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一匹オオカミと一羽ガラス

作者: 龍川歌凪

 とある大きなお山に、一匹のメスのオオカミがいました。


 もうじき厳しい冬が来ます。


 獲物の数が増える春に子供を産むためにも、そろそろ(つがい)相手を見つけなければなりません。それに番相手と一緒なら、冷たい雪の中でも互いに寄り添い合い、ぽかぽかぬくぬく、暖を取ることだって出来るのです。


 しかし彼女には、一つ重大な問題がありました。


 彼女は、まるで一面の小麦畑のようにきらきらとした、黄金(こがね)色の毛色をしていたのです。

 いわゆる突然変異というものなのでしょう。

 けれど弱肉強食の世界では、そんな色は大変目立ちます。実際、狩りは失敗続きで、彼女はすっかり痩せ細ってしまいました。


 ──早く番相手を得たい。


 二匹で協力すれば、狩りの成功率は上がるでしょう。それに獲物をたくさん食べられれば、元気な子供をたくさん産めます。そうすれば、ゆくゆくは大きな群れを成すことだってできるでしょう。


 けれども、目立つ彼女と番になってくれるオスは、なかなか現れません。


 ──このまま雪の中で、孤独に一生を終えるのか……。


 そんな風に諦めかけていた、ある日のこと。


 その日彼女は、明け方から慎重に慎重に狙いを定め、お日様が傾き始めるまで追いかけ回していた獲物にまんまと逃げられ、ふてくされていました。そんな彼女の元に、『彼』は現れました。


「おや、遠くで何やらきらきら輝くものが見えたから来てみれば、よもやオオカミのお嬢さんだったとはね」


 ふいに真上から聞こえてきた声に天を仰ぐと、バサバサと翼を鳴らしながら、一羽のカラスが地上へと降りてきました。


 カラスというのは、きらきらした物を集めるのが大好きなのです。

 どうやら、陽の光を受けて輝く彼女の黄金色の毛に惹かれ、ここまでやって来たようです。


「しかも随分と痩せ細っているじゃあないか。もしや、狩りが上手くいっていないのかい?」


 カラスはくつくつと笑うように言います。


「……なによ、カラスのあんたには関係ないでしょ」


 黄金色のオオカミはガルル、と唸りましたが、カラスはそんなのへっちゃらです。


「おっと、つれないお嬢さんだね」


 カラスは肩をすくめるように翼を軽く広げ、「やれやれ」と首を左右に振りました。


「──だが、ここで会ったのも何かの縁だ。君に一つ、提案がある」


「……提案?」


 首をかしげる黄金色のオオカミに、カラスは「ああ」と頷くと、芝居がかった仕草で自身の胸に翼を当て、言いました。


「君、僕とバディを組まないか?」


「はぁ? バディ?」


 首をかしげたままの彼女に、カラスは続けます。


「獲物の位置は僕が教えるし、狩りのアドバイスだってする。それに敵が近づいて来たら、いち早く君に伝えよう。その代わり、仕留めた獲物の一部を僕におくれよ。な? 悪い話ではないだろう?」


 確かに、現在一匹オオカミである彼女にとって、共に狩りをしてくれる仲間は喉から手が出るほど欲しい存在です。

 このカラスの嫌みな性格と口調は少々鼻につきますが、この際、目を瞑るとしましょう。


「……いいわ。あんたとバディを組んであげる。けど、あたしは派手な黄金色のオオカミ。すぐに獲物に気付かれちゃうわよ?」


「それについてはちゃーんと考えてあるさ。そうそう、さっきこの近くの川で、年老いたシカが水を飲んでいるのを見かけたよ。足元もおぼつかない、実にちょうどいい獲物だ。早速狩りに行くとしようじゃないか」


 そう言うと、カラスはバサリと羽ばたき、ちゃっかり黄金色のオオカミの背に乗りました。


「──ちょっと、勝手に乗らないでよ!」


「おや、強くたくましいオオカミ様である君にとって、この程度の重さ、別にどうということはないだろう?」


 そう言われてしまっては、彼女は押し黙るしかありません。


「……役に立たなかったら、あんたも食べちゃうからね!」


「お好きにどうぞ。翼の無い君に、空を自在に舞う僕を捕らえられるなら、ね」


 一匹と一羽は、そんな風にお互い憎まれ口を叩き合いながら、川へと向かいました。



 川の近くまでやって来ると、辺りは低く傾いたお日様に照らされ、周囲の岩や石が、きらきらと黄金色に輝いていました。

 カラスは黄金色のオオカミの背からぱっと飛び立つと、空から周囲を見渡しました。

 すると先程見かけた老いたシカが、川のほとりでうとうとと日向ぼっこをしているのが見えました。

 どうやら残り少ない陽の光を浴びて、少しでも体を温めようとしているようです。

 仕留めるには絶好のチャンスです。


 カラスは彼女の元に戻ってくると、言いました。


「油断している今がチャンスだ。いいかい相棒? よく聞いて。まず、狩りの基本──『風上に立ってはいけない』。これはわかるね?」


「当然よ。匂いでばれてしまうもの」


 獲物に近づくには、風下からでなければなりません。

 それは狩りをする者にとって、絶対の常識でした。

 もっとも、群れで狩りをするなら話は別です。

 わざと風上から獲物を追い立て、風下で待ち構えている仲間と挟み撃ちにする──そんな戦法も取れるのです。

 しかし一匹と一羽だけの彼らには、それは難しいでしょう。


「その通り。もし急に風向きが変わってしまったら、慌てず岩陰に隠れ、再び風向きが変わるのを待つんだ」


 カラスは続けます。


「次に、お日様が低い位置にある今、周囲の岩や石が黄金色に輝いているだろう? 君の毛色なら、その輝きに溶け込んで、獲物から見えにくくなる。いわゆる保護色ってやつさ。なるべく強く輝いている岩のほうから近づくようにして、ゆっくりと獲物に寄って行くんだ。そしてギリギリまで近づいたら、全力で飛びかかるんだ」


 「相手は老いぼれ、すぐには立ち上がれない。その隙に、ガブッといくんだ」と付け加えて。


 言われた通り、彼女は風上にならないよう風向きを確かめながら、陽の光を受けて輝く岩に紛れるように、ゆっくりとシカに近づいていきました。


 飛びかかる瞬間、シカは彼女に気づき、慌てて立ち上がろうとしました。

 しかし老いた体はすぐには動きません。その一瞬の隙に、彼女はその首元に牙を立てました。

 シカは小さく体を震わせると、やがて静かになりました。


「やったね、相棒」


 カラスはバサリと飛んで来ると、早速シカの肉をつつき始めました。


「ちょっと! 仕留めたあたしよりも先に食べないでよね!」


「もたもたしていると他の誰かに横取りされてしまうかもしれないからね。君も早く食べたほうがいいよ」


 一切悪びれる様子もなく、カラスはシカの肉をつつき続けます。


 確かに、せっかく仕留めた獲物を他の獣たちに奪われてはたまりません。

 なんといっても、久しぶりの食べごたえのある獲物なのです。

 彼女はこれまで、ネズミなどの小さな獲物を捕らえて飢えをしのいできましたが、常にお腹はぺこぺこでした。


 一匹と一羽は夢中になってシカの肉を食べ進めました。



 お腹が満たされてきた頃、彼女はちらりとカラスに目を向けました。


 この山に棲むカラスは、他の土地のカラスとは違い、あまり群れで行動することはありません。ただ、若いうちは例外で、仲間と共に群れを成して過ごします。

 けれども彼は、まだ若いにもかかわらず、一羽で行動しています。また、他のカラスたちと比べてやや小柄であり、彼女と同じように痩せ細っています。

 しかもよく見ると、彼の体にはたくさんの生傷がありました。それはひっかき傷や嚙み傷ではなく、つつかれたような跡でした。


「……あんた、もしかして群れの仲間たちにいじめられてたの?」


「──ふん。あいつら、僕よりちょーっと体が大きくて力が強いからって、いばっちゃってさ。僕が獲物をすぐに食べようとすると怒るんだ。『お前は俺たちが食べ残したところだけ食ってろ』って」


 どうやら彼の傷は群れの仲間たちに付けられたもののようです。

 彼女は少しだけ彼に同情しました。けれども。


「だからその腹いせに、あいつらが木の上で寝ている時、その枝にハチの巣を落としてトンズラしてやったのさ。あいつらが慌てて飛び立つ頃には、きっと巣の中のハチたちも怒って飛び出してきただろうから、さぞやえらいことになっていただろうねぇ」


 そう言ってカラスは、いじわるっぽく笑いました。


「……あんたって羽だけでなく、お腹も真っ黒なのね」


「はは、誉め言葉として受け取っておくよ」


 カラスの口達者ぶりは相変わらずでした。

 彼女はなんだかちょっぴり、同情して損した気分になりました。


 すると今度はカラスが彼女に尋ねます。


「君は番相手を得るために群れを離れたのかい?」


 「ええ、そうよ」と彼女は頷きました。


 オオカミは大抵、血の繋がった家族を中心に群れを作ります。

 そして群れのリーダー格の番──つまり親オオカミだけが、子供を産むことが出来るのです。

 だから、もし自分の子孫を残したいなら、番相手を求めて群れから出ていかなければならないのです。


「ま、こんな派手な毛色のあたしと番になってくれるオスなんて、全然いないんだけどね……」


 彼女はしょんぼりとうなだれました。


「それはそうだろうね。君のその黄金色の毛はあまりに目立つ。ましてや、子孫にまでその毛色が受け継がれでもしたら、最悪の場合、淘汰(とうた)されてしまうだろうからね」


「……あんた、ちょっとは励ましてあげようとか思わないわけ!?」


「事実を言ったまでだよ」


 相も変わらず()(にく)らしいカラスです。


「──いつかおっきな群れを作ったら、あんたみたいな腹黒ガラス、追い出してやるんだから!」


「それはそれは。良いオスと巡り会えることを期待しているよ、あ・い・ぼ・う」


 こうして、一匹と一羽の言い合いは、お空にお星様が瞬き始めるまで続いたのでした。




 その後も、一匹と一羽は力を合わせて狩りを行いました。


 カラスは、ある時は空から獲物の居場所を知らせ、またある時は獲物の目の前で翼をばたつかせて視界を遮り、そのまたある時は獲物の声真似をし、仲間を装っておびき寄せたりと、様々な方法で黄金色のオオカミを助けました。

 そして彼女もまた、カラスのアドバイス通りに動き、狩りを成功させてきました。


 今の彼らはもう、痩せ細ってなどいません。


 けれども、来る日も来る日も、彼女と番になってくれるオスは現れません。『黄金色のメスなんてごめんだ』と、みんな去って行ってしまうのです。


 そしてついに、辺りは一面の銀世界となってしまいました。


 今年はいつもより厳しい冬で、これから息も凍るような極寒の日々がやって来るでしょう。このまま番相手が見つからなければ、凍え死んでしまうかもしれません。


 一匹と一羽は小さなほら穴の中で、互いに身を寄せ合いました。


「君の背中の上はふわふわぽかぽかで最高だね!」


「……あんたの体がもっと大きければ、あたしももっとあったかくなるんだけどね」


「おいおい、そう言ってくれるなよ、相棒」


「ふーんだ」


 カラスは彼女のことを『相棒』と呼びますが、彼女はカラスのことを『あんた』とか、『カラス』としか呼んであげませんでした。

 彼女はいじっぱりでしたから、彼のことを『相棒』と呼ぶのは、なんだか照れ臭かったのです。


 そんなある日のことでした。

 カラスを背に乗せ、寒さに身を震わせながら、彼女は雪を踏み締めて進んでいました。

 すると、遠くからオスのオオカミの匂いがしてきました。

 それはこちらへ、ぐんぐん近づいてきます。


「なんだ、メスの匂いがしたから見に来てみりゃ、随分と派手でヘンテコな色の奴だな」


 現れたのは、灰色の毛色のオスでした。

 その体は大きくがっちりとしていて、見るからに強そうです。


「しかもカラスなんぞを連れてるなんざ、胸くそわりぃ」


 ひどく粗暴で、カラスとは違ったタイプの口の悪さです。


「……カラスが嫌いなの?」


 彼女は灰色のオスに問いました。


「ああ、嫌いだ。大嫌いだ。前に獲物をくすねられたことがあったからな。それに、イタズラで尻尾をつつかれたこともある。カラスは邪悪だ。悪辣だ。そんな奴、よく背中に乗せられるもんだ。どうかしてるぜ」


「やれやれ、ひどい言われようだね」


 彼女の背の上で、カラスは肩をすくめるように翼を広げ、首を振りました。


「……だが、この山にはお前の他に番になれるメスがいない。──ったく、オレは狩りも上手いしケンカも強いってのに、他のメス共、みんなオレのことを振りやがって。お前みたいな目立つ奴でも、いないよりはマシだ。オレと番になれ! いいな!?」


 灰色のオスは高圧的な態度で彼女に言いました。


「……君、そんなだからメスにモテないんじゃないか?」


「うるさい! カラスは黙ってろ!」


 灰色のオスはガウガウと吠えました。


「──なあ相棒。こいつ、性格最悪だよ」


 自分の性悪さはしれっと棚に上げ、カラスは続けます。


「──でも、彼はとっても強そうだ。きっと群れを守ってくれる。狩りが得意というのも嘘ではないだろう。安定した生活が手に入るんだ、彼と番になるのは、決して悪いことばかりじゃない。──どうしたいか、君自身で決めるんだ、相棒」


 自分のようなメスと番になってくれるオスは、もう二度と現れないかもしれません。それに、たとえ子孫に自分の黄金色が受け継がれたとしても、このオスの血を引いているならば、きっと強く生きていけるでしょう。


 彼女はしばらく悩んだあと、やがて灰色のオスに問いました。


「……あんたと番になったら、このカラスも群れに入れてくれる?」


「駄目だ駄目だ! 言っただろう、オレはカラスが大嫌いなんだ! 群れに入れるなんて許さない!」


「そんな……! ──せめて、群れが大きくなるまでの間だけでも、彼を群れに置いてくれない……?」


「駄目だと言ってるだろう!」


 威嚇するように吠える灰色のオスに、カラスは「フッ」と小さく笑いました。


「良かったじゃないか、相棒。これで君も晴れて一匹オオカミ卒業だ。僕のことは気にするだけ無駄さ。君よりももっと賢くて、もっと狩りの上手な新しい相棒を見つけるだけだからね」


 そう言って飄々(ひょうひょう)と振る舞うカラスでしたが、その瞳にはどこか悲しい色が浮かんでいました。


「そうだそうだ! カラスなんぞのことなど、気にする必要はない! 群れのリーダーはこのオレだ! お前はオレの言うことだけ聞いていればいいんだ!!」


 灰色のオスの勝手な言いように、ついに彼女の堪忍袋の緒が切れました。


「──誰があんたなんかと番になるもんですか!!」


「なっ……!?」


 彼女の拒絶の咆哮に、灰色のオスはたじろぎました。


「あんたみたいなわからず屋、こっちから願い下げよ!」


「お前、わかってんのか!? お前みたいなメスと番になってくれる奴なんざ他にいねぇ! これからもっと寒さが厳しくなる。獲物だって減ってく。お前らみたいな一匹と一羽、弱って死んでいくだけだぞ!」


「あんたみたいなのと番になるくらいなら、死んだほうがマシよ!」


 フン、と彼女は鼻で笑いました。


「──ああそうかよ。だったらもう勝手にしろ! オレは忠告したからな、どうなっても知らねーぞ!」


 灰色のオスはいまいましげに彼女に吠えると、苛立ちながら去っていきました。


「……良かったのかい? せっかくのチャンスを無駄にしちゃって」


「別にいいわよ、あんな奴」


 彼女はグルルと唸ります。


「あんたこそ、あたしよりももっと賢くて、もっと狩りの上手な新しい相棒を探しに行ったっていいのよ?」


 彼女は皮肉っぽくカラスに言いました。


「──フ、君との連携にすっかり慣れ切ってしまったからね。今更新しい相棒を探すほうが時間の無駄ってものさ」


「……素直にあたしと離れたくないって言えば良いのに、可愛くないわねー」


「君こそ、オスからの求愛を断ってまで僕と一緒にいたいだなんてね」


「別に、あいつよりあんたといるほうがマシってだけよ!」


 相変わらず、一匹と一羽はお互い憎まれ口を叩き合ってばかりです。


 ですがそれこそが、何よりも幸せな時間なのでした──……。




 やがて、極寒の日々が訪れました。

 獲物の数が徐々に減っていき、また、猛吹雪が何日も続きました。狩りに出ることすらままなりません。

 一匹と一羽は凍え、再び痩せ細り、だんだんと弱っていきました。


 ──自分たちはもう長くないと、一匹と一羽は悟っていました。


 そして。


 長く続いた吹雪がようやく止み、重く垂れ込んでいた雲は去っていきました。

 ほら穴の中で身を寄せ合い、浅い眠りについていた一匹と一羽は、差し込む朝日に目を覚ましました。

 昇り始めたばかりのお日様が、地平線から柔らかな光を放っています。

 お空は雲一つなく澄みわたり、深い青が美しく広がっています。


 そんな凍てついた空の下、何かがたくさんたくさん、ふわりふわりと舞い降りてきました。

 それらは一つ一つがきらきらと輝き、また、朝日の光を受け、黄金色の光の柱を生み出しています。

 それはまるで、お空へと導く光の道のようにも見えました。


「綺麗……あれは何?」


「あれはお日様の光が、空に浮かぶ小さな小さな氷の粒に当たって輝いているんだ。そしてごく稀に、ああやって黄金色の光の道が出来るのさ」


 それはいわゆるダイヤモンドダストや、サンピラーと呼ばれる現象でした。


「へー……良かったわね、さいごにこんな綺麗なものが見られて。あんた、きらきらしたものが好きだもんね?」


「……君の黄金色の輝きには敵わないさ」


「あたしの毛の色はあんなにきらきらしてないけど?」


「いいや。君のその色は、何よりもきらきらしていて、美しい。どこにいたって見つけられるよ」


「ふふ、それはさすがに言いすぎでしょ」


 彼女はくすりと笑いました。


「言いすぎなんかじゃないさ。遠い遠い未来に、新しい命として生まれてきても、また君を見つけ出してみせるよ。約束する」


「あら、嬉しいこと言ってくれるじゃないの。……あーあ、あんたがオオカミだったら良かったのに。あたし、カラスのあんたと番になりたいとは、どうしても思えなかったのよね」


「はは、奇遇だね、僕もだよ。君がカラスだったら求愛していたかもね」


 大自然の中で生きる彼らには、子孫を残せぬ相手と番になりたいという気持ちが芽生えることはありませんでした。


 けれども。


「──でも、あんたが一番大事なことに変わりないわよ」


「──ああ、奇遇だね、僕もだよ」


 カラスは静かに頷きました。


 番にはなれない一匹と一羽でしたが、それに負けないくらいの絆で、彼らは結ばれていました。


「次はあんたと同じ種族に生まれたいな。そしたら、あんたと番になりたいって思えるかもしれないもの」


「──ああ、そうだね。僕らは最高のバディになれたんだ、次は最高の番にだってなれるだろうさ……!」


 カラスは自信満々に言いました。

 ──けれどもその声は、とても弱々しく、かすれていました。そして彼女の声も、同じように。


「ふふ、そうかもしれないわね。……ああ、さっき起きたばっかりなのに、なんだかとっても眠いわ……」


「……うん、僕もだよ……ではお互い、長い二度寝といこうじゃないか。──おやすみ、相棒。またね──…………」


「……ええ、またね────『相棒』」


 まるで光の道に導かれるかのように、一匹と一羽は深い深い、二度と目覚めぬ眠りへと落ちていったのでした──…………。


































 あるところに、美しい黄金色の髪を持つ娘がいました。

 陽の光を受けてきらきらと輝くその髪は、とても幻想的で、その噂はたちまち国中に広がりました。


 彼女の名はルピシーヌ・ウォルフェ。名のある商家の娘でした。

 皆、彼女の噂を聞きつけ、お見合いの話が次々と舞い込んできます。

 お嬢様らしくない少々おてんばな娘でしたが、誰もがその黄金色の髪と、彼女の気取らない性格に心惹かれるのでした。


 けれどもルピシーヌは、これまでのお見合いをすべて断ってきました。

 彼女は何故か、誰のことも愛せなかったのです。

 そしていつも心に、ぽっかりと穴が空いたような感覚がありました。


 何かを忘れているような。

 誰かを待っているような。

 遠い遠い昔に、心に決めた相手がいたような……。


 ですがどれだけ思い出そうとしても、それらしい記憶は浮かびませんでした。


 また、ある日の夜会では、灰色の髪の子爵令息から求婚されたこともありました。

 しかし彼の言葉の端々から、高圧的で傲慢な態度が滲み出ていたため、彼女ははっきりとお断りしてやりました。

 それでも彼は彼女のことを諦め切れないらしく、毎日しつこく手紙が送られてきていました。


 けれどもある時を境に、あんなにも四方八方から届いていた釣書も、子爵令息からの手紙も、ぱったりと来なくなりました。


 ただ一人……レーヴァン伯爵家の長男、コルヴィスの釣書を除いて。


 その釣書を見た瞬間、ルピシーヌは彼に会ってみたいと感じました。

 何故なのかはわかりません。

 けれど、会わなければいけない。そんな気がしたのです。


 話はとんとん拍子に進み、ほどなくして、二人のお見合いの日がやって来ました。


 ルピシーヌの前に現れたのは、黒衣に身を包んだ、漆黒の髪を持つ眉目秀麗な青年でした。


「お初にお目にかかる、ルピシーヌ嬢。久しぶりだね」


 はて、お初にお目にかかると言いつつ、久しぶりとは、いったいどういうことでしょうか。

 少なくとも、ルピシーヌにはこの青年と会った記憶はありません。初対面なのは間違いないはずです。


「あの、おっしゃっている意味がよくわからないのだけれど……?」


 ルピシーヌは首をかしげ、困惑の表情を浮かべました。


「覚えてない、か。まあ無理もない。僕も君の噂を耳にした時にようやく思い出せたのだからね。かつての僕のこと、君のこと──そう、前世の記憶をね」


「前世……?」


 その言葉に、ルピシーヌは雷に打たれたような衝撃を受けました。


 ずっと。

 何かを忘れている気がしていました。


 ずっと。

 何かを思い出さなければいけない気がしていました。


(それは……前世の記憶だった……?)


 ルピシーヌが大事な何かを、思い出せそうで思い出せずにいると。


「約束しただろう? また君を見つけ出してみせると。なあ──『相棒』?」


 『相棒』──その言葉を聞いた瞬間、彼女はすべてを思い出しました。


 かつて、自分が黄金色のオオカミであったこと。

 そして────相棒のことを。


「あんた、まさか……カラス……!?」


「やれやれ、やっと思い出したかい?」


 コルヴィスは両手を軽く広げて肩をすくめ、首を左右に振りました。──カラスだった頃と同じように。


「まったく、大変だったんだよ? 君に好意を寄せている連中を牽制(けんせい)──もとい、説得するのはさ。──ああ、そうそう、既に婚約の準備も着々と進めているよ。君のご両親も了承済みだ」


「まあ! あんたってば人間になってもお腹が真っ黒なままなのね!」


 生まれ変わっても腹黒な彼に、ルピシーヌは呆れ返りました。


「はは、誉め言葉として受け取っておくよ」


 口達者なところも相変わらずです。


「……ま、こんな性悪男、世のご令嬢方の手に余るでしょうからね。しょうがないから結婚してあげるわよ。たーっぷり尻に敷いてあげるから覚悟なさい?」


「はは、上等だ。君みたいなじゃじゃ馬ならぬじゃじゃオオカミ、乗りこなせるのは僕だけだからね。生涯面倒を見てやろうじゃないか」


 こうして、一匹と一羽だった彼らは『二人』になり、夫婦となりました。

 言いたいことを気兼ねなく言い合える彼らは、なんだかんだで仲が良く、やがて子宝にも恵まれ、末長く幸せに暮らしましたとさ。

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