2話
「お隣の家から出火してね。もらい火で、悠里ちゃんの家も焼けちゃったのよ。お隣に一人暮らしのお婆ちゃんがいたでしょ? 料理中に火事起こしちゃって。あの子、慌てて消防車呼ぼうとしたんだけどね……」
聞いてもいないのにティリスタリスがぺらぺらと話し出す。
彼女が悩まし気に言う様子を、悠里は口を半開きにして見ていた。
「慌てすぎて転んで、腰骨を折っちゃったのよねぇ。そのせいで電話できなくって。二軒全焼。あの時間人が少ないのも悪かったわ。消防車が来た時にはもう手遅れだったのよ」
「……じゃあ、俺はその人のせいで死んだってことですか」
「そうね」
悠里がぽつりと零すと、ティリスタリスが見つめてくる。
「許せない?」
真正面から向けられる視線がむず痒く、悠里は少しだけ目を落とした。
色々と思うことはある。だが話を聞いて、悠里は恨みや怒りという感情を覚えなかった。
そんなことで、と言う脱力感はある。でも、心は不思議と落ち着いていた。
「いえ……まあ、仕方ないんじゃないですか。わざとじゃないってんなら。それで、俺がここにいるのはどういう意味があるんですか。ティリスタリスさ――様」
伏せていた目を上げた悠里。
すると彼の目に、慈しむような表情を浮かべたティリスタリスが映った。
「いい子ね」
「え――」
「よしよし」
不意に彼女の手が伸びる。
彼女の柔らかい手は、悠里の頭を優しく撫ぜていた。
「な、何してるんですかっ」
「お隣のお婆ちゃんね。ずっと謝ってたわ。自分のせいでって」
「え……」
「悠里ちゃんに会いにくる前に、そのお婆ちゃんに会ってきたのよ。お婆ちゃん、誰かあの火事で死んだ人がいるかって必死に何度も聞くから、貴方のことを伝えたの。泣いて謝ってたわ。何てことをしてしまったのかって」
悲しそうにティリスタリスが笑う。
その顔を見ていられず、悠里は目を伏せた。
「悠里ちゃん」
しばらくの無言の後、ティリスタリスが口を開く。
「ぎゅってしてもいい?」
「は? だ、駄目ですよ。――って、いきなり何言ってるんです!?」
悠里に向けて両腕を開くティリスタリス。
顔に火照りを感じて、悠里は慌てて立ち上がった。
「私の事はティリスでいいわ。長いでしょ? 私の名前」
これをおかしそうに笑うティリスタリス。どうやら揶揄われたらしい。
気の抜けた悠里はストンとまた座布団に座った。
「じゃあ、ティリス様」
「うーん……。様じゃ硬すぎるわ。さんとかちゃんとか、色々あるじゃない?」
「え? ちゃん? いや、流石にちゃんは無い――」
「でも、それでもまだ硬いかなぁ。そうだっ! もういっそ、ママって呼ばない?」
「は、はぁっ!?」
しかし、まだ揶揄い攻撃が続いていたようだ。
小首を傾げてにこにこと笑うティリスタリスに、悠里はたじたじだった。
「……ティリスさんで」
「ちゃんじゃ駄目?」
「ティリスさんで!」
「ママって呼んでくれないの……?」
「ティ、ティリスさんでっ!」
ここまで揶揄われれば嫌な気持ちを持ってもおかしくない。
しかしティリスタリスの表情は、どうしてか悠里への愛おしさに満ちている。
目の前の悠里にそれが分からないはずもない。
白旗を上げ続けた彼は、最後にはぐったりと疲れていた。
「うふふ、ごめんね。ちょっと揶揄いすぎちゃったみたい」
「本当ですよ、全く……。話、脱線しすぎでしょ」
「だって楽しいんだもの。悠里ちゃんとお話しするの」
でもそうねー、と口にして。
「悠里ちゃんをここに呼んだのはね。お願い事があるの」
そう言って、彼女は悠里を見据えた。
「お願い?」
「そう。私の仕事のお手伝いをしてもらえないかなーって」
「し、仕事? って言ったって……」
ティリスタリスのおかげだろう。悠里の気持ちはいつの間にか落ち着いていた。
しかし仕事と聞いて、凪いでいた悠里の胸に暗い感情がふわりと湧いた。
自分は今まで働いたことなど無い。そんな自分が仕事なんてできるだろうか。
しかも自分を神様だ、などと言う相手の手伝いなど。
悠里の頭にはそんな思考がぐるぐると渦巻く。
「悠里ちゃん。ゲームって好き?」
そんな彼の思いを知ってか知らずか、ティリスタリスはそんな、おかしな事を口にした。
「ゲ、ゲーム?」
思わず悠里は変な声を上げてしまった。
仕事とゲーム。何の関係があるのだろう。
「あのね、私もたまにするんだけどね。最後までクリアできなくて、すぐゲームオーバーになっちゃうの」
ぽかんと口を開く悠里を尻目に、彼女は困ったように口を尖らせた。
「悠里ちゃんゲーム得意でしょ? 私の代わりにクリアしてくれないかしら」
「そ、それが仕事?」
「そう。それが、仕事」
どうかしら、と言うティリスタリスに、悠里の思考はまた飛んだ。