42話
「ギャオオオオオオッ!!」
キグリギスは吠えた。
何度切り裂いても何度ブレスを浴びせても、二人は倒れず向かってくる。
一体どんな顔でいるのだろう。
もはや見る事も叶わなくなった目を、キグリギスは相手へ向けた。
前方へ爪を力任せに振るう。
手ごたえがあった。何かを引き裂くような感触が爪越しに伝わる。
「グオオオオオオンッ!!」
ならば次は尻尾で打ち据える。
鞭のようにしならせた尻尾は、何か脆いものを粉々に砕いた。
あの兎の土の壁か。小癪な真似を。ニヤリと笑う。
「カアアアアッ!!」
ならブレスはどうだ。
火炎を吐き出せば、くぐもった声が二つ聞こえた。
どうだ灼熱の吐息の味は。
ごほりと血反吐を吐きながらも、彼の心は踊っていた。
今まで彼は、自分というものを感じた事がなかった。
この目のせいで望む望まないに関わらず、骨肉の争いを強いられた。
この地へ逃れてからは仲間のためと身を粉にした。
老いてからは玉座に座り、見たくも無い未来を見せられ続ける日々を送った。
自分とは一体何者だったのだろう。
脳がとろけた爺に成り下がったそんな時、その二人は目の前に現れた。
今彼の胸にあるのは歓喜だった。
こんな無駄な目など、さっさと潰してしまえば良かった。
自分の感情を爆発させて、こうして暴れていれば良かった。
ずっと座したままなど馬鹿馬鹿しい。
思うがままに。気の向くままに。
この力を今、存分に振るおうじゃないか。
その先に死があろうとも、己を感じられる生。
キグリギスは生まれて初めて、生きる喜びを謳歌していた。
「さあ向かって来い、二人の勇者よ! 我は竜王キグリギス! 貴様らの全てを破壊し尽くしてくれるわッ!」
自分は王だ。傲慢に、不遜に、大胆不敵に立ちはだかる。
この命燃やし尽くしても、この喜びだけは誰にも渡さない。
その姿はまるで少年のよう。体は既に痛みを感じない。
「ガアアアアーーッ!!」
彼は歓喜に満ちた表情を浮かべている。
そして二人に向かって地面を蹴った。
「はぁ……! はぁ……! やっぱり、ユーリさんは凄い……!」
荒い息を上げながら、ポッポロンは一人溢す。
何を思ったか、途中から自分のお古を手にしたユーリ。
魔法を補助する程度の杖だ。この決戦で必要になるとは露ほども思っていなかった。
しかし彼はその古びた杖で、絶望的な展開をこじ開けたのだ。
ポッポロンはそれに彼の偉大さを改めて知る。
そして、まだ諦めてはならない事も、改めて心に刻んだ。
未だに毒は体を蝕んでいる。
しかしユーリが度々かけるアースヒールで、負担は非常に軽くなった。
おかげでポッポロンの動きは格段に良くなっていた。
それに何よりも、彼は負けたくなかった。
自分はユーリをサポートするためここまで来たのだ。
ピロパッポの悲願を果たすためここまで来たのだ。
毒がなんだ。竜王がなんだ。僕は今戦っている。彼と今戦っているんだ!
弱音を吐きそうな自分自身を殴りつけるように、ポッポロンは洞窟内に響く大声を張った。
「アースウォールッ!!」
地竜の杖が僅かに輝き、ポッポロンをサポートする。
一瞬のうちに巨大な土塊が目の前に現れ、氷のブレスを防ぎ切った。
「ユーリさんっ!」
だっと地面を蹴り、ユーリのもとへ走る。
ブレスを受け、体中に霜を付けたユーリ。
しかし彼の表情は非常に凛々しかった。
「回復薬を!」
彼に口の開いた瓶を押し付けると、ポッポロンはまたアースウォールの陰に隠れる。
一方ユーリは杖を両手に、何度目かの魔法の集中へと入った。
もし自分がアースヒールを使えたなら、もっと楽に戦えていたはずだ。
そんな事を思えば、補助魔法に長けた姉の事が思い出される。
もしここにいたのが姉だったならば。
「くそっ!」
思わず自責の念が漏れる。
竜王から目を離したのは一瞬だった。
「ギャオオオオオオッ!!」
「ユーリさんっ!?」
竜王の爪がユーリを深々と切り裂いた。
魔法に集中していた彼は直撃を食らってしまった。
ぐらりと揺れるユーリ。
気づけばポッポロンはアースウォールから飛び出していた。
「グオオオオオオンッ!!」
「うわぁっ!」
背中を向けた竜王に、ポッポロンはユーリを咄嗟に地面に押し倒す。
柱のような尻尾が頭上を薙ぎ、アースウォールが跡形も無く粉砕された。
「カアアアアッ!!」
「ぐああぁっ!」
休む間もなく吐き出された炎に、二人は身を焼き苦悶を漏らす。
これに気を良くしてか、竜王は嬉しそうな声を上げた。
「さあ向かって来い、二人の勇者よ! 我は竜王キグリギス! 貴様らの全てを破壊し尽くしてくれる!」
「何が……勇者だ……。勇者は……ユーリさんだけだ……っ!」
ぶすぶすと体から煙を吐く二人。
勝手な事を言うなと、ポッポロンは小さく文句を漏らす。
「……アース、ヒール」
だがあろう事か。
炎にまみれた状況でも、ユーリは未だに魔法への集中を切らしていなかった。
彼がぼそりと呟くと、ポッポロンの体はみるみる回復していく。
「貴方と言う人は……っ」
かつて、竜兵長の炎でさえ集中を切らしてしまった自分。
だがこの人は。この勇者は。
ポッポロンは言葉に詰まった。
血にまみれ、全身赤に染まり、炎に飲まれても心折れない。
満身創痍の状態で、それでも他人を回復しようとする。
立つことすら満足にできず、足をあんなにも震えさせていると言うのに。
膝に手を突き立ち上がろうとするユーリ。
そんな彼の口へ、ポッポロンは急ぎ回復の薬を流し込んだ。
まだ諦めない。ユーリが折れない限り、自分も折れてやるものか。
彼の姿に勇気を貰い、ポッポロンはキッと前を向く。
だが。
次に見た光景に、彼の全身の毛はぶわりと逆立った。
全身を低く構えた竜王がそこにはいた。
目や口、そして全身の至る所からも血を流し、白い鱗を赤に染めている。
どう見ても痛々しい姿だ。瀕死にすら見える。
だがポッポロンの目には竜王が、笑っているように見えた。
「ガアアアアーーッ!!」
竜王は咆哮し、二人へと突っ込んでくる。
まるで獣のように四本の足で、地面を揺らして向かってくる。
やはり、その顔は笑っているように見えた。
思考が追い付かないポッポロン。だが、この男は即座に動く。
ユーリは盾を前に構えると、ポッポロンをかばうように立ったのだ。
しかし足はまだ震えていた。
直感。
ポッポロンは、ユーリは耐えられないと悟った。
「ユーリさんッ!!」
意識しての行動では無かった。
ポッポロンの体はいつの間にか、ユーリを両手で突き飛ばしていた。
”ユーリ は ぼうぎょ を かためた!”
”ポッポロン は かいふくのくすり+ を つかった!”
”ユーリ の HPが 40かいふくした!”
”キグリギスの こうげき!”
”キグリギスの ぶちかまし!”
”ユーリは 16のダメージを うけた!”
”ポッポロンは ユーリ を かばった!”
”ポッポロンは 89のダメージを うけた!”
”ポッポロンは しんでしまった!”
ユーリ レベル43 ポッポロン レベル26
HP 13/160 HP 0/ 64
MP 21/ 45 MP 17/119




