20話
集落の中は今、かつてないほどの活気に満ちていた。
今まで倒すこともできなかった竜族。
それをつい先日現れたユーリと名乗る男が、どんどんと倒して回っているのだ。
竜族の死体は兵らによって集落に運び込まれ、職人達の手に渡る。
職人達は総出で作業に当たり、鱗を一つ一つ綺麗に剥ぎ取り、丁寧に皮を剥いでいく。
素材は余すことなく利用され、ピロパッポ族の防具へと瞬く間に変化を遂げた。
もちろんユーリが倒しているため、最も良い素材はユーリの防具へと使われる。
しかしあまり良くない素材でも、かき集めれば鉄よりも良い防具を作ることが出来た。
さらに、防具となった装備達は魔法使い達の手で強化され、更に強靭さと輝きを増す。
今まで脅威でしかなかった鱗や皮。
それが今、自分達を守る手段となったのだ。
長い間ほぼ停滞していたピロパッポ族の生活が、急激な変化を迎えている。
しかも、まさかの良い方向にだ。
この流れに逆らおうと言う者は一人もいない。
皆が皆高揚感に包まれながら、未来への希望を見据えている。
今自分ができる精一杯のことを、皆が精力的に取り組んでいる。
自分が生まれてからずっと、寂しく静まり返っているばかりだった集落。
そこには今、初めてだろう明るい声が響いていた。
「おうポッポロン! 今日も討伐の帰りかぁ!?」
そんな事を嬉しく思いながら、一人歩いていたポッポロン。
しかしかけられた声に、一人だけどんな時もうるさい奴がいたなと思いだした。
「どうも」
「どうも……じゃねぇよ! 辛気臭ぇな!」
「帰ってきたばかりで疲れてるんですよ。ポッポリーさんと話してると特にそう感じます」
「酷くねぇ!?」
「冗談ですよ」
ポッポリーとポッポロンの年はそこまで近くは無い。
ポッポロンのほうが8つも年下だ。
しかしポッポリーの気さくさもあって、二人の関係は同年代の友人のようだった。
「そう言えば、ポッポリーさんにお礼を言うのを忘れてました」
「は? 何だよ礼って」
「ユーリさんと僕が最初に集落を出て竜族を倒した日。ユーリさんに回復薬を渡したの、ポッポリーさんですよね?」
ポッポリーは言われて思い出した。
確かにユーリに3つほど、気休めに渡したのだった。
「確かに渡したけどよ。礼を言われるほどのもんかぁ? あんなもんそこまで効果ねぇだろ?」
「僕らが作ったものをあんなもん呼ばわりされるのは癪ですけど……。まあ、普通はそうですね」
即効性のある回復薬は魔法使い達が作ったものだ。
作れるだけ作っているが、しかし効果の方は今一つと言って良かった。
だがそれが事実だろうと、そうはっきりと言われれば作っている側のポッポロンは面白くない。
むっとしながらも、しかし本題はそちらではないと、ポッポロンは切り替えた。
「その回復薬ですが、ユーリさんにはどうも違う効果が出てるみたいです」
「はぁ? どういう事だ?」
「ユーリさんに対してだけですけど、かなりの回復効果があるようなんですよ」
「本当かよ!?」
「そのおかげで、こうして命拾いをしました。あれが無ければ今頃僕はここにいません。ありがとうございました、ポッポリーさん」
ぺこりと頭を下げられ、ポッポリーは頭を掻いた。
ポッポリーは普段、親近感の裏返しで、誰からも適当にあしらわれることが多い。
こうして真摯に礼を言われると、照れ臭かったのである。
「ま、まあそんな話はもういいじゃねぇか。それよりよ、今日は何匹仕留めて来たんだ!?」
なので彼は話題を変える。
それにこちらの話の方が、彼としては俄然興味があった。
「今日は5匹でした。……ユーリさんは本当に凄い人ですよ」
「何言ってんだよ! それをサポートしてんのはお前だろ!? お前だって大したもんさ!」
「そんな事ないですよ。僕なんて最初、ユーリさんを置いて逃げ出したんですから」
しかし会話は彼の思わぬ方向に進む。
ポッポリーは一瞬言葉が詰まった。
「そんな僕を、ユーリさんは助けてくれた……。あんなに必死に走ってきて、僕を殺そうとした竜族に体当たりしたんですよ。信じられますか?」
ポッポロンを殺そうと、剣を振り上げた竜人兵。
それをユーリは体当たりで吹き飛ばし、間に割って入ったのだ。
たった一人で竜族を倒した後の傷だらけの体で、そんな無茶をして見せたのだ。
「僕はユーリさんのことを最初、姉さんを見捨てて生き延びた奴だなんて思ってました。でもその姿を見て違うと分かったんです。こんなに必死に僕達を助けようとする人が、僕達を見捨てたわけがないって」
姉の訃報を聞き、どうにもならない現実にポッポロンはその夜泣いた。
あまりの悔しさにユーリのことも憎く思っていた。
しかしその時、あまりにも必死に戦うユーリの姿を見て、ポッポロンは思ったのだ。
このユーリという人だって、見捨てる結果になった事に悔しさを感じているのではないか、と。
「自分の実力は分かってます。僕はサポートをするのが精一杯だって。でも僕は最後の最後まで、ユーリさんのサポートをするつもりです。逃げた男なりのけじめと言う奴です」
「ポッポロン、お前……」
上手く言葉を出せないポッポリーに、ポッポロンは困ったような顔を見せた。
「急に変な話をしてすみませんでした。誰かに聞いて貰いたかったのかもしれないです。この話は内緒ですよ? 特にユーリさんには」
そう言い残してポッポロンは立ち去っていく。
その場に残されたポッポリーは、その背中にぽつりと呟いた。
「知ってるよ。お前、ユーリの装備品の強化だけは絶対誰にもやらせねぇだろ。自分一人で徹夜してよ、疲れてるクセに。……だから大した奴だって言ってんだよ、バカ」
無茶したら承知しねぇぞ。
最後に少し声を大きくして、ポッポリーは彼の姿に背を向けた。
 




