口に運ぶ──


「……ッ!」


 その瞳が見開かれた。


 口を動かす。咀嚼。喉が鳴る。


「──これよ……これこそ、私が求めた好物……!」


「いや、今初めて食ったんじゃ……」


「違うわ! これは、竜の記憶が悦んでいる味……魂が、記憶の深奥で歓喜しているのよ!」


 リュシアは顔を真っ赤にしながら叫んだ。


「そいつは光栄だな、竜姫様」


「もう一皿……いや、三皿! これから毎日焼いて、アレン!」


…………おい。

 毎日って、おまっ、もしかして食い物に釣られて契約したのか?


 俺たちは、笑った。


 かつての《白銀の英雄団》では味わえなかった、この空気。

 目の前で誰かが「本気で旨い」と言ってくれる、それが俺にとって最高のご褒美だ。


 夜の神殿に、焚き火と笑い声が優しく響いた。

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