4話
最初に躓いたのは、ゲーム機の使い方だった。
「これ、モニタもアダプタも無いけど、どうするんだ?」
あるのはゲーム機本体と、カセットが一つ。あと、ちゃぶ台と冷蔵庫とレンジとトイレだ。他に座布団が二つ。
モニタになりそうなものが無い。
つまり、取説の出番である。
「お、すげぇ。画面は空間に表示されるのか。で、内蔵バッテリーで動く、と。充電は――しなくても千年作動を保証って書いてある……」
ゲームを起動すれば、プレイ画面は勝手に宙に現れるらしい。
しかも充電は事実上不要。神様パワーの本領発揮である。
後はゲームさえレトロでなければ。
「で、このソフトを本体に差し込むわけだな?」
悠里は手に取ったカセットを眺める。手の平サイズ、プラスチックでできた、レトロ感あふれる青いカセットだ。
正面には何かゲームタイトルらしい文字が書かれたシールが貼ってある。しかし悠里にはその文字が読めなかった。
タイトルが分からなければ、どんなゲームかも予想できない。
またしても取説の出番だ。取説様々である。
「あれ? 何も表示されねぇな」
悠里が色々と試した結果、ゲーム自体については何も記述が出なかった。
真っ白なままの取説。ゲームの内容に関しては表示されないらしい。
「微妙に使えねー……」
どういう内容なのか、ジャンルが何なのか、何一つ分からない。
生前、悠里がよくしていたのは対戦ゲームやRPGだ。
これで恋愛シミュレーション戦国RPGなんて言うゲテモノだったらどうしようかと思うが、しかし悠里に選択肢は無かった。
もうやると言ったのだ。ティリスタリスの事を思い出し、やる気を出す。
そして取説に書いてあった通り、カセットの端子部分にふーふーと息を吹きかけると、本体へガシャンと差し込んだ。
行為の意味は分からない。
「さて――」
電源スイッチをパチリと入れる。
すると、目の前に真っ黒の画面がパッと表示された。
「おおっ! すっげぇ! 本当に画面が浮かんでる!」
悠里は嬉しそうな声を上げて、画面の周りをぐるぐる歩き回る。
本当に何もないところに画面だけが浮かんでいる。
動かしたい方向を考えると、画面は悠里の思うようにスイスイと移動した。
「俺が生きてる時にこんな技術がありゃ、モニタいらなかったんだけどなぁ」
呟きながら座布団に座る。そして、チラリと横目で見た。
先ほどまでティリスタリスが座っていた座布団がそこにある。
非常に気になる。ただの座布団のくせに、見ていると妙にドキドキする。
悠里は座布団に熱い視線を送っていた。
≪……しゃさま…… ゆうしゃさま…………≫
そんな時、画面に動きがあった。悠里は気づいてそちらを向く。
画面は真っ暗で、そんなセリフだけがメッセージウィンドウに表示されている状態だった。
「あ、これRPGだわ。間違いねえ」
恋愛シミュレーションに勇者が出てくるなんて聞いたことが無い。
悠里は確信を持って言う。慣れ親しんだゲームに、顔には余裕も浮かんでいた。
Aボタンを押すと、セリフがまた流れた。
≪ゆうしゃさま………… どうかわたしたちを おすくいください≫
「全部ひらがなかよ……。なんで永久バッテリーが入って画面も宙に浮いてんのに、漢字が使えねーんだよ」
酷いギャップに笑いが漏れる。
突っ込みをいれながらセリフを送ると、今度はどこかの地下らしい画面と、魔法陣を囲んだ5人の姿が画面に映った。
レトロゲーム独特のドット絵だが、彼らが兎のようなキャラクターであることは分かった。多分獣人だろう。
どうやらこの5人は勇者を呼ぼうとしているようだ。
そう言えば、ティリスタリスも異世界転生が好きな神が多いと言っていた。
もしかしたらこのゲームも神様の誰かが作ったのかな、何て事を悠里は思っていた。
「しっかし、こいつら召喚魔法とか唱えないんだな。ずっと祈ってばっかだ」
メッセージウィンドウには、勇者の降臨を祈るセリフばかりが表示されている。
だんだん読むのが面倒になってきた悠里。
彼はセリフ送りに使っていたAボタンでなく、何となくスタートボタンを押してみた。
すると突然、画面が激しくフラッシュした。
「うおっ!? まぶしっ!」
昨今のゲームでは絶対にやらない点滅攻撃だ。
悠里は目を細めて数秒のフラッシュを耐える。
激しいフラッシュで分かりにくいが、しかし魔法陣の真ん中に一人分、ドット絵が追加された事を悠里の目が捉えた。
≪あ……! ああ……!≫
フラッシュが止み、メッセージウィンドウが開く。
魔法陣の真ん中にいるキャラクターに、獣人の一人がよろよろと近づいてきた。
茶色い垂れ耳の兎人間だった。
≪あなたが…… あなたが ゆうしゃさま でしょうか……?≫
はい いいえ
「いや、”はい””いいえ”って何だよ!」
唐突に出てきた選択肢に思わず突っ込む。
いきなり現れて、「俺は勇者だー!」なんて言い始める人間など、ただの危険人物でしかない。
とは言えここで”いいえ”も無いだろう。
⇒はい いいえ
≪あ、ああ……っ ゆうしゃさま……!≫
茶色の兎人間が声を上げる。
しかし次の瞬間、話している兎人間以外の4人が、どさりとその場に倒れてしまった。
「なんだ? さっきのフラッシュ攻撃でやられたか?」
≪もうしわけ ございません…… ずっと のまずくわずで いのって おりましたので……≫
意外と不味い状態だったようだ。
倒れた兎人間達は、新しく現れた兎人間達に回収されて行った。
≪ゆうしゃさま。 わたしは ポッポロ ともうします≫
「鳩かよ!」
突っ込まざるを得ない。
名前のセンスが無さすぎる。
≪しつれいですが ゆうしゃさまの おなまえは……?≫
はい いいえ
「なんだよこの選択肢!」
再び突っ込まざるを得ない。
RPGなら普通、ここで主人公の名前を入力する画面になるだろうに。
「これどっち選んでも意味分らねーじゃん。……ま、普通に”はい”選んどくか」
とりあえず、悠里は”はい”を選んだ。
⇒はい いいえ
≪ユーリさま というのですね。 とてもよい おなまえです!≫
「え?」
だが次に表示されたメッセージに、悠里の手が止まった。
メッセージウィンドウには確かに、”ユーリさま”と表示されている。
しかし自分は名前を入力した覚えはない。
少しドキリとしたものの、悠里はそうだと取説を手に取った。
「――ああ、なんだ。自キャラの名前はプレイヤーの名前になるのか」
自分が動かすキャラクターは、自動的にプレイヤーの名前になるらしい。
驚いて損したと、悠里は軽く笑った。
「でもこれ、”いいえ”を選んだらどうなったんだ?」
長のいる場所まで案内しますと、ポッポロがユーリを連れて部屋を出ていく。
イベントらしく、オート進行だ。
外にでも出るのかと思ったが、しかし彼らは地下に住んでいるらしい。
連れて行かれた場所も、また地下の一室だった。
≪おお……! ポッポロ でかしたぞ!≫
それなりに広い部屋。その中央にいた長老っぽい雰囲気の灰色兎が一歩前に出た。
≪でんせつの ゆうしゃを よびだすとは! さすがこの ピロパッポぞく いちの まほうつかいじゃ!≫
どうやら彼らはピロパッポ族という一族らしい。
気が抜けそうな名前の一族だなと悠里は思った。
≪ユーリさまと もうされるか。 ゆうしゃにふさわしい よいなまえじゃ。 わたしは ブーポッポと もうします。 いちぞくのおさを しております≫
「なんか豚と鳩の合いの子みたいな名前だな」
悠里の頭に、豚と鳩が合わさったような変な生き物が浮かんでいた。
そのうちニャンポッポやワンポッポも出てきそうだ。
そんなことを考えながら、ブーポッポのセリフを送っていく。
どうもこの世界には竜王と呼ばれる悪い奴がいて、彼らを滅ぼそうとしているらしい。
地上は既に竜王に支配されており、生き残った兎人間はこうして地下に隠れ住んでいる。
しかし徐々に魔の手が地下にも伸び、後が無くなったため、勇者を召喚するに至ったと。
そういうストーリーらしい。
≪どうかわれわれに ちからをかしては いただけんじゃろうか……?≫
はい いいえ
「魔王を倒すための勇者召喚か。ありがちな設定だなぁ。まー分かりやすいっちゃ分かりやすいけど」
展開にケチをつけつつも、悠里は”はい”を選択する。
⇒はい いいえ
≪おお……っ おおおおっ! ありがとう ございますじゃ!≫
感激したような長のセリフが流れた。
勇者として竜王を倒すことを選択したユーリ。
その後、歓迎の宴が始まり、終わった後ユーリは小さな部屋に通された。どうやらユーリに割り当てられた部屋らしい。
≪ユーリさま こんなへやで すみません…… ほかにへやが ないんです≫
申しわけなさそうに言ったポッポロが部屋を出て行くと、画面が暗転する。
この日の行動が終わったんだろうと悠里は察した。
「何つーか……。ストーリーはめっちゃ普通だな。名前のセンスはねぇけど。何で兎なのに鳩なんだよ」
黒くなった画面を見つめながら、悠里は一人そう零した。