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12話

 大部屋に入った悠里が見たものは、真っ赤に染まった床と、数えきれないほどの耳だった。

 恐らくここに皆が避難していたのだろう。

 中に、ブーポッポのものと思われる灰色の耳もあった。


 何もないと分かった悠里は無言のまま部屋を後にして、訓練場を目指した。

 この集落にいる間、自分が一番行ったあの場所だ。

 不吉な予感があった。しかし意外にも、訓練場には殆ど血の跡が無かった。


「……ここで戦ったわけじゃないのか?」


 予想が外れていたことに少しほっとする。

 先ほどよりも凄惨な状況になっていると思っていたのだ。


 ただ、それでもなぜか嫌な予感が拭えない。

 彼はむっつりと黙り込んで、訓練場のあちこちを調べ始める。

 訓練場と言っても、小さな部屋がいくつかある。

 それらの部屋を一つ一つ調べていく。


 そして、彼が最後に入った場所。

 そこは訓練場の一番隅に位置している、武器を管理している小さな倉庫だった。


「あっ!」


 悠里は思わず声を上げる。

 武器庫の中央に倒れている、見慣れた茶色い姿。


「ポッポロだ! でも血が……」


 彼女は夥しい血の上に倒れていた。

 それでも悠里は僅かな希望を持って、彼女を調べる。


 ”ポッポロは しんでいる……”


 システムメッセージが冷たく流れた。


「何だよ……」


 コントローラーを持つ手に力が入る。


「何だよ。何だよっ」


 怒鳴り声を上げながら、悠里はコントローラーを強く握りしめる。

 コントローラーからぎりしと小さな音が鳴った。


「何だよこのシナリオは。はぁ? 何で全滅なんだよ。一人くらい……一人くらい、生き残ったっていいだろっ」


 あまりにも理不尽な展開。

 RPGだ。主人公を強くして、敵を倒して世界を救う。

 そんなゲームだと思っていたのに。


「なんなんだよこのクソゲーはっ。やってられっかよッ!」


 彼の苛立ちは収まらない。

 大きな声が白い部屋に響いた。









 ポッポロは一人、訓練場に立っていた、

 本来であれば、彼女もユーリと逃げるはずだった。

 だが彼女はここにいる。いなければならない理由が出来てしまった。


「どうやら、あ奴らはユーリ殿を狙っているようじゃ……」


 あの後、大部屋に集まった皆の前で、ブゥポッポが言ったのだ。

 逃げ込んできたピロパッポ族の口から、思わぬ言葉が出てきたのだと。


「黒い毛と土色の皮を持つ者を探しておるらしい」


 今際の際にそう言って、彼は息を引き取った。

 なぜ、どうしてという疑問が残る。

 しかしその言葉を聞けば、敵の狙いは明白だった。


「私が身代わりになります」


 ポッポロはそう名乗り出た。だがこれには皆も反対した。


 ピロパッポ族にとって、魔法使いというのは非常に貴重な存在だ。

 魔法を使える者自体少ないと言う事情もあるが、それ以上の理由がある。

 竜族は皆硬い鱗を持つ。普通に武器で攻撃するだけでは倒せないのだ。


 ところが魔法であれば鱗を破壊し、怪我を負わせることが出来る。

 そうして弱ったところを武器で倒す。

 この方法以外に、今のところ対抗できる手段が無い。

 つまり魔法使いの存在だけが、敵を倒せる希望だったのだ。


 唯一の対抗手段と言っても良い魔法。だからこそ、彼女をユーリの世話係とした。

 いずれ来る旅立ちの日に、彼の力となって戦って欲しいと願っていた。

 それなのに、ここに来て思惑が狂ってしまった。


「お前が身代わりになる必要なんてねぇ! ユーリに似せたゴーレムでも作っときゃあいいだろうが!」

「それでは駄目です。ゴーレムでは人のような動きができません。流石に竜族でも騙されないでしょう」


 竜族はピロパッポ族と比較して、頭の方はあまり良くない。

 しかしそれでも人と物との区別程度はできる。


「でも私のメタモルフォスならバレないはずです。ユーリ様を見たことがあればバレるでしょう。けど、情報が特徴だけなら……いけます」


 変化魔法メタモルフォス。実際は変化と言うより擬態に近い魔法のため、そっくりに変身はできないが、それでも似せることは可能だ。

 今はまだユーリがどんな人間か、竜族は分かっていない。それならば。


「ダメだッ! ――そうだ、確かにそれなら奴らも騙せるかもしれない! でもお前が死んじまったらすぐに魔法が解ける! その時点でバレちまうんだっ!」


 だが、ヴァンポッポは強硬に反対する。

 ポッポロに掴みかからんばかりの勢いで、作戦の穴を指摘した。

 でも。


「この腕輪。これはずっと、私達が開発していたものです。魔法が使えない皆のために、魔力を貯蔵できるツールとして」


 ピロパッポ族に魔法使いが少ない理由。それは、魔力の少なさにあった。

 その少ない魔力を補う手段として、ポッポロ達は腕輪の開発を進めてきた。


「今はこれ一つしかありません。でも――今はこれだけで十分です」


 魔力を溜められるだけ溜めた腕輪。これなら丸一日はポッポロの代わりに魔力を供給してくれる。

 ポッポロは既に覚悟を決めていた。

 ヴァンポッポはそれを悟り、悔し気に顔を伏せた。


「何で……何で! 何で俺はこんなに弱いんだッ!!」


 握る拳が赤く滲む。

 ポッポロは彼の妻、ポッポールの弟子だった。

 妻が可愛がった弟子を、ヴァンポッポもよく可愛がった。

 彼にとってポッポロは、娘か妹か、そんな大切な存在だった。


 彼の無念が苦しいほどに分かってしまい、皆誰も口を開かない。

 開けなかった。


「ポッポロ」


 この人物だけを除いて。


「すまん……。じゃが今、ユーリ殿を失うわけにいかんのじゃ。頼む……っ」


 それでも。そう告げるブゥポッポの目にも、涙が溢れていた。



 心臓が痛いほど躍動している。それを落ち着かせるように、ポッポロは何度も深呼吸をする。

 今は皆が大部屋の前で徹底抗戦をしている。ヴァンポッポ達が敵を引き付ける囮役となってくれた。

 だから、竜族の大半がそちらに行っているはずだった。


 こちらに来るのは主力からあぶれた少数。

 その少数を相手に、ポッポロは一人で向かい合わなければならない。


 竜族は倒したピロパッポ族を、戦利品と称して残らず持ち帰る。

 しかしポッポロだけは、彼らの手に渡るわけにはいかなかった。

 魔力が尽きれば魔法が解ける。そうすれば、自分がユーリでないことがばれてしまう。


 致命傷を負った後、後ろの武器庫に逃げ込み、魔法で入り口を塞いでしまう。

 ポッポロが力尽きても腕輪が魔力を供給し、入り口を塞ぐ魔法は維持できる。

 馬鹿な竜族なら倒したことに気を良くして、諦めて引き上げるだろう。


 ポッポロは既にユーリに変化をしていた。

 ユーリを知っている者が見れば、全然似ていないと言うだろう拙い出来だ。

 しかし、黒い髪の毛と土色の肌という見た目は完璧だった。


 ポッポロは深く息を吸い込み、吐き出す。

 覚悟を決めていた。

 後悔はない。

 ただ、勇気だけが無かった。


 何かがこちらに向かっている気配が近づいて来る。

 乱暴に土を蹴る音が迫ってくる。


(すみません、ユーリ様。私はここまでです。最後までお供できず申し訳ありません)


 ユーリを召喚した時、ポッポロは彼に身を捧げることを誓った。

 自分達の我儘で彼を呼び出したのだ。身命をなげうって彼を支える覚悟だった。


 だからここで、彼を守り死ぬことには納得していた。

 ただ。


(でも。できることなら、ユーリ様と一緒に戦ってみたかった――)


 彼と過ごした10日という僅かな時間。

 しかしそれが、彼女の心にほんの少しの欲を生んだ。

 自分達を守るため、必死に訓練に明け暮れるユーリ。

 彼と共に戦えたなら、どれだけ幸せだったろう。


 ドカドカと数匹の竜族が訓練場に駆け込んでくる。

 時が来た。ポッポロは敵に相対する。


「イタゾ! 黒イ毛ニ土ノ皮! アイツダ!」

「コロセ! 竜王様ノ手土産ニシロ!」


 奇妙な甲高い声を上げて、竜族が突っ込んでくる。


(最後に一つ、私の我儘を聞いて下さいますか?)


 震える足で彼女は願う。


(どうか、私にも敵に立ち向かう勇気を――!)


 どんなに倒されても、自分より強い者に立ち向かって行ったユーリ。

 彼の姿を思い出し、ポッポロは声を張り上げた。


「僕の名前はユーリ! お前達を撃ち滅ぼす者の名だ! ――さあ、かかってこいっ!」

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