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クルドサックにて

作者: なをゆき

クルドサック。フランス語では「袋小路」のこと。


一例でいえば自動車の流れを袋小路のロータリーで車はもときた方向へ誘導されていく


ロータリーから枝分かれした人が通れるほどのフットパスで人と車の流れを分ける。


そこはこの世界と異世界を分ける、そういう場所なのかもしれない。



 私は高級住宅地(の隣町)に念願のマイホームを購入した。通勤は高級住宅地を通る。


クルドサックを通ったところで背中をつつかれる感触がした。

「ああ、リンちゃん」

「パパさんは元気ないな、もっとシャキッと!」

「君ほど元気じゃないんだよ」

「パパさん、先行くねー」

リンちゃんは駆け足で駅にむかっていってすぐに姿が見えなくなる。


 リンちゃんは私の家の近くの本物の高級住宅地の住人。バラがとても綺麗と評判の家だ。古くから住むおばあちゃんとリンちゃんで暮らしているらしい。

 この家のすぐ目の前にはクルドサックがある。 私は彼女たちの家の前を通って通勤しているわけだ。

 彼女たちは週末は自宅の広い庭を開放してカフェをやっている。私も妻と娘と一緒に家探しをするときにこのカフェが気に入り家が決まったくらいだ。


「毎日くらいあのカフェやってもいいんじゃないかしら。」

 妻は勝手にそう言う。平日におばあちゃんが庭をせっせと世話をしているのをよく見かけ、おばあちゃんと仲良くなったようだ。

 中学生の娘のマユも「薔薇のおばあちゃん」と近所の子どもたちにも慕われていると話していた。

友達と学校帰りに宿題をやる「たまり場」になっているとも聞き、ちょっとびっくりしてしまった。

薔薇のおばあちゃんに迷惑だけはかけるなよ、娘には注意しておいた。


妻はいろいろこの家の情報を持ってきては私に報告してくる。

「リンちゃんのお婿さんに」と、カフェの常連さんの世話好きオバサンがよく話しているが全て断っているらしい。と最近常連の仲間入りをしそうな妻が楽しそうに話す。

「理想の男性はあなたみたいな人らしいわよ。どこで知り合ってるのよ。でも、思った以上にハードルは低いのね。ふふふ」

最後一言余計だ、と思いながら冗談とは言え私のような男性がタイプとだされるとは、と少しむずがゆい。

 確かに私からしてもリンちゃんはとても元気で人懐こくいい娘で薔薇のおばあちゃんにしてもとても上品な方だ。とてもいい人たちだと思っている。


 数年ほどして薔薇のおばあちゃんの体調が思わしくない、という話を、すっかりカフェの常連マダムの中心メンバーになった妻から聞いた。そういえば先週末はカフェがお休みになっていた。


 薔薇のおばあちゃんは息子たちと一緒に息子の家に住む話が進んでいるという。また息子が薔薇のおばあちゃんの家を売ろうとしている、という話があることもきいていた。

「家にはリンちゃんがいるだろう。なんて言っているんだい」

「リンちゃんはそのことには不思議と興味がないらしいのよ」

 リンちゃんは息子さんのきょうだいでも子供でもないので家のことにとやかく言えないらしい。

 リンちゃんは遠い縁戚の子だというがはっきりした関係は分からない。おばあちゃんが家を出るならリンちゃんも家を出ていく。そうなるだろうということだった。


 そんな話がでてまもなく薔薇のおばあちゃんは息子さんに引き取られて家を出ることになった。

結局家は誰か別の人の手に渡り家は建て替えられるようだ。

 外に話が漏れた時点でほぼ決定事項だったみたいだ。

 リンちゃんは少し前に家を出たようだがどこに行ったかは誰もきいていないという。


仕事が遅くなり家に帰る途中、例のクルドサックのあたりでまた背中をつつかれた。

「ああ、リンちゃん。久しぶり。どうしたの」

「最後におばあちゃんの家にねご挨拶。ねえ、私がここの人ではないの」

ちょっと彼女が何を言っているかわからなかった。

「唐突だねえ?それはどういうこと?」

「私は異世界の人間なの。この世界の家が気に入ると、住人や周りの人たちに気づかれずに住む能力を持つの。その代わり家賃としてその家に繁栄や幸福をもたらしてあげるの」

「座敷わらしみたいだね」

「そう。この世界の人は私達のことそう言うんですってね」


 またリンちゃんの顔が曇る

「おばあちゃんと家が気に入って居着いたけど、おばあちゃんがいなくなっちゃったから、もうあの家にはいられない。みんなにはあの家に私がいた、という記憶を忘れてもらうわ。パパさんたちのご家族も一緒に。」

何か彼女は重大な話をカミングアウトして肩の荷が下りた、というような柔らかい表情になった。


「パパさん、ここの場所、知ってますよね」

「ああ、クルドサックだろう。車の流れと人の流れを分けるように作ったっていう……」

「そう、クルドサック。実はここは車と人を分けるだけじゃなくて、この世界と私たちの世界を分ける場所でもあるんです。ここが異世界への玄関口なんです……」

 クルドサックの袋小路を抜けようとすると人を見失うことがあった。しかもクルドサックはそれほど人通りがないので異世界との入口を作るのに好都合なんだろうか。それよりもリンちゃんはどこか不思議な娘だと思っていたがまさか異世界の娘だったとは意外だったな……私はぼんやり考えていた。


 そういえば……

「おばあちゃんは君のこと知っているのかい?」ちょっと気になって聞いてみた。「おばあちゃんにもお話はしたわ。おばあちゃんも最初は驚いていたけど、ちゃんとわかってくれた。おばあちゃんと一緒に暮らせてよかった。本当に」きっとおばあちゃんもそうおもっているよ。リンちゃん。


「明日の朝、元の世界に帰ります」

「そうなんだ」

「私がこの世界を離れるときは私にかかわる記憶はすべて消すのが私の世界の掟なので」

「ふうん。じゃあ君と離れて寂しい、とかも忘れちゃうんだな。簡単に忘れられるなら、いっそのことその方がいいな。忘れないうちに言うよ。ありがとう」

「私こそありがとうございました」


翌朝。

クルドサックの小道から出てきた私はは、クルドサックを挟んだ反対側にある女性を見つけた。

誰だったか思い出せない。けれどいつも顔を合わせたような女性だ。

彼女も僕に気が付いたようだ。ちょっと微笑んだように見えたが、横目で僕を見ながら歩いていく。


「あ……」

僕は彼女に声をかけようとしたが彼女そのまま歩き進む。

僕は時々クルドサックの中心に植えられた木の陰に隠れそうになる彼女の背中を追いかけた。

すっかり木の陰に隠れてしまった彼女の姿を二度と見ることができなかった。

私は早めに会社に行かなければいけないことを思い出し駅に急いだ。


私は高級住宅地(の隣町)にマイホームがある。通勤は高級住宅地を通る。

クルドサックを通ったところで背中をつつかれる感触がした。

「ああマユ」

大学生になった娘のマユだ。

「パパ元気ないな、もっとシャキッと!」

「マユほど元気じゃないんだよ」

「パパ、先行くねー」

娘は駆け足で駅にむかっていった。


私は走りかけていく娘の姿を見ながら考えた。ああ、なんかこういうことしてたことあるなあ。

しかしそれがいつの話だったのか思い出せずにいた。

けれどなぜだかそれは思い出さなくてもいい記憶だとも思った。


 今日も晴れて気持ちのいい日になるといいなあと思った。

 数年前、近所の有名なバラ屋敷がなくなるから、と近所の家々の庭にいくつも株分けされたバラたちが花を咲かせようとしていた。







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