50話
悠里は画面に目を向ける。
その右下に表示されるのは”つぎにすすむ”の文字。
悠里はティリスタリスへ視線を送る。
彼女が頷くのを見て、彼はまた画面に顔を向けた。
「じゃあ、押します」
コントローラーを握り、十字キーを操作する。
彼女に促されるままに、”つぎへすすむ”を選択した。
クリア特典の文字が消え、画面は一瞬黒一色になる。
だがすぐにまた白い文字が、黒の中に浮かび上がる。
ドクンと悠里の心臓が跳ねた。
きずなを むすんだ なかまが います
つれていく なかまを せんたく してください
のこり 1
ポッポロン
つぎにすすむ
「ティ、ティリスさん。これ……」
悠里は震える指で画面をさす。
ティリスタリスはにこりと笑った。
「早く選択してあげて? きっとあの子も、待ちくたびれてると思うから」
待ちくたびれている。その意味は、まさか。
ただ選択するだけだと言うのに、指が震えておぼつかない。
悠里はやっとのことで選択する。
そして一度ティリスタリスを見て、彼女が頷くのを確認してから、そこからまた十秒ほど置いて。
彼は確かめるようにゆっくりと、コントローラーのAボタンを押したのだ。
「あ――」
パッ、と淡い光が弾けた。
悠里の隣に小柄な――しかし人間大の兎が立っている。
彼は目を閉じていたが、鼻だけはヒクヒクと動いていた。
悠里は声を出す事も出来ず、ただ見上げてそこに座っていた。
しばしの沈黙。
彼はゆっくりとその目を開き、悠里の顔を見る。
「ユーリさん!」
そして、その目を大きく見開いた。
「……ポッポロン?」
「はい! そうです!」
その兎――ポッポロンは元気に声を上げたが、次の瞬間へなりと肩を落とす。
「すみません……結局僕は何の役にも立てませんでした。最後まで足を引っ張って……情けない限りです」
可哀想な程消沈しているポッポロン。
対してティリスタリスが浮かべるのは満面の笑顔だった。
「その点ユーリさんは流石です。あの竜王を一人で倒すなんて。ピロパッポの皆もきっと喜んだでしょう。代表してお礼を言います。本当に、ありがとうございました!」
ポッポロンは深々と頭を下げる。
長い耳がだらりと下がり、膝頭まで届きそうだ。
ぶらぶらと揺れる耳。
しかし悠里の目はそれを映していなかった。
「俺は……何もできなかった」
「ユーリさん?」
悠里は俯き、絞り出すような声を上げる。
不思議に思い頭を上げたポッポロンの目に映ったのは、目に涙を溜めた悠里の横顔だった。
「俺がもっとちゃんとやってれば、皆助けられたかも知れないんだ。なのに、俺は……っ!」
序盤、ポッポロやヴァンポッポは死ななかったかもしれない。
中盤、竜族との争いを止められたかもしれない。
終盤。
「ポッポロンだって、俺は助けられなかったっ! 俺が! 俺がもっと上手くやってればっ!」
雫がぽたぽたと零れ落ちる。
これを見たポッポロンは一瞬、驚いたような顔を見せた。
「……これが、ユーリさんの本当の姿なんですね」
そして、そんな言葉を小さく溢した。
「え?」
「いえ。僕はずっとユーリさんの事を、冷静で頼り甲斐のある方だと思ってました。どんな事にも動じない……そう、まさに神の使いのような方だと」
これに悠里はまたも俯く。
きっとユーリと比べて自分など、情けない人間にしか見えないだろう。
こんな男に翻弄されたと知って、ポッポロンがどう思うか。
そう考えると途端に怖くなり、悠里は目を合わせる事が出来なかった。
「でも、同時に少し怖くもあったんです。人間味がまるで感じられなくて、まるで人形みたいだって」
すみません、と言いながら、ポッポロンはそう続けた。
「だから今僕は貴方と言う人を知って、ほっとしました。ユーリさんも僕達同様、ちゃんと感情のある人間だったんだって」
悠里は顔を上げる。
ポッポロンは笑顔だった。
「来てくれたのが貴方で本当に良かった。今は心からそう思えます。皆もきっとそう思っているはずです。……姉さんも、きっと。ありがとうございました。悠里さん。僕は心から、勇者が貴方であった事を感謝します」
また頭を下げるポッポロン。
今度は深々とではなく、少し軽めに。
「ポッポロン……ごめん。いや。ありがとう……っ」
その声には涙が滲む。
互いに礼を言い合う二人。
その姿をティリスタリスは一人、にこやかに見守っていた。




