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36話

「いいぞお前ら! そのまま突き進めぇっ!」


 戦場にポッポリーの声が轟く。

 兵らが組み合い、怒号のような大声が戦場を覆い尽くしている。

 しかしそれでも兵らの耳にはしっかりと、ポッポリーの声が届いていた。


『おぉぉぉっ!!』


 ポッポリーの声は自信に満ち満ちている。だから、応える兵らの声にも意気が宿っていた。

 ピロパッポ族と竜族との戦いは、今歴史的な展開を迎えていた。


 今まで蹂躙されるばかりだったピロバッポ族。

 しかし今この時、戦場に倒れていたのはなんと竜族の方であった。


「ロックブラストッ!」

「アーススパイク!!」


 魔法使い達が次々に魔法を放つ。


「ギャァァァアッ!」

「グェェッ!! ガフ――ッ」


 すると戦場に甲高い悲鳴が生まれ、竜人兵の膝ががくりと折れる。

 今まで手も足も出なかった相手。怯えるしかなかった怨敵。

 それが次々と倒れて行くのだ。

 ピロバッポ族の兵達は、この状況に今まで抱いたことも無い高揚感を抱いていた。


「おら、油断すんじゃねぇぞ! お前ら、トカゲ共を一匹たりとも通すなよ!」

『おぉぉぉっ!!』


 突撃してくる竜族を、ピロパッポの勇士達が抑えている。

 彼らの持つ盾や鎧は竜族の鱗や皮を使った最新のもの。

 竜族は力任せに武器を打ち付けるが、しかしびくともしなかった。


 今までピロパッポ族が竜族に対抗できなかった理由は、兵法でもなければ、武器の差でもない。

 種族としての差であった。

 強大な力と硬い鱗を持つ竜族と、足が速く耳が良いピロパッポ族。

 種としての戦闘力の差は歴然で、それ故に勝敗は戦う前から決していた。


 しかし今、竜族の鱗を手にいれたピロパッポ族は、相手の力に負けない防御力を得た。

 そして彼らには竜族の弱点、魔法と言う攻撃方法があった。

 形勢は完全に逆転した。


 勝てる。


 ポッポリーも、兵達も魔法使い達も。

 ピロパッポの誰もが、その三文字を頭の中に浮かべ始めていた。


 気勢を上げて責めるピロパッポの勇士達。

 竜族も必死に武器を振るうが、しかし相手の防具に付いた竜の鱗がそれを阻んだ。

 自慢の攻撃が通用しない。

 流石に竜族の頭にも、敗北と言う言葉がちらつき始めていた。


 勝利を意識し始めたピロパッポ族。

 敗北という言葉に焦燥を浮かべ始めた竜族。

 今まで一方に傾いていた天秤は、今初めて拮抗状態へ押し戻されようとしていた。


『うわぁぁぁぁあーっ!?』


 ――そんな時、それは起こった。


「な、なん――っ!?」


 ポッポリーは己の目を疑った。

 目の前で戦っていた者達が、突然宙を舞ったのだ。

 次いで目に入ったのは紅蓮の炎。全身を焼かれた兵士達が地面をごろごろと転がった。


 そこに立っていたのは、正しく。


「ま、まさか……竜王……っ!?」


 誰かが震える声でつぶやいた。

 巨大な体躯にぬらりと輝く深碧しんぺきの鱗。背には太く長い尻尾と大きな翼。

 頭部に伸びる白い角は、己こそが竜族の王であると主張しているようだった。


 その竜族はピロパッポの兵らをじろりと睥睨へいげいする。

 怒気を孕む視線を浴びて、皆は体毛が一気に逆立った。


 有利な状況に勝利は目前と思い始めていたピロパッポの兵士達。

 しかし今彼らの頭にあるのは勝利でも、敗北でも、どちらでもなかった。

 ただただ彼らは怯えていた。目の前の脅威から逃げ出したいと、命乞いすらしたいと、そんな気持ちすら抱いていた。


「……何を手古摺てこずっているかと思えば。兎共に良いようにやられるとは、竜族の面汚し共め!」


 委縮するピロパッポ族を目の前に、その竜人カッサーロは侮蔑するように大声で怒鳴った。

 周囲の竜族はびくりと体を硬直させる。

 そんな様子も面白くないと、カッサーロは尻尾で周囲の竜族を打ち据えた。


「貴様ら、それでも我らが一族かっ! 力任せの戦い方しか知らんなど、蛮族と変わらんっ! 誇り高き竜の血が嘆いているぞっ!」


 今までの竜族とは違い、流暢に話すその竜人に、ピロパッポ族はまた恐れを抱く。

 竜王が今目の前にいる。ならば、先に行ったはずのユーリ達は……。


 嫌な想像を掻き立てられ、今までの意気は瞬く間に消え失せる。

 中にはがたがたと震えだす者すら現れた。

 勝てるわけが無い。ここで食われるのだ。

 長きに渡って深層心理に植え付けられてきた、竜族に対しての恐れ。

 一度勝利を抱いた心に、その恐怖が再び、さらに大きくなって揺り戻されようとしていた。


「おいテメェッ!」


 だが、それを拒む者がただ独り。

 水を向ける相手を、カッサーロはじろりと睨んだ。


「テメェが竜王か!? ポッポロンとユーリはどうしたっ!?」


 ポッポリーは、自分より三回りも大きい相手の前に立つ。

 恐怖が無いわけではない。力の差も歴然だ。

 だが、ここで恐れてしまえば仲間達はどうなる。

 ユーリは。ポッポロンは。


 彼は今、相手に恐れを抱く事をこそ一番に恐れていた。


「答えろッ!!」


 カッサーロは、その無遠慮な殺気を叩きつけてくる相手に冷たい目を向ける。


「私を竜王様と間違えるとはな。下らん」


 そして、面白くも無さそうに吐き捨てた。


「ならテメェは何だ!? 俺はピロパッポ族の――!」

「聞く必要は無い。そして、答える必要も無い。兎は兎らしく、大人しく狩られていれば良いのだ」


 そう言って、カッサーロはゆっくりと前へ歩き出した。

 武器は抜いていない。全くの無防備の状態で、ただ散歩でもしているようにポッポリーとの距離を詰めて来る。

 対してポッポリーは武器を腰から抜き放つ。そして盾を前にして、相手の様子をじっと見据えた。


 平然と歩いて来る相手とは対象に、ポッポリーは慎重に間合いを詰めて行く。

 竜族もピロパッポ族も、固唾を飲んでそれを見つめていた。

 ただ沈黙が場を包んでいる。


 それを壊したのは、ポッポリーの雄叫びだった。


「うおおおおおっ!!」


 地を蹴り、急速に間合いを詰める。

 そして相手の頭部へその剣を振り下ろした。


 カッサーロは目だけでそれを捉える。

 動かしたのは、左腕だけだった。


「な?!」


 ポッポリーの剣を左腕で受けたカッサーロ。


「温い」


 彼はそう吐き捨てて、右拳をポッポリーの胴へ叩きこんだ。


「ガ――!?」


 ポッポリーの体は矢のように飛んだ。

 そして土ぼこりを上げながら、地面をごろごろ転がった。


「ごほ……っ」


 最後に、彼は口からごぼりと血反吐を吐いた。

 ピロパッポ族の動揺が、ざわりと空気を動かした。


(つ、強ぇ……。想像以上なんてもんじゃねぇ……)


 ポッポリーの装備は他の兵達とは違う。

 ユーリへと手渡した竜兵長素材の装備。その素材の残りを彼は装備していたのだ。

 だから、ある程度はカッサーロとも戦える。そう踏んで挑みかかったのにこの有様だ。


 彼はよろよろと立ち上がる。カッサーロは依然として、悠々と彼のもとへ足を運んでいた。


 その姿に恐怖が胸に湧き上がる。しかしポッポリーはそれを飲み下し、懐から薬瓶を取り出した。

 ごくりと飲めば途端に痛みは薄れ、体が軽くなる。

 彼は再び剣を握り、盾を前に腰を落とす。

 カッサーロの足が止まった。


「ほう。まだやるか」

「当然だろ。俺達はお前らを倒すつもりでここに来てんだぜ」


 ポッポリーは初めて目にする強大な相手に思う。


(ユーリやポッポロンは、こんな相手と今まで戦ってきたのか。凄ぇ。凄ぇよ。お前らやっぱり英雄だ! 分かっちゃいたけど、だが俺は、全然分かっちゃいなかったっ!)


 そして、再び地を蹴った。


「はっはっは! 行くぜぇ!」


 その顔には笑みが浮かんでいた。


「おらぁっ!」


 笑いながらポッポリーは剣を振る。

 今度は右腕で軽くいなされ、吐いた炎で火だるまにされた。

 彼はごろごろと地面を転がる。だが今度は跳ね起きて、再び相手に飛びかかって行く。


 ポッポリーは何度も何度も剣を振るう。だがカッサーロの鱗はそれを通さない。

 傷一つ付ける事は叶わなかった。


「はっはっはっは! 食らいやがれっ!」


 それを分かっていてもなお、ポッポリーは笑いながら攻撃を続ける。

 倒れ、殴られ、燃やされ、血反吐を吐いても、ポッポリーは諦めず向かっていく。

 カッサーロには分からなかった。


「貴様、なぜ笑っている。死ぬのが怖くないのか?」


 だから彼は聞いたのだ。

 目の前の、自分が名乗るほども無いと言った兎に向かって。


「はっはっは! テメェには分からねぇよ! なんで俺が笑ってるのかなんてな!」


 敵に向かってポッポリーは怒鳴る。

 頭では昔、尊敬する男に言われた事を思い出していた。


「死ぬのが怖くねぇ? 馬鹿言うんじゃねぇよ! でもな、だからこそ俺は笑うんだ!」


 笑え。希望を捨てるな。俺達がピロパッポの未来を信じなくてどうする。

 男はそう言って彼の前から姿を消した。


「俺達は死ぬために来たんじゃねぇ! 食われるために生きてるんじゃねぇ! 未来を掴むため――明日を生きるために生きてるんだッ!!」


 殴り飛ばされ、もう何度目になるか血を吐くポッポリー。

 しかし薬を飲み立ち上がる彼の目には、いまだに強い光が灯っていた。


「おい! ポッポリーを援護しろっ!」

「魔法使いはあいつへ攻撃を集中させろっ! 急げっ!」


 何度倒れても立ち上がるポッポリーに、周囲も戦意を取り戻す。

 死ぬ事を諦めてしまうような相手だったはずだ。

 自分達が食われる存在だと認識したはずだ。


 だがピロパッポ族は再び息を吹き返した。

 誰の功績かは明白だった。


「――聞け! 兎共!」


 カッサーロは足を力強く踏み出し、その翼を大きく広げる。

 

「私の名はカッサーロ! 竜王様の右腕にして竜族を守護する者! 竜将カッサーロだ!」


 そして腰の剣を抜き、その切っ先をポッポリーへ向けた。


「戦士よ。貴殿の名を聞こう」


 ポッポリーは目を見開く。だが次に浮かべた表情は――


「へっ……いいぜ」


 彼もまた足を強く踏み出す。そしてすぅと息を吸い込んだ。


「俺の名はポッポリー! ピロパッポの英雄、ヴァンポッポの義弟おとうと! 兵士長ポッポリーだ!」


 二人の視線が火花を散らす。

 互いに剣を構え、一拍。


「行くぞポッポリー!」

「こいやぁカッサーローッ!」


 二人は再び激突する。

 勝敗の天秤が、再び激しく揺れ始めた。

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