第1話 追放料理人、竜と出会う
朝露が染み込んだ道を、アレン・フェルヴィルはただ歩いていた。
背中には、使い込んだ料理道具を詰め込んだ革鞄。
銅鍋、鉄鍋、小型の燻製器──かつて王都の厨房を支えた品々も、今はただの重荷だった。
足は重く、腹は空っぽ。
それよりも、心が冷えきっていた。
「……“お前なんか、いてもいなくても変わらない”か……」
勇者レオンの冷たい声が、耳の奥にこびりついて離れない。
賢者も、聖女も、竜騎士も──誰ひとり、俺の追放を止めようとはしなかった。
むしろ、ほっとしたような顔すら見えた。
戦えない料理人など、足手まといだと。
確かに俺には戦闘の才能はなかった。でも、俺の料理はただの食事ではない。
──俺の料理は、魔力を巡らせ、疲れを癒し、心を支える力を持っていた。
──焦がれた魂に、ほんの一匙の温もりを与える力を。
それでも、誰にも理解されなかった。
やがて、森の深部に差しかかった頃、冷たい雨の気配が空を覆った。
灰色の空。鳴る木々。ざわめく落ち葉。
「……まずいな。焚き火だけでも確保しないと」
そのとき──鼻先に漂う異臭に、俺は立ち止まった。
焦げた鉄、獣の血の匂い。
導かれるように見つけたのは、苔むす石の門──朽ちた神殿の廃墟だった。
その奥に、何かがいた。
銀の髪。
折れた翼。
細く繊細な肢体。
倒れ伏す巨体は、竜の気配を纏っていた。
「まさか……ドラゴン……?」
近づくと、銀竜の額は熱く、呼吸は浅かった。乾いた唇、痛ましい魔術式の痕跡。
このままでは、死ぬ。
迷いはなかった。
俺はすぐに小さな焚き火を起こし、鞄を開いた。
わずかに残った乾燥野菜と塩、香草。
雨水をろ過したわずかな水。
──これだけあれば、命を繋ぐ一皿が作れる。
鍋に水を張り、火にかける。
刻んだ野菜、香草、干しキノコを、慎重に重ねる。
焦がさぬよう、味を濁らせぬよう──俺は鍋を、祈るようにかき混ぜた。
やがて、ふわりと柔らかな香りが立ち上る。
土の匂い。野菜の甘み。ハーブの癒し。それは、どんな魔法よりも人の心を溶かす“俺だけの香り”だった。
スープを椀に移し、銀竜の口元へ。
「……食えるか?」
微かに目を開けた銀竜が、震える手で椀を受け取る。
そして──一口、啜った。
次の瞬間。
その細い体が、驚きに震えた。
「な……なんじゃ、これは……。身体が、溶けてゆく……?」
絶望の色に沈んでいた瞳が、ふわりとほどけていく。
呼吸が整い、唇に微かな紅が戻る。
「我が、百年の孤独で……これほど満たされた味はなかった……」
俺は、ただ静かにうなずいた。
「そうか……よかった」
その言葉に、銀竜は深く瞳を揺らし、まっすぐ俺を見つめ、微かに笑みを浮かべた。
「名を名乗れ。汝、何者じゃ?」
「アレン・フェルヴィル。ただの料理人だ」
銀竜は少し黙り、それから名乗った。
「余はリュシア。かつて空を統べし竜の姫。汝の味を、再び世界に刻むため──共に歩もう」
この瞬間。
戦えぬ料理人と、封じられし竜姫。
二つの運命が交わり、世界に新たな伝説が芽吹いた。
面白かったら本編の下の方にある☆☆☆☆☆から評価を入れていただけると嬉しいです!
ブックマークもしていただくとさらに嬉しいです!
10話くらい投稿してブクマ付かなかったら続き辞めようかなと思います。