45話
≪ゆうしゃよ…… みごとだ≫
片膝を突き肩で息をしながらも、竜王が最後の言葉を口にする。
≪ぜんりょくを もってしても きさまを たおすことは かなわなかった≫
部屋の隅には倒れたポッポロンの姿がある。
この場に最後まで立っていたのは、ユーリ一人だけだった。
≪みとめよう。 わたしの まけを≫
悠里は黙って竜王の台詞をAボタンで送る。
≪だが いちぞくの ほろびは みとめられぬ……!≫
竜王はそう言って立ち上がる。
そして翼を大きく広げ、天に向かって大きく咆哮した。
≪きけ どうほうよ! このりゅうおうの さいごの こえを!≫
≪わがなは りゅうおうキグリギス! りゅうぞくの ほこりたかき おうなり!≫
≪わが いのちをもって いちぞくのきょういを けしさってみせようぞ!≫
そしてユーリに向かい、再度大きく咆哮した。
≪うおおおおおおーっ!!≫
すると突然画面が赤く染まり、周囲に炎が燃え上がり始める。
ユーリとキグリギスは一瞬のうちに逆巻く炎に飲まれてしまった。
≪このみすらとかす れんごくのほのお…… いかにきさまでも たえられまい≫
≪きさまは かえることかなわず わたしとともに ほろびるのだ≫
≪ククク…… ハハハ……!≫
キグリギスは天を仰ぐ。
≪ハーッハッハッハ!!≫
そして愉快そうに笑いながら、点滅して消えて行った。
「……何とか倒せた、けど」
目の前には赤く染まった画面。BGMは無音。
パチパチと火が爆ぜる音だけが聞こえてくる。
「倒してクリアじゃないのか? ここから逃げるのか?」
十字キーを押せばユーリはまだ動く。
これで終わりではないと察した悠里は、まず一番気になる所を調べてみた。
”ポッポロンは しんでいる……”
それは倒れたポッポロンだった。
茶色の兎が地面にうつぶせで倒れている。
それは以前見た光景を彷彿とさせた。
「置いてけって言うのかよ……」
Aボタンを押すと、メッセージウィンドウは無情にも閉じてしまう。
悠里はやるせない気持ちに、小さく文句をゲームへ溢す。
そして意味が無いと思いつつも、もう一度Aボタンを押してしまった。
”ポッポロンは しんでいる……”
メッセージは悠里のそんな気持ちを冷たく拒絶する。
”もっていきますか?”
――かに思われた。
はい いいえ
「っ! 選択肢! ここで出るのかよ!」
目を見開く悠里。彼の手は考えるまでも無く、一つの答えを選択していた。
⇒はい いいえ
「持って行くじゃなくて、連れて行くとか言えよ! 物じゃねぇんだ物じゃ!」
ポッポロンを背負うユーリを見つめながら、悠里は嬉しそうに文句を言った。
「よっしゃ、行くぞ!」
そうしてユーリは来た道を二人で戻り始める。
一本道をゆっくり歩いて引き返すユーリ。
天井からはバラバラと土が落ちてくる。どうやら洞窟が崩れ始めたようだ。
「時間制限とかねぇよな? でもこのゲーム、ありそうで怖いんだよなぁ……」
残り時間の表示は画面上のどこにも無い。
しかし内部ではカウントしているかもしれないと、悠里は不安を覚えつつ脱出を急ぐ。
「――あっ! 炎が」
だが当然、その行く手を炎が阻む。
崩れ始めた洞窟は、広かった一本道を少しずつ埋め始めている。
そうして細くなった帰り道を、炎が埋め尽くしていたのだ。
「でもこれ、歩くしかねぇよ。他に脇道とかねぇもん。……HP大丈夫かな」
ユーリのHPを確認する悠里。
そこには44の数字があった。
「一応アースヒールで回復しとくか」
回復の薬はもう使い果たした。
悠里は念のためと魔法を使い、ユーリのHPを回復させた。
「あっ、やべっ! 杖装備させときゃ良かった!」
だが一回使って思い出した。
杖を装備させると、アースヒールの効果が僅かに上がっていたはずだったのだ。
しまったと悠里は渋面を浮かべる。
そして今度は杖を装備し、ユーリにアースヒールを唱えた。
回復量は10上がっていた。
「40が50って結構上がるな。くそ、しくったな。馬鹿か俺は」
間抜けな自分を苦々しく思いつつ、悠里は炎の前まで移動する。
そしてままよと一歩踏み出した。
ゴウ! と効果音が鳴り、画面が一瞬赤く点滅する。
確認すると、HPは40減っていた。
「丁度アースヒールと同じダメージか。デカすぎるだろ。行けるかこれ」
だがユーリは進むしかない。
悠里はもう一度ユーリを回復させると、またゆっくりと退路を進む。
炎はそんなユーリの前を、幾度ともなく遮った。
その度に悠里はアースヒールでユーリを回復させた。
しかしユーリのMPはたったの45。
携帯食をかじらせるも、すぐに残弾が尽きてしまう。
後もう少しか。そう思い始めた悠里の目の前に、炎の海が現れる。
ユーリのHPもMPも、もう残っていなかった。
「くそ、もうHPが40きってる。これ以上進めねぇ……」
炎を前に、足が止まった。
もう打つ手はない。そう思いながらも悠里は所持しているアイテム一覧を開いた。
「……駄目だ、もう何も手がねぇ。ここで死ぬしかねぇのか」
悠里は一つ一つ確かめるように、持っているアイテムにカーソルを合わせる。
とは言え、ユーリが持っているアイテムなど数える程しかない。
携帯食はもう満腹で食べられない。
回復薬は使い切り、一覧からは消えている。
ピロパッポの宝剣、バンポッポの剣はただの武器だ。
未だに持っているただの服など、この状況で役に立つはずも無かった。
「あ……そう言やこんなもんあったな」
不意に悠里の手が止まる。
完全に忘れていた一つのアイテムがそこにはあった。
「でもなぁ。今は何の意味も無いだろうな」
とは言えこの状況を打開できる物では到底ない。
そんなアイテムを選択した理由は、打てる手が無い事と、悠里が懐かしさを感じたから。
ただそれだけだった。
”みなみの ほうがくを しめしている”
「そうそう、こんな感じだった」
それはポッポロから託された魔道具、魔力磁石だった。
こんな物もあったよなと、悠里はふっと笑みを見せた。
「そういやポッポロが何日かしか持たないって言ってた気がするけど。まだ使えてんな」
何となく、もう一度使ってみる。
”なんとうの ほうがくを しめしている”
すると今度はこんなメッセージが現れて、悠里の笑みは引っ込んだ。
「方角が変わった? 何でだ? いや、誰がもう一個の方持ってんだ?」
魔力磁石は二つが一対になっている道具だ。
対の二つは互いの方向を示し合う。
ならばユーリが動いていないのに、示す方角が変わった意味は何だ。
もう一度使ってみようか。悠里は閉じたアイテム欄をまた開こうとする。
だがその時、画面が上下に揺れ始めた。
ゴゴゴゴ、と地鳴りのような音も聞こえ、悠里は直観で不味いと察した。
「ヤバイ……! 崩れるぞっ!」
画面の揺れはどんどん大きくなっていく。
ユーリは何をする事もできず、ただその場に立っていた。
岩盤や土砂が降り注ぎ、ユーリの周りを埋めて行く。
画面はもはや何が起きているのか分からない程、大きく揺れている状態だった。
突然、ガラガラと大きく何かが崩れる音が鳴り響いた。
あまりにも大きな音で、悠里の体はビクリと跳ねた。
≪ユーリ……!≫
画面はぷつりと消え、黒一色となる。
一瞬何かメッセージが表示された気がしたが、それが何か悠里には分からなかった。
”Congratulations! Thank You For Playing!”
次に悠里の目に飛び込んできたのは、黒い画面ど真ん中に表示された、そんな無味乾燥な一文だった。




