表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/51

2話

「お隣の家から出火してね。もらい火で、悠里ちゃんの家も焼けちゃったのよ。お隣に一人暮らしのお婆ちゃんがいたでしょ? 料理中に火事起こしちゃって。あの子、慌てて消防車呼ぼうとしたんだけどね……」


 聞いてもいないのにティリスタリスがぺらぺらと話し出す。

 彼女が悩まし気に言う様子を、悠里は口を半開きにして見ていた。


「慌てすぎて転んで、腰骨を折っちゃったのよねぇ。そのせいで電話できなくって。二軒全焼。あの時間人が少ないのも悪かったわ。消防車が来た時にはもう手遅れだったのよ」

「……じゃあ、俺はその人のせいで死んだってことですか」

「そうね」


 悠里がぽつりと零すと、ティリスタリスが見つめてくる。


「許せない?」


 真正面から向けられる視線がむず痒く、悠里は少しだけ目を落とした。

 色々と思うことはある。だが話を聞いて、悠里は恨みや怒りという感情を覚えなかった。

 そんなことで、と言う脱力感はある。でも、心は不思議と落ち着いていた。


「いえ……まあ、仕方ないんじゃないですか。わざとじゃないってんなら。それで、俺がここにいるのはどういう意味があるんですか。ティリスタリスさ――様」


 伏せていた目を上げた悠里。

 すると彼の目に、慈しむような表情を浮かべたティリスタリスが映った。


「いい子ね」

「え――」

「よしよし」


 不意に彼女の手が伸びる。

 彼女の柔らかい手は、悠里の頭を優しく撫ぜていた。


「な、何してるんですかっ」

「お隣のお婆ちゃんね。ずっと謝ってたわ。自分のせいでって」

「え……」

「悠里ちゃんに会いにくる前に、そのお婆ちゃんに会ってきたのよ。お婆ちゃん、誰かあの火事で死んだ人がいるかって必死に何度も聞くから、貴方のことを伝えたの。泣いて謝ってたわ。何てことをしてしまったのかって」


 悲しそうにティリスタリスが笑う。

 その顔を見ていられず、悠里は目を伏せた。


「悠里ちゃん」


 しばらくの無言の後、ティリスタリスが口を開く。


「ぎゅってしてもいい?」

「は? だ、駄目ですよ。――って、いきなり何言ってるんです!?」


 悠里に向けて両腕を開くティリスタリス。

 顔に火照りを感じて、悠里は慌てて立ち上がった。


「私の事はティリスでいいわ。長いでしょ? 私の名前」


 これをおかしそうに笑うティリスタリス。どうやら揶揄われたらしい。

 気の抜けた悠里はストンとまた座布団に座った。


「じゃあ、ティリス様」

「うーん……。様じゃ硬すぎるわ。さんとかちゃんとか、色々あるじゃない?」

「え? ちゃん? いや、流石にちゃんは無い――」

「でも、それでもまだ硬いかなぁ。そうだっ! もういっそ、ママって呼ばない?」

「は、はぁっ!?」


 しかし、まだ揶揄い攻撃が続いていたようだ。

 小首を傾げてにこにこと笑うティリスタリスに、悠里はたじたじだった。


「……ティリスさんで」

「ちゃんじゃ駄目?」

「ティリスさんで!」

「ママって呼んでくれないの……?」

「ティ、ティリスさんでっ!」


 ここまで揶揄われれば嫌な気持ちを持ってもおかしくない。

 しかしティリスタリスの表情は、どうしてか悠里への愛おしさに満ちている。

 目の前の悠里にそれが分からないはずもない。

 白旗を上げ続けた彼は、最後にはぐったりと疲れていた。


「うふふ、ごめんね。ちょっと揶揄いすぎちゃったみたい」

「本当ですよ、全く……。話、脱線しすぎでしょ」

「だって楽しいんだもの。悠里ちゃんとお話しするの」


 でもそうねー、と口にして。


「悠里ちゃんをここに呼んだのはね。お願い事があるの」


 そう言って、彼女は悠里を見据えた。


「お願い?」

「そう。私の仕事のお手伝いをしてもらえないかなーって」

「し、仕事? って言ったって……」


 ティリスタリスのおかげだろう。悠里の気持ちはいつの間にか落ち着いていた。

 しかし仕事と聞いて、凪いでいた悠里の胸に暗い感情がふわりと湧いた。

 自分は今まで働いたことなど無い。そんな自分が仕事なんてできるだろうか。

 しかも自分を神様だ、などと言う相手の手伝いなど。

 悠里の頭にはそんな思考がぐるぐると渦巻く。


「悠里ちゃん。ゲームって好き?」


 そんな彼の思いを知ってか知らずか、ティリスタリスはそんな、おかしな事を口にした。


「ゲ、ゲーム?」


 思わず悠里は変な声を上げてしまった。

 仕事とゲーム。何の関係があるのだろう。


「あのね、私もたまにするんだけどね。最後までクリアできなくて、すぐゲームオーバーになっちゃうの」


 ぽかんと口を開く悠里を尻目に、彼女は困ったように口を尖らせた。


「悠里ちゃんゲーム得意でしょ? 私の代わりにクリアしてくれないかしら」

「そ、それが仕事?」

「そう。それが、仕事」


 どうかしら、と言うティリスタリスに、悠里の思考はまた飛んだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ